第93話 亜空間アセルピシア





『な、なぜ、ピンクホールがいるの•••』



ピンクホールとは、地球で言うホワイトホールのことだ。

ホワイトホールは、ブラックホールの逆で呑み込まれた物質等を放出するものなのだが、シンがサクラのことをどうしてピンクホールと呼んだのかが分からない。



「この子はサクラ。青龍達にハズレドラゴンって言われていた子なんだけど•••」

『ハズレドラゴン?そんなんじゃないわ。この子はピンクホールよ』


私とユキは同時に首を傾げた。

シンの言っていることが少しも理解できないからだ。

そんな私達を見て、シンは軽く溜息を吐いてから話し始めた。


『いい。通常、ブラックホールから発生した素粒子レベルの情報や有機物等はピンクホールに行くの。そこでは稀に、有機物等から新たな生物が作り出されることがある。そして、これも本当に稀なんだけど、作り出された生物がワームホールを通じて星に現れることがあるの』



私は無意識にサクラを見た。

サクラはあどけない表情で首を傾げる。


『そこにいるサクラは、ピンクホールで誕生した子よ』

「そんな、嘘でしょ?ねぇ、マリー?」

「•••」


ユキの問いかけに私は反応できなかった。

なぜなら、サクラがピンクホールで誕生し、ワームホールを通じてこの世界に来たという話の方がしっくりくるからだ。


サクラは『ワームの肝』と言われるワームホールから排出される情報を有し、病気に対する耐性、ワクチンまで作り出せるのだから。



「ピンクホールで誕生したかもしれないけど、サクラは悪い子じゃないよ。何も問題ないよね!?」

『そうね。悪い子じゃないのは分かっているわ』

「なら、何も問題は•••」

『違うのよ。私が気にしてるのは、ピンクホールで生物が誕生したと言うことは、ブラックホールでも生物が誕生しているという事』

「えっ!?」


シンの話では、ブラックホールとピンクホールは一対で、どちらかで生物が誕生したならば、必ずもう片方のホールにも生物が誕生するということらしい。


『ブラックホールで生物が誕生したことは過去に何度かあるわ。その都度、ひとつの世界が絶滅を迎える•••』

「そんな•••」

『さっきファイルで見たけど、地球では恐竜と呼ばれる生物がいたそうね』

「う、うん」

『なぜ、絶滅したか分かる?』

「隕石の衝突とか、氷河期とかじゃなかったっけ」


ユキはいつも通りの口調で答えるが、表情はどこか恐怖を感じているようだった。


『いいえ。ブラックホールから誕生した生物、亜空間アセルピシアの所為よ』

「な、なにそいつ•••」

『簡単に言えば、化け物よ。はっきり言って、私達神より強いわ』

「なっ!?」


私は無意識に震えていた。隣にいるユキもビールの入ったグラスを置き、両手を握ることで手の震えを収え込んでいる。


「そ、そいつがこの星、この世界に来るの?」

『可能性は高いわね』

「い、いつ?」

『分からない。明日か、数億年後か』

「な、なら大丈夫だって。きっと直ぐには来ないよ」


ユキはグラスを持とうとするが、まだ手の震えが収まっていないため、グラスを落としてしまう。


「ご、ごめん」

「大丈夫だよ。グラス割れてないし。サクラ、キッチンから布巾を取って来てくれる?」

「ピー!!」


サクラは元気よくキッチンに向かって走り出した。


「大丈夫。きっと大丈夫」

サクラの背中を見ながら、私は呟くように言った。


『そうよ。きっと大丈夫。それに亜空間アセルピシアが現れたら、私達神も力を貸すから』

「本当!?」

ユキが嬉しそうに確かめる。


『本当よ。まぁ、存在自体を封じ込めることができるかどうか、って感じになるとおもうけどね』

「それでも心強いよ。ねっ、マリー?」

「うん。少しだけ安心したよ」



それから私達は新たなつまみ?であるすき焼きを追加し、飲み直したのだった。

私はオレンジジュースだけど。


そして明け方近くなった時、シンは神界へ戻って行った。

戻る際、子供を授けるスキルを教えてもらい、実現する上での最低限のルールを教えてもらった。



「な、なんか。疲れたね」

「本当に疲れた。このまま寝よう」


私とユキは、精神的な疲れからか体を動かすことができず、そのまま意識を失う様に床で眠りについた。





体感で2時間程経過した時、私は誰かに起こされた。


「マリーちゃん。これは何なの!?」

「マリーお姉様、あんまりです!!」

「マリー、私はあなたの事、大事な家族だと思っていたのに•••」

「やはり、我ら眷属の力が脆弱ゆえ•••」

「わ、私も、い、一緒に、いたかった」


食いしん坊トリオとラーラ達、それにヒナがよく分からないことを言っている。

それに、言葉こそ発していないが、昨夜泊まったリースさんとエミールさんがどこか悲しげな表情をしていた。



「もしかして、アセルピシアのことを聞かれていた!?」

私は隣で寝ているユキを起こす。

寝惚けていたユキも、みんなに囲まれている現状を直ぐに察して困惑した表情を浮かべる。


「マリー、これはどうしたの?」

「分からない。けど、アセルピシアのこと聞かれていたのかも?」


私とユキは、正直に話すかどうか悩みながら周りにいるみんなを見つめた。

しかし、そんな私とユキを、みんなは首を傾げながら見つめ返してくる。


「マリーちゃん。何、寝惚けたこと言ってるのよ?」

「そうです。マリーお姉様、私達を仲間はずれにして、昨日ここで何を食べていたんですか!?」

「「へっ??」」


私とユキは辺りを見渡すと、豚のしゃぶしゃぶ、ミルフィーユカツ、すき焼きを食べたままの食器と鍋、そして大量の空き缶が転がっていた。


「で、マリー。何を食べたの!?この匂いは何なの!!」

「我らもこの部屋から漂う香りに負け、まだ早朝というのに起きて来てしまいました」


私はステータス画面開き、時間を確認するとまだ朝の4時30分だった。

体感では2時間位あったとおもったのに、私、殆ど寝てないじゃん。


まだまだ眠い目を擦りながら、みんなのデモ活動を収めるため、朝からどうかとも思ったが、昨夜、シンに振る舞ったのと同じメニューを用意した。



「「「おぉぉぉいしいーー!!」」」


「豚のしゃぶしゃぶとやら、この胡麻ドレといい、朝でもドンドン食べれるわ!!」

「これが胡麻と大葉なの!?昨日はあんなに不味かったのに、こんなに美味しかったなんて!!」

「すき焼き、これは何時間でも食べてられる!!やはり我らはマリー様の眷属で幸せです!!」

「お、おいしい」

「あぁー、ここはまるで神の食卓のようだ!!」

「本当ね、リース。神にしか出せない味だわ!!」



朝からよう食べますね。

私とユキは寝不足と朝食の準備でヘロヘロで床に並んで座り込む。


「ねー、マリー。みんな幸せそうだね」

「そうだね」

「人類がさ、進化する時って、よく病気が蔓延したり、いったん生物が絶滅したりするじゃない?」

「うん。私の習った歴史ではそんなことがあった気がする」


私の習った歴史が正しいか分からないが、生物が繁栄するといったん滅び、また繁栄して進化すると病気が蔓延している。



「でもさ、そんなの関係ないよね」

「うん。関係ない」

「幸せになるのに、滅びる必要なんてないもんね」

「うん。だから私は、この幸せを守りたいと思ってる」

「私も」



貴族とドラゴンと人間が相見え、食事を取り合っている幸せな光景を見ながら、私とユキは心からそう思うのだった•••。




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