第7話 聖女様と呼ばないで



「レキシーさん、ちょと出かけてきます。戻ったら建物直しますので」


私は早口でそう言うと、アイラの手を取って外に出た。

レキシーさんは手を振って見送ってくれた。



私はアイラと走って教会に向かった。



「お母様を治すって、そんなことができるんですか?」


走りながらアイラが聞いてくる。



「たぶん、、ううん。きっとできる」


回復スキルはあるし、きっと大丈夫。

私は自分に言い聞かせた。



教会に向けて走っていると、街の風景に目がいった。

日が昇ってるときに街を見るのは初めてだけど、あちこちで5メートル位の穴が空いている。

中には、元々家が建てられていたであろう場所が更地になり、木屑が散らばっている。




これ、私がやったんじゃないよね?




私は不安になって辺りを見渡したが、街の人は領主の屋敷がいきなり吹き飛んだことだけを話している。



どうやら、元々壊されていた家のようだ。



1分程走ったところで、教会に辿り着いた。

見た目は薄汚れ、所々ヒビが入っているが、アニメで見た教会そのものだ。



アイラと一緒に中に入ると、3人掛けの椅子が左右に並び、中央は人が歩けるようになっていて、これまた教会という内装が目に入った。

けど、人が一人もいない。



「お母さんはどこにいるの?」


「あそこの部屋にいます」


アイラは右奥の部屋を指差した。



私達は急いでその部屋に向かい、扉を開けた。

中は意外に広く20畳位ある。

部屋には幾つかベッドが置かれており、その内のひとつのベッドを囲むように3人が立っていた。



私達に気づいた1人が話しかけてきた。



「アイラ様。ここへ来てはいけないと•••。いえ、今は傍にいてあげてください」


男は力無く言った。



アイラがベッドへ駆け寄ると、3人の男達は悲しそうな顔をしながらベッドから少し距離を取った。



「お母様!!」


アイラが泣きながら母親に抱きつく。



男達がベッドから離れたことでアイラの母親を目視できたが、顔も体も血だらけだった。



私はベッドに近づくと、アイラに離れるよう伝えた。



「マリーさん?」




私はステータス画面を開き

『回復スキル』

『回復魔法』

を確認した。



この二つを有してないと、大きな効果は得られないらしい。


あと気になるのはこの注意事項。




『詠唱が必要』




攻撃魔法は詠唱いらなかったのに。

シャイな日本人が詠唱•••




時間がないし、仕方ない。

立派な女優になって見せる。




私が羞恥心と戦っていると、部屋の中に10人程入ってきた。



「奥様」


そう言って皆、泣いている。

屋敷の人らしい。


さっきの男の人が、最後だからと、呼んできたのかもしれない。




最後にはさせないけど。




私は目を瞑り、唱え出した。





「シン•アントワネットの名の元に、癒しの精霊達を、我、マリー•アントワネットに力を与えよ」



私の体が光に包まれる。




聖女様•••

あたりからそんな声が漏れ聞こえてきた。





グラン•ヒール





私から光が放たれ、ベッドに寝ているアイラの母親をその光が包み込んだ。


少しして光が落ち着くと、アイラの母親が目を開けた。




どうやら、うまくいったみたい。




アイラの母親がベッドから上半身を起こすと、それを見たアイラが泣きながら抱きついた。




「お母様ーー」

「あ、アイラ。これは一体•••」


アイラを抱きしめながらも、この状況に戸惑っているようだった。



「奥様」


屋敷の人達も皆泣いている。




うん、うん。

母子共に健康っと。




私が変な事を考えていると、屋敷の人達が私に向かって跪いてきた。




えっ、えっ、どうしたの




「聖女様。我が主、アイリス様を救っていただき、ありがとうございました」


10人が跪いたまま、頭を下げてきた。



「や、止めて下さい。私は聖女でもないですし、頭を上げて下さい」




褒められたいけど、恐縮されたくはないのです。


気づくと最初にいた男3人と、アイラとアイラの母親であるアイリスさんまで跪いていた。




ダメだよ。

アイリスさんはベッドで寝てなきゃいけないのに、いつの間に起きてきてるのよ。




「聖女様」


皆んなが一斉に私に向かって言ってきた。






止めてーーーーー






皆んなに『跪く』を『解除』してもらうのに時間がかかった。

解除後、ベッドの上で上半身を起こしているアイリスさんに、アイラがこれまでの経緯を説明してくれている。


屋敷のメイドらしき女性達は、血がついたアイリスさんの顔を拭いていた。




聖女どころか、屋敷を吹き飛ばした人ですよ、私は。



一歩、また一歩とベッドから距離を置いた。



その時




「屋敷を吹き飛ばした??」


アイリスさんはそう言うと、お上品さの欠片もなく、豪快に笑い出した。



「お、お母様?」

「奥様?」


その笑い方に皆、不安を覚えたようだ。



「ごめんなさい。堪えられなくて、生まれてから、一番笑ってしまいました」


アイリスさんは笑い過ぎて溢れた涙を拭いながら言った。



「屋敷を吹き飛ばしてしまって、すみません。直そうと思えばできますので•••」


私は頭を下げながら言った。



「いいえ。屋敷は直さなくて大丈夫です」

「いいんですか?」

「あの屋敷で、数々の悪事が行われ、多くの人が亡くなりました」


私以外の皆んなが俯いた。



「私達は、1年程前に数名の住民が突然失踪していることに気づいたんです。


その後も失踪は続き、調べてみると全ての人があの屋敷でラーロックと会った後にいなくなっていたのが分かったのです」


アイリスさんは険しい表情をしたまま話を続ける。



「何とか証拠を探そうとしたんですが、ラーロックはほとんど屋敷に篭り、出かける際も衛兵を見張りにつけてました。

ですが、今日、盗賊に攫われた少女、ミアちゃんが救出されたことをきっかけにラーロックは動き始めたんです」



「私はラーロックが衛兵を連れて行った隙に部屋を調べた結果、地下室を見つけたんですが、どうやらその瞬間に背後から刺されたようで。

ラーロックは私がすぐに息絶えると思ったのでしょう、地下室に私を閉じ込め、そのまま冒険者ギルドに向かったようです」



「お父様、いいえ、ラーロックが興奮した状態で屋敷を出たのを見て、私はあいつの部屋の壁を壊して中に入り、地下室からお母様を助けました」


アイラがアイリスさんに続いて話した。


「その地下室で証拠を見つけて、冒険者ギルドに来たんだね」

私はアイラを見ながら言った。


「その通りです」


私にして見れば今日起こった出来事だけど、二人にしてみればずっと前から続いていた出来事なんだね。


「ですから、ラーロックが犯罪の隠れ蓑に使っていたあの屋敷はもう必要ないんです。

もっと小ぢんまりしたお家を作って、ここにいる皆で暮らしたいと思っています」

アイリスは屋敷の人達を見渡しながらそう言った。


「元々はもっと小さなお屋敷だったんですけど、あいつが婿入りしてからあのように改築したんです」

アイラが少し怒りながら言った。



婿入り

それから増築



私が首を傾げていると、アイリスさんが教えてくれた。

ラーロックはアイリスさんの再婚相手でアイラと血の繋がりはないそうだ。



だから似てなかったのか。

納得。



「政略的な再婚だっとはいえ、最低の男だと見抜けず、自分が情けないです」

アイリスさんは悔しそうに言った。


「失った人達は帰ってこないけど、アイリスさんとアイラの姿は街の人達が見てくれていただろうし、忌々しい屋敷は吹き飛んだし、今なら新しい一歩を踏み出せると思いますよ」


私は二人を見つめながら言った。



「街の人達が許してくれるなら、いいえ、許してくれなくても、許してくれるまでこの街に仕えましょう」


「はい、お母様」


二人はそう言うと互いを見つめ、力強く両手を取り合った。



きっと、街の人も、ラーミアさんもレキシーさんも二人のことは認めてくれるはず。

これで、一先ずは解決かな。



「お母様、第一歩として、まず国王様に今回の経緯を報告しなければ」


アイラがそう言うと、私の背中に汗が流るのを感じた。



「国王様は素晴らしい方です。何も心配いりませんよ」


私の不安を察してくれたアイリスさんが優しい口調で言ってくれた。




はぁ〜

よかったー




にしても、【大魔王の威圧】スキルを発動する前から、どうにもおかしい。

日本にいた時の私なら盗賊に恐怖しただろうし、ラドさん達とラーロックが言い争ってる最中に間に入ったりしなかったと思う。



アントワネットの加護だと思ったけど、違うのかな。

私はステータス画面を開いて加護の欄を見た。





▪️アントワネットの加護

▪️魔神の加護





だ、魔神の加護??

説明書きはないけど、絶対にこれだ。



14歳、中学生、魔神

う〜ん

アンマッチだ

もう、中学生じゃないけど。




回想していると、教会全体が震え出した。

私の探知スキルに誰かが近寄る様子はない。

もっと遠くから何かが迫っている?



私は遠方捕捉スキルを発動した。



3キロ先にエネルギーの塊みたいなものがあり、ガーネットの街にかなりのスピードで向かっているのが分かった。




「また、隕石だわ」



アイラが静かに呟いた。




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