「未成年の飲酒は極刑なんです」

 イリスの頬が羞恥心のためか、赤みがさしている。それを隠すかのように毛布で顔を覆った。

 反対にドミニクは、ご満悦のようだ。イリスを見て、頬がゆるんでいる。


「何よトウヤ、その目は」とイリスは、毛布から目元まで下ろしてから言った。

「小さいの頃なら、よくある事だよ。うん」


 今も子供だろ、と思いながらトウヤは言った。

 イリスは「うん、うん」と頷いている。


「儂は2年前にゴミ箱から、湿り気のあるシーツを拾った記憶があるのだが……」

「イリス、今いくつだ?」

「じゅ……16」


 ――ドミニクが訂正しない、という事はイリスの年齢は16で間違い無さそうだ。

 俺より1つ下、どう考えても子供はイリスの方だ。しかも14になってまでシーツを濡らすとは、筋金入りと言っても過言では無い。

 人の食事に危ない薬を仕込む、ずる賢い女性と思っていたが、見た目通り子供らしいところもあるんだな。


「イリスの小さい頃の話を、もっと聞かせてくれませんか?」

「いいじゃろう」


 ――年配者は寂しがり屋が多いと聞いたことがある。だとすると、自分の好きな事なら口が軽くなるかもしれない。

 弱みを握るつもりは無いけど、イリスの口から語られる事が無いエピソードをもう少し仕入れておきたい。


「この間なんか『おじいちゃん魔法使えるようになったよー』と言って、隠し持った火打ち石で油に火を付けながら、誇らしげに披露しておってのう。その姿が目に入れても痛くない程、可愛くてな。しばらく二人でじーっと揺らめく炎を眺めてたら、儂の髪の毛に引火してのう。儂の人生の集大成と言うべき髪が今はこの有様よ」

「何時の話をしてんのよ!」

「ほっほっほ。儂ほど年を取るとな。昨日も10年前も大して変わらんよ」


 イリスとドミニクは仲睦まじく、いがみ合っている。

 本当に仲の良い親子なんだな、とトウヤは感心した。


 ――自分は両親とは、決して仲は悪くないが、慣れ合うほど良くも無いと言った感じだ。表面上はうまくやっていたと思う。

 学校生活も同様。両手の数えられるくらいだが、友人はいた。SNSで炎上騒ぎになる事も無かった。弱みは、彼女が居ないくらいだろう。

 もう両親や友人達と会えないのか……。


 トウヤは、もう二度と姿を見る事も叶わない顔馴染みの姿を思い浮かべ、やるせない気持ちになる。


「トウヤ、大丈夫?」


 イリスの言葉で現実に引き戻される。

 先ほどまでドミニクといがみ合っていたとは思えないほどに、憂いに帯びた顔をしている。


 トウヤは余計な気遣いをさせないように「大丈夫だ」と返した。


「ついつい、長話になってしもうたのう。で、トウヤと言ったか。お前さんは結局、何者なんじゃ?」


 ドミニクの表情が険しくなった。しかし、先ほどとは違い、全身が押し潰されそうな圧迫感は無かった。


「俺は、どうもホムンクルスって奴みたいです」

「忘れてた。トウヤ、さっきの試合で怪我してたでしょ」


 イリスが話に割って入いると、右手をトウヤの左胸にあてた。イリスの右手の体温が布越しに伝わってくる。

 トウヤの全身に電気が流れたかのようにピリっとした刺激がした。

 トウヤが一瞬だけ、青白い光に包まれる。


「え? 痛みが引いてる」


 トウヤは上着をまくって、腹部を確認した。先ほどまであった、痛々しい青あざが綺麗さっぱりと消えてる。

 加えて、戦いで酷使して疲労が蓄積した筋肉が、十分に休息をとったかのように軽くなった。


「ふむ、今の青白い光は、確かにのようじゃな」


 ドミニクは何か考え込んでいるようだ。


「デボラ、小僧、すまないがしばらく席を外してくれんか? 少し娘と話がしたい」

「あんたら親子は、医務室を何だと思ってんだい!? いい? これ以上、長居するなら残業代を請求するからね! ほら、いくよ」


 デボラは不快そうに言うと、トウヤの首根っこを掴んだ。


「トウヤ、廊下で大人しくしててね」イリスがトウヤに向けて言った。


 デボラは、トウヤを引きずって医務室を出た。


「あーあ、どこで時間を潰すかね」

「俺は、この辺で座ってます」

「もう少し後にしな。あたしらを追い出したのは、聞かれたら都合が悪い話するためだろうからさ」

「でも、俺、この世界に来たばっかりで土地勘が――」

「男ならガタガタ言うもんじゃないよ!」


 トウヤは、デボラの有無を言わせない膂力で廊下を引きずられつつ、医務室から離れた。


 程なくして、よくわからない部屋に放り込まれると、デボラがグラスと液体の入った瓶を取り出した。


「あんた、いける口かい?」

「無理です。俺の故郷では、未成年の飲酒は極刑なんです」


 トウヤは、これまでのデボラの言動から、その液体の正体を察した。


「仕方ないねえ、それじゃあたしだけ楽しませてもらうよ」


 デボラは、グラスになみなみと瓶の中身を注いだ。



 トウヤは、デボラに絡まれる事を覚悟したけど、それは杞憂に終わった。

 デボラはグラス一杯の液体を飲んだだけで、眠りについてしまったのだ。


 ――寝ちまったぞ。でも、丁度いいか。ここで少し時間を潰したら、医務室の廊下に戻ろう。


 トウヤは異世界に降り立ってから、ようやく一息つくことができた。先の戦いの様子を思い浮かべる。


 ――不思議に思っていた事があった。

 模擬戦とは言え、武器は殺傷能力を落とすために刃引きしてるのに、魔法が斟酌してない事に。

 鈍らで魔法使いと戦う事は自分達の世界なら、喧嘩自慢の素人で訓練された軍隊と戦うのと同義。

 素手が銃に敵うわけがない。仮に運良く弾を避けて接近できても、格闘術で返り討ちになるのは明白。

 では、白兵と魔法、不釣り合いにも思える戦力の差は、何で埋めているのか。それは、驚異的な身体能力だろうか?

 しかし、身体能力を高めても、魔法なら掠っただけでも大惨事になりえる。直撃したら死は免れないだろう。魔導生物とはいえ、虫をバラバラにする力を秘めている。

 だけど、魔法に当たっても無事で済ませるほどの、特別な力があるなら話は変わる。その力の正体が、先ほど体に流入したエネルギーだろう。このエネルギーは、自分の体だけでなく体に密着してる物、例えば手に持ってる武器や身に着けている服に注ぐ事が出来ると見てよさそうだ。

 魔法があるくらいなら、これは魔力と言うべきだろうか。今なら、金髪の剣士がロザリーの炎を剣で裂いた事も頷ける。

 そうでなければ、イリスが今の今まで五体満足で生きてきた理由に説明がつかない。さすがファンタジーな世界だ。ここまで来ると、驚きを通り越して笑うしかない。

 加えて、さっきドミニク爺さんの言ってたという事象もそうだ。イリスやデボラがしきりに、ホムンクルスなら怪我をしても大丈夫ってのは、俺の怪我はイリスなら一瞬で完治できるって意味だったのか。

 それにしても、手当てね……あの気障ったらしい奴、たしかバルナバスだったかな。あいつが俺の事を、人形と言った意味も理解できる。

 魔法は存在するけど、魔法で怪我や病気は治せない。しかしホムンクルスは、一瞬で怪我が治る。

 人間と言い切るには、ちょっと苦しいかもな。人の形をした、何かだ。だから人形、か。でも、この自意識は本物だよな?


 我思う、ゆえに我あり


 動画サイトで覚えた哲学者の言葉が、トウヤの頭によぎった。

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