「どう考えても不可抗力だろ?」
続いて爆発に似た音が鼓膜を刺激する。音の鳴る方に視線を向けると、剣を持った男性と指揮棒を彷彿とさせる短く細い棒を持った女性が対峙している。
女性の前には1冊の分厚い本が浮いている。腰まで伸びた赤い髪と眼鏡、それは先刻の教室に居たロザリーという女性だ。ロザリーの棒の先からは火の玉、火柱等、様々な形状をした火が繰り出される。見るだけで肌がジリジリと焼けそうな光景だ。
相対する男性は、それらを躱しつつロザリーに詰めようとしているみたいだ。男性は鮮やかな金色の髪は真ん中でかっちり分けられており、宝石のように煌びやかな青い目に端正な顔立ちをしている。
ロザリーは男性を近寄らせまいと火を放っては距離を取っている。男性は火をギリギリで躱しつつ、決して追走を緩めようとはしない。
すると男性の足元の土が急にせりあがった。それでも走るのを止めない所を見ると、男性が魔法で足場を造っているようだ。
ロザリーは文字通り縦横無尽に動き回る男性に翻弄されてるのか、攻撃の手が少しずつ男性の動きに追いついてないに見えた。しかし、ロザリーの火が男性を覆いつくした。
次の瞬間、男性の剣は火を切り裂き、刃引きした剣の先端がロザリーの喉元にあった。
近くにいた衛兵が試合の終わりを告げた。
「なあ、あれを見て怪我で済まないと思うか? 動きが常人離れしてるんだが」
「大丈夫、大丈夫。ほら危なくなったら、衛兵がちゃんと止めてくれるし」
イリスの表情は笑っているが、声色は頼りなかった。
不安になったトウヤは先ほど試合終了を告げた衛兵に訪ねる事にした。
「あんた審判なんだろ? もし、さっきの二人が試合中に不慮の事故が起こりそうになったら、止められるのか?」
「無理に決まってるだろ。というか、あの二人は別格だ。優秀な魔導士を輩出するミストダリア家のご息女と剣豪で名を馳せてるバシュラール家当主の戦いなんて、模擬戦とは言え並みの人間が仲裁に入ろうものなら、命が幾つあっても足りんよ」
「だ、だよな」
「だけど、ひよっこ共の小競り合いなら俺でも何とかなるさ。だから兄ちゃんも安心して戦ってきな」
衛兵は自信ありげに腕の力こぶをトウヤに見せつける。
――イリスよりも頼りがいがありそうだ。やはり模擬と銘打ってるだけあって、死者が出るのは本意では無いらしい。
「で、試合はいつ頃だ?」
「今、ロザリーの試合が終わったから、もうすぐよ」
「マジかよ」
イリスの言葉にトウヤは気落ちする。学校で習う武道でも剣道なら防具があるし、柔道は柔らかい足場で行うもの。
トウヤにとって武道は、不慮の事故が起こる可能性を極力排除した安全な場所で執り行われるスポーツという認識なのだ。
しかし、初めて目の当たりにする魔法と苛烈な武芸に圧倒されて心の準備は出来ていなかった。
――あー、こうなるともう対戦相手が少しでも弱い事を祈るしかないな。知り合いと言えば、イリスかロザリーくらいのものだ。友人のよしみで手を抜いてくれる展開は期待できない。
「仕方ないわね。あんたは、場外で大人しくしてて」
「いいのか!?」
「だって、あんたの体は、どうみても戦う人間に見えないもの」
「肉体労働とは無縁だからな」
「その代わり、知恵と知識に期待してるわよ」
「お、おう」
トウヤは歯切れの悪い返事をした。イリスの言葉の意味は理解できてないが、ひとまず命拾い出来た事に安堵する。
――この子には申し訳ないが、俺は戦うのは苦手だ。士官学校は言わば、兵隊養成所。戦闘訓練は受けてるだろう。先ほど見かけた、土を操って足場にする剣士に火をまき散らす魔法使いを見たら、何の力もない俺が無理して試合に出る事は無い。
「今日の対戦相手は君たちか」
背後から声をかけられた。イリス達は声のする方に体を向けた。
綺麗に切りそろえられたマッシュルームカットに面長の男性がトウヤ達を睨みつけている。その視線には明確な敵意と憎悪が含まれていた。
「同じ教室に居たのに覚えてないのか。仕方が無い。冥土の土産だ。我が名はバルナバス=フォン=ゲルストナー。お前は確かトウヤと言ったな。ロザリー様に穢れた物を見せつけた不埒者め!」
「その件に関しては、どう考えても不可抗力だろ? 俺だって好きで晒したつもりは無い」
バルナバスの怒りに対し、トウヤは冷静に応対した。
「たとえ本意では無いにしろ、ロザリー様のお目を汚した罪は命で償ってもらうぞ!」
バルナバスは言い終えるとグリモアを出した。その形状は、表紙がきちんとある本だった。しかし、ロザリーの本と比べると薄い。
例えるならロザリーの本は辞書、バルナバスの本は標準的な書物である。
「ついでに忠告しておこう。貴様、イリスに関わった事を不運だと思うんだな」
「それはどういう意味だ?」
「そこの女は、学長の養子である事を笠に着て、魔法は使えない上に武芸は人並み以下のくせに希少な士官学校の席に座り、惰眠を貪っては怠惰な日々を送るロクデナシだ。まともな待遇を期待しない方がいい」
バルナバスの罵詈雑言にイリスは目を背けている。
「好き好んで、こんなところに来るわけないじゃない……」
イリスは小さな声で怒りをぶつけるように呟いた。唇を噛み締め、両手を固く握りしめている姿が痛ましい。
――イリスとは会って間もない間柄だが、面前で侮辱されるのは気持ちの良いものじゃない。何より、あんな辛そうな姿を見せられたら、どんな事情があっても助けてやりたくなる。
「はぁ、そんな非力な平民にあしらわれてるのは、どこの騎士かしら?」
バルナバスの方に向き直るイリス。その表情は、先ほど体で表わした悔しさは微塵も無く、当てつけるように笑顔を振りまいている。
「あれは君が一服盛ったからだろう! おかげで昨夜からスープの一滴すら口にしてないのだよ」
「丁度良いではありませんか。睡魔に襲われなくて」
「この戦いでそこの人形を叩きのめして、その減らず口を聞けなくしてやる!」
――なるほど。今までの模擬戦は、事前に策を弄して乗り切ったのか。無策で飛び掛かった結果、死んだ俺からしたら、立派な戦法だ。はっきり言って死ぬよりかはいい。俺の記憶が正しければ武道は勝利する事では無く、無様でも良いから逃げる事を大事にしている。
ロザリーの試合を見る限り、この世界の強者は人間離れしてる。真っ当に戦って勝ち目があるわけが無い。
トウヤはイリスの戦い方に感銘を受けた。
「うっ……あ、ああ」
突然、イリスがうめき声を上げた。苦悶の表情を浮かべている。地べたに左手と両ひざをついて、右手は胸部の布を握りしめてる。
「おい! 大丈夫か!?」
トウヤは心配そうに声をかける。しかし、周りの反応は冷ややかだ。
「同情を誘ってるつもりかい? 君にしては稚拙な策だね」
バルナバスが吐き捨てるような口調で言った。その言葉が周囲の反応を物語っているようだ。
どうやらイリスの手段を選ばない戦い方は、周囲に好まれてないようだ。
程なくして、イリスの前から目がくらむほどの光が放たれた。光がおさまると同時にイリスの眼前に板状の物体が現れた。
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