「俺だって戦うの苦手なんだよ!」

 しばらくすると各区画で試合が始まった。画一的な服を来た人達が訓練用の刃引きの剣や槍を携えて、真剣な面持ちで試合に臨んでいる。

 トウヤは辺りを見回した。すると他の生徒とは一線を画してる戦いをする試合が目についた。


 それは美しく品性のある面持ちの女性だった。鮮やかな金色のウェーブがかったロングヘアが風になびかせている姿は、一枚の人物画を彷彿とさせる。

 彼女の右手には刃引きの剣が握られている。それだけなら他の生徒と同じなのだが、特筆すべきは彼女の周りに彼女と同じくらいの背丈の土で造られた人形が3体いることだ。土人形のデザインは彼女の風貌とは対照的に、子供が泥遊びで作ったようなある意味で芸術的なデザインだ。

 彼女が剣を前に突き出すと同時に、土人形が前進する。文字通り、ただ真っ直ぐに歩いているだけだ。

 向かいにいる対戦相手が視界に入ってないのか、愚直に歩いている。電波を使わずに動く土人形自体は驚嘆に値する。これが遊びなら十分に創意工夫の予知はあるだろう。

 しかし、残念な事に今は試合中だ。ただ真っ直ぐにしか歩けない土人形は、囮にもならない。彼女の土人形は、対戦相手の斧の一振りで3体とも粉々に砕け散った。


 次にトウヤの目を引いたのは、身の丈を優に超える蜘蛛だった。視界に映った瞬間、身の毛がよだつほどだ。

 どうやら蜘蛛の主は女性のようだ。イリスよりも少し小柄で、ブラウンのショートヘアに少女の面影を残した顔立ちをしている。しかし目つきは鋭く、相手を睨みつけている。

 士官学校と銘打ってるだけの事はある。見た目こそ少女だが、彼女も立派な士官候補生なのだ。何よりも、彼女の傍に佇む巨大な蜘蛛の存在が、彼女が常人でない事を明らかにしている。

 彼女は右手をかざした。その瞬間、右手の前に分厚い本が現れた。表紙には虫全書と書かれている。


 トウヤは不思議に思った。彼女の本の題名が読める事に。その文字は日本語でも英語でも無い。まったく見たことがない文字のはずなのに、まるで母国語のようにすんなりと読めるのだ。


 ――よくよく考えたら、口言葉のコミュニケーションも出来てるよな。俺の居た世界なんて土地が変われば言語が変わる。それなのに俺は、日本語の感覚で異世界人と意思疎通してる。


 トウヤが言語に対して自問自答してる間に、試合の模様は進んでいた。

 彼女が出した本は、宙に浮いたまま勝手にページが開いた。彼女が右手を下ろしても、本は自動的にページをめくられている。正に魔法と呼ぶに相応しい事象だ。

 しばらくすると、彼女の周囲に大小さまざまな羽虫が忽然と現れた。蛾や蜂の類、トウヤの居た世界でも害虫に分類される虫が彼女の周りで停止飛行している。大きいものは成人男性の握りこぶし程の異質な虫もいるが、小さいものだとスズメバチと思わしき虫も見かけた。

 ただ蝶やトンボ、カブトムシなどの子供を魅了する虫の姿は無い。幼少期を過ぎて、虫を忌避する人間から見たら、逃げ出したくなる光景が広がっていた。

 彼女は右手を前に突き出した。彼女の周囲にいる虫達を相手に襲い掛かる。相手の近くに虫が迫った時、突然、虫が四散した。トウヤの目には見えない力、魔法と思しき力でやられたようだ。


 ――あんな虫、B級映画でした見た事ねえよ。


 トウヤは気分転換を兼ねてイリスに話かける事にした。


「なあ、あそこで試合してる彼女の前に浮いてる本って何なんだ?」

「あれはグリモアよ。魔導士の才能を持つ者に現れる、魔法の手引書ってところかしら。簡単な魔法なら中身を記憶するだけで十分だし、強力な魔法でもページに触れれば発動するわ。後は、人によって形状と中身が違うわね」


 ――グリモアと言えば、たしか魔導書って意味があったよな? あの本があれば、俺も魔法が使えるのかな。せっかくだから魔法の一つでも使ってみたいものだ。


「イリスも持ってるのか? グリモア」

「無いわよ。それどころか魔法、使えないもの」

「へぇ、それじゃ剣とかで戦うのか?」

「まさか、体を動かすのが大嫌いなのに、白兵戦なんてやってらんないわ」

「え? 実は模擬戦、初めてとか? 単純に戦いの経験が無いだけとか?」

「試合の経験は何度かあるわよ」


 イリスの口調は自信に満ちていた。嘘をついているようには見えなかった。運動嫌いで魔法はさっぱり。それでも模擬戦は何試合がこなしたことがあるようだ。

 人は見かけによらない、という言葉がある。そんな彼女が今までの模擬戦をどうやって切り抜けたのか、その戦い方にトウヤは少し興味がわいた。


「トウヤ、ちなみに今日の試合は、あんたが戦うのよ」

「いやいや、無理だろ。俺だって魔法は使えないし、武器だって触ったことが無い。自慢じゃないが喧嘩は弱いぜ」


 ――自分で言ってて惨めだ。しかし、俺は生前、初めて仕掛けた喧嘩では相手に一撃を食らわせる事も出来ずに返り討ち。それで現世とお別れをした身だ。そんな人間が戦うくらいならイリスの方がマシなのは一目瞭然だろう。

 少なくとも戦いの経験値はイリスの方が多く積んでいる。それにこれは審判もいる、ただの試合だ。生前に遭遇した犯罪未遂の現場とは違う。変な正義感を出したり、紳士になる必要なんて無い。


「それに俺はほら、制服は着てるけど、この学校の生徒じゃないし」


 ――我ながら情けないセリフだと思う。まるで親に悪事を追及されて言い訳をしてる子供みたいだ。


「大丈夫よ。ほら、さっき蜘蛛がいた試合を見たでしょ?」

「ああ。彼女、あの後、大量の虫を出してたよな……」

「そう。つまり、トウヤも試合に出れるのよ」

「意味が分からん。俺は虫じゃないぜ」

「でもトウヤは、私が呼び出したのよ。ほら、あの飛んでる虫の背中を見て。あんたの左胸と同じ模様があるわよ」


 トウヤは不安を抱きつつも言われた通り、飛行してる虫の背中を見る事にした。丁度、停止飛行してる拳大の蛾がいたので覗いてみる。そこには、小さくだが青白いフラスコの模様があった。


「確かに見覚えのある模様はあったが……」

「つまり、あの虫達もなのよ。あたしたちは、あの模様のある生き物をって呼んでるの」

「でもさっきは、ホムンクルスって呼んでなかったか?」

「人間の魔導生物の事をホムンクルスって呼んでるだけ。大昔は、魔導生物で統一してたみたいだけど、ある時を境に人間の魔導生物にあだ名が付いたのよ」

「そうかそうか、なるほど。それじゃ試合はがんばってくれ、俺は隅っこで応援するからさ」

「何、逃げようとしてんの! あんたも魔導生物なんだから、試合に出るのは問題無い事はわかったでしょ!」

「仕方ないだろ。俺だって戦うの苦手なんだよ!」


 ――単純な動きとは言え、ひとりでに動く土人形。何もないところに忽然と出てくる虫。火や雷等、これぞ魔法というものはお目にかかってないが、先の2つだけでも十分に脅威だ。それだけの事象があるという事は、もう何が飛び出してきてもおかしくはないだろう。


「そんなに怖がらなくても大丈夫よ」

「本当か? 剣とか魔法とかから、守ってくれるのか?」

「あたしは戦わないわよ」

「それじゃ俺も戦わない。これだけ広いんだし、一人くらい居なくなってもバレないだろ」

「そんなわけないでしょ。出入口に見張りの衛兵がいるもの。逃げ出そうとしたら、すぐに捕まるわ。それに、あたしが何でトウヤを推してるのか教えてあげようか?」


 イリスは温和な表情をトウヤに向けている。心なしか気が休まる。


 ――もしかして異世界に来たおかげで魔法が使えるようになってるとか? はたまた身体能力が強化されて武器を扱えるようになってるのだろうか。実は伝説の勇者で魔王と戦える程の力が既に備わっているのか。


 トウヤが幼い妄想に耽っているとイリスが口を開いた。


「トウヤなら怪我をしても大丈夫だからよ」

「お前は悪魔か!? 一度、死んだ人間をもう一度殺したいのか!?」

「怪我くらいなら大丈夫だから、ね。ほら、あたしでもこの通り、五体満足だし」


 イリスとトウヤが言い争いをしてると、周囲がざわつき始めた。

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