第11話 あーんしなさい?

 お仕置き……折檻ともいえる。


 親が子にするそれでない場合は、ネガティブなイメージがつくことが多い。


 体罰……そのような言葉に言い換えられるように、苦痛を伴うことが多い。


 俺は冬華さんにお仕置き、と言われてそんなイメージを浮かべてしまったのが正直な話だ。


 これは相手を諭すお説教ではなく、粗相を働いた奴隷が主人から受けるお仕置きではないか。


 「ええと、鞭打ちとかですかね。爪剥ぎとかは……痛いのでできればやめていただく方向で」

 「な、なに言っているの!? そんなことしたらケガしてしまうじゃない!?」

 「ん?」


 少し認識に相違があるようだ。


 「それに……」


 ジトっとした視線を、彼女は俺に送る。


 「私がそんなことをする下品な女だと思っているのかしら?」

 「いや、思わないけどさ。お仕置きって言われるとそういうのが連想できるというか……」

 「ど、どうしようもない変態ねっ! 恥を知りなさい!」

 「理不尽」


 理不尽だよね?


 ぶつぶつと俺が変態だの不潔だのと文句を述べながら、彼女が取り出したのは……弁当箱だった。


 「これは?」

 「朝ごはんよ」


 朝ごはんだって?


 彼女が言うには、先程部屋にやってきたのは朝食に呼び出すためだったという。


 で、見つかったと思った俺が逃げ出したせいでその時間が潰れてしまった。


 弁当箱を開けると、スクランブルエッグにトーストや果物といった……洋風な朝食が詰められていた。


 「冷めてしまっているけど……星見君が逃げるからよ。我慢しなさい」


 彼女がそう言いながら、フォークをとる。


 「俺のフォークをもらっていいかな?」

 「一本しかないわよ」

 「えっ」


 きっと冬華さんも、俺を追いかけたため朝食を摂り損ねたのだろう。


 だからフォークを手にしたのだと思ったのだけど……違うようだ。


 彼女が食べやすいサイズに切り分けられたリンゴにフォークを指し、俺の方へ向ける。


 「口を開けなさい」

 「ええっ?」


 彼女はまさか、俺に食べさせる気か?


 ヘリコプター内は揺れているため、慣れていない俺は食べにくいかもしれないが……別に不可能というわけではない。


 「どうしたの? 好き嫌いはだめよ」

 「そうじゃなくてだな……自分で食べるよ?」

 「何言っているのよ。アナタは私の彼氏なのだから、何もおかしなことはないじゃない」


 当然の権利のように彼女は俺を見る。


 「それに言ったでしょう? お仕置きだって」

 「え?」


 話が全然繋がらない。


 「アナタ、とっても反抗的だもの。こうやって食べさせられるのはとっても屈辱でしょう? 屈辱を与え、どうあっても逆らえないようにお仕置きするのよ」


 お仕置き……とは少し違う気がする。


 俺がやや反抗的に映っているのは否定しないにしても……それで屈服とか屈辱とかは違う気がする。


 恥ずかしいのは間違いないけどさ。


 「…………」


 というか、言い出した本人さえも次第に顔が赤くなり始めている。


 それでお仕置きになるわけないだろう。


 だが、まぁ……うん。


 善意は受け取ろう。


 彼女が口元まで運んでいたリンゴを口にする。


 わずかに酸味があって、だけどそれがすぐに甘味に塗り替わる。リンゴは食べたことがあるが、このような繊細な味は……初めてだ。


 「……どうかしら。な、なんとか言いなさいよ!」


 俺の感想が若干遅れたためか……冬華さんは不安になっているようだ。


 「すごく……言葉に困ってた」

 「え゙……」


 お嬢様に絶対似合わない鳴き声を出す冬華さん。


 「く、くちに合わなかったというの……?」


 味には自信があったのだろう、呆然となって焦るくらいには僕の答えが予想外だったわけだ。


 「いや、別に不味いとかじゃなくて……言葉が出なかったんだ。俺、こんなすごいリンゴ食べたの初めてだから」

 「なっ……ふ、ふん、ならそう言いなさいよっ。びっくりするじゃない」

 「ごめんよ。すごく人並みな意見で申し訳ないけど……とっても美味しいよ」


 もっと美食を褒める表現力があればよかったのだが、残念ながら貧乏の出。


 舌は誰よりも貧弱な自信があった。


 「……別にいいわっ。今後、鍛えていけばいいのだから」

 「そう言ってくれると嬉しいよ」


 何とも言えない空気が漂っている。


 聞こえるのは、プロペラ音だとかモーター音だとか……ヘリコプター由来の騒音のみ。


 「あの、このままだと学校ついてしまうから……残りも食べていいかな?」

 「そ、そうね! ほら! 口を開けなさい!」


 食べさせるお仕置きは継続するのね……。

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