第10話 満月冬華は常に極上を目指す
「観念なさい。この私からは逃げられないわよ!」
そう言いながら、冬華さんは俺の手を取る。
「……わかった、もう逃げないよ」
単なる車で捜索されるのなら、まだ誤魔化しようがあるだろうが……空から探すことができるとなると流石にどうしようもない。
高校もできれば休みたくなかったけれど、捕まった以上は仕方ないか。
「ふん、わかったならそれでいいわ。ヘリに星見君の制服と鞄を用意しているから……早く着替えなさい」
「えっ」
「なに驚いているのよ」
「学校に通っていいの?」
本当に何を言っているんだ、という顔で冬華さんが見つめてくる。
「いや、だってさ。俺ってもう、所有物なんだよね」
「彼氏よ」
「だから屋敷でずっと軟禁されると考えていたけど、違ったのか?」
「彼氏よ」
「反応しにくいから一旦落ち着いて?」
「どうして高校をサボらせる必要があるのよ」
意見が食い違う。
「アナタね、私はすべてにおいて極上を求めるのよ。でもね、極上というものは家名で決まるものではないわ。自分がどれだけ努力をしたか……その礎が極上であることを示すのよ」
彼女の哲学では――家名に甘えて学びや研鑽を捨てることは、唾棄すべき最低最悪の行いとのことだ。
だから彼女に仕える執事やメイドであろうとも、常に極上であることが求められる。
「昨日、星見君はこの私の所有物になったわ。だからこそ、これからも勉学を続けなさい。これは私が極上であれるだけでなく、アナタもそうあれるように」
不覚ながら……その考えに、共感できる自分がいた。
所有物であろうとも――自分と同じ視座で、同じ高みを目指そうとさせる。
彼女は俺の想っている以上に、お嬢様らしくなく……誰よりも泥臭く自分を磨いているのかもしれない。
「……勝手に逃げて悪かったよ。だからちゃんと言うことにするよ。俺が屋敷に住み込む話、考え直してくれないか?」
「それは嫌よ」
「ええ……」
「なによ、私が星見君の家に住めっていうの?」
「同居が決定事項なの、普通におかしいことに気付いて。お願いだから」
いい雰囲気になっていたから通じるかと思ったが、そうはいかなかった。
だがとりあえずは学園に行けるのならば、それでいい。
すぐに衣服を着替え、促されるようにヘリコプターに乗り込む。自転車で登校したこともないのに、ヘリコプター登校かぁ。
「お父様?」
「そうなんだ。父さんに現状を説明しないといけない」
自宅から冬華さんの屋敷に通うことが許されないのなら、一報を入れる必要もある。
夏未の弁償の件もあるし。
「嫌かもしれないがこれは――」
「構わないわよ」
あれ?
根気強い説得が必要かと思ったら、そうではないようだ。
「これからは遅刻してしまうから、放課後でいいかしら」
「え、あ、うん。それで……。だけど、いいのか?」
「いいわよ。別に私はアナタを拉致したわけではないもの。だけど、きちんと親御さんに伝えておかないと、後々面倒になるわ」
拉致は拉致だろう、そう言いたくなったが言わないことにした。
「今後は要求があるのなら遠慮なく言いなさい。溜め込むのは駄目よ」
「そっか……ありがとう。じゃあ提案なんだけど、所有物とかそういうのをできれば解消してほしいのだけど。友達から始めません?」
「それは嫌よ」
「デスヨネー」
融通が利かないわけではないが、駄目なものは駄目らしい。
「忘れないで。アナタは私が買ったの。だからどうあっても、私が手放さない限り……所有物なのだから」
「…………」
念押しされてしまった。
「そして、アナタの今朝の行動は……いけないわ。だから学校に到着するまで――お仕置きよ?」
お仕置き、その言葉に俺は底知れぬ恐怖を覚えた。
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