第9話 逃げるが勝ち、ただし逃げられるとは言っていない
――朝が来ました。とてもいい朝です。
冬華さんの言葉は撤回されることなく、結局俺は泊まらさせられた。
冬華さんの部屋ほどではないが、用意された部屋は十分に広かった。
普通に都内のワンルームくらいはある。
来客用の……西洋風だろうか、ともかくそういった感じの家具で統一されており、高級すぎて一周まわって居心地が悪い。
「こんなんじゃ眠れるわけ……いや、ぐっすり眠れたな」
だけど、冷静になって考えて……これからどうなるのだろうか。
これ、軟禁なんだろうか。
少なくとも、弁償のために一カ月は働かないといけない。
でも、俺は今日もバイトのシフトがあるはずだし、それ以上に普通に高校があるわけで。
「高卒資格はほしいなぁ」
今の世の中、学歴社会だからね。
窓から風が入り込む。
「いや、待てよ……」
俺の部屋は、屋敷の中でも西側に位置している。
部屋にある窓からは正門へと続く庭園に繋がっている。
加えて二階ではなく、一階。
窓も一メートル以上の大きさがあり、通るにも困らない。
窓から抜け出せば、真っ直ぐ走ることで簡単に門まで行けそうだ。
今の時間帯は庭師もいないようだし、門も頑張れば突破できそうだ。
「今しかなさそうだ」
パジャマ姿ではあるが、なりふり構っている暇はない。
家に戻れば、夏未もいるだろうし……あとはどうにかなりそうだ。
なに、働くと決めた以上戻っては来るさ。
ただ、父さんにこの件を話しておかなければならない。
「働くさ。だけど、住み込む必要はないだろう」
俺はそう言い聞かせ、窓に足をかける。
そのとき……。
「おはよう、星見君」
「おっと!?」
窓際に足をかけた瞬間に部屋の扉が開かれる。
タイミングとして……これ以上がないくらい最悪な瞬間に冬華さんは訪れた。
「え、今普通に逃げようとしていなかった?」
「まぁ、うん」
「ちょ、星見君、アナタ馬鹿な真似は――」
「一度走り出したら止まらない!」
もう後に引けない。
俺は何も考えず、庭園に飛び出す。
「待ちなさいよーーーー!」
すぐに追いかけてくるかと思えば、冬華さんは大声で叫ぶばかりだったので、それ幸いと俺は逃げ出した。
◇
(どこへ逃げる……? とりあえず公道に出ることができれば……)
連日バイトをしていたため、多少走るくらいなら問題ないが……当然追いかけてくるだろう。
(やっぱり夏未を送るしかないかぁ)
器物破損を踏み倒すわけにもいかないし……。
走り出し、門を越えた。
車道へ出る為に手頃な林の中に飛び込んだあたりで……冷静になり始める。
交渉の余地を考慮するべきだったか、とも思えてきた。
だけど、あの冬華さんに対等な交渉を持ちかけられるとは思えない。
認めるのは癪だけど、俺はあまり頭もよくない。
(そうだな、まずは父さんに話をして……斎藤とちゃんと冬華さんに謝りに行こう)
購入した経緯は確かに気になるが、悪ふざけに端を発したのは紛れもない事実。
既に売買契約が完了している為、どうしようもないが……二人一緒に謝ったうえで壊した壁の弁償をすれば……。
それくらいしか思いつかなかった。
とにかく、父さんの待つ家に帰らない限りは話が進まない。
とりあえずそこから考えよう、と思ったあたりで林を抜けた俺は車道へと飛び出す。
早朝の時間帯だから多少は車両の行き来があると踏んでいたが、道路には車どころか人の姿もない。
通りすがりの車にヒッチハイクすることは難しそうだ。
だけど、車道に出られたことはかなり好都合だろう。
現在地がわからなくとも、車道沿いに歩けばいずれは駅につく。
ドドドドドドドドド……。
山の先。
俺が直前まで囚われていた屋敷のあるあたりの場所から、大きな音が聞こえだす。
地面を揺らしかねない程の轟音!
あれは、まさか――。
「ヘリコプター!?!?!?!」
プロペラを高速旋回させながら迫るそれは、一直線に俺目掛けてやってくる。
偶然同じ場所を飛んでいるのではないようで……俺の前の車道を塞ぐようにしてヘリコプターは着陸する。
その扉が開かれると、汗だくで息をきらした制服姿の冬華さんが降りてくる。
俺が逃走した時、彼女はまだ制服を着ていなかった。急いで着替えたのだろうか。
「はぁっ、はぁっ……コホン。愚かね、アナタ一人でこの満月家から逃げられると思っているのかしら?」
「もしかしてヘリポートのある場所まで、走ったの……?」
車道から外れようにも流石に駆け下りるのは難しい急斜面が続いている。
逃亡は失敗したようだ……。
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