第5話 犬には首輪が必要だもの

 なんとなくだけど、冬華さんについてわかったところがある。


 自己中心的で他者に対し嗜虐的で高飛車でいてボンボンのお嬢様――そんな第一印象と実際は違うようだ。


 「とりあえず……くつろぎなさいな」

 (さっきのヘタレを弄ったら怒るんだろうなぁ)


 案内されたのは客間でも食卓の間でもなく……冬華の部屋である。


 どこかを経由することもない、直帰であった。


 

 やはりというか、当然というべきか……自室のわりに大きな部屋だった。


 二十畳以上は余裕にある間取りで、置かれている家具は基本的に目に優しい薄焦げた優しい茶色や白色、淡いピンクのものが多い。


 入ってすぐに目を引いたのは、部屋の奥、丁度西日が差し込む窓の付近に置かれる天蓋付きのベッドである。


 猫足な机が部屋の中央にあるのだが、とっても大きい。


 六人くらいは余裕で座れる大きさだ。個人で使うのには大きすぎないか……と思わなくもない。


 後は白色を基調にした部屋の雰囲気を壊さないよう……ドレッサーやソファなど、女性らしい家具がたくさん置かれているが……安物しか知らない俺は、家具の半分以上が一体どういう用途に使うのかさえわからなかった。


 悲しい話である。


 「爺や、下がっていいわ」

 「それでは失礼いたします」


 慇懃に頭を下げると、爺やさんは静かに足音を立てず、部屋を後にする。


 残されたのは、俺と冬華さんだけ。


 「ちょっと待ってなさい」


 彼女は立ち上がり、壁のウォークインクローゼットに手頃な上着を取りに行っている。


 てか、ウォーキングクローゼットでかいな……五畳以上あるなんて、たぶんこの部屋よりあの収納部屋の方が落ち着きそうだ。 


 「ほら、これを着なさい」


 出てきたのは、男物の外套だった。


 さぞ高価な服かとも思えたが、それ自体は普通のチェーン店で売っているような質素なものだった。


 ……質素は違うな。


 家ではこれでも大切にしたものだ。


 早くも感覚がマヒしている自分がいるようだ。


 「えっと?」

 「アナタ、自分がシャツ一枚ってのに気付いているかしら?」

 「あっ」


 ドタバタ騒ぎで忘れていたが、直前までバーベキューをしていたため……下着用のシャツ一枚だった。


 「みずほらしくて仕方ないわ」

 「……はぁ」


 正直、そう言われても困る。


 やっぱり彼女とは住む世界が全然違うということを再認識させられる。


 なぜ彼女がこのような、彼女目線で言えば安物の衣服を持っているかはわからないけれど……。


 「っ――――」


 俺がなかなか受け取らない様子を見て、かなりあわあわとした焦り顔を見せる。


 さっきのヘタレた時もそうだったけど、感情表現が豊かな子なのであろうか?


 「貴女の体は私にとって目に毒……ではなくて! よ、夜は冷えるわよ――風邪なんか引いて、そ、その、うつされたら困るんだから!」


 そう言いながら、強引にずいっと、その服を押し付けてくる。


 よくわからないけど……体が冷えないように考えてくれていたのだろうか。


 確かに、夏とはいえ夜は冷える。


 気をつけないと風邪をひいてしまうが……。


 (性格が悪いのか、優しいのかわからないな……)

 「あと、これもつけなさい」

 「え?」


 上着を受け取った後に手渡してきたのは……首輪だった。


 赤い首輪だが、外側に小さな白いトゲトゲがついていて……漫画の世界にあるようなものもみえてきた。


 「なに、この首輪」

 「チョーカーよ!」


 どっちも同じではないのだろうか?


 「もう一度言うわ。アナタは私の所有物であり、彼氏なのだから――他の女が手を出さないように、これはつけておきなさい」

 「ええ……嫌ですけど」

 「拒否権はないわよ?」


 彼女について表す的確な言葉が見つかった。


 満月冬華は――かなり変人だ。


 本気で俺を購入し、支配したと考えているのだろう。


 「そんなぁ……」


 自覚すると意味不明すぎる以上に、言われるがままになっている自分が悲しくなってきた。


 何が悲しくてこんなことに……なんていう複雑な気分になっていると彼女は近づいてくる。


 すると冬華さんは、鼻先をスンスンと近づける。


 「……汗の臭いがするわね。ちょっと来なさい!」


 すると彼女は、俺の首根っこを掴む。基本的にこの屋敷に入って以降は、俺は流されてしまっている気がする。


 これは、ちょっとまずい展開だ。


 脳裏に申し訳なさそうな表情をしている斎藤が浮かぶ。


 そして、助ける……そう宣言した夏未の顔が遅れて浮かぶ。


 (頼む、夏未……早く助けにしてくれぇ……)

 「私が丁寧に洗ってあげるわ、感謝しなさい」


 衝撃の発言に耳を疑う。


 「お風呂に連れていくんですか!?」

 「当然よ。きれいに洗い終わるまで離さないんだから覚悟なさい?」

 「自分で入るからね!?」


 ここは既に彼女の城……好き勝手に動ける領域である。


 そんな中に無防備に飛び込んだ俺にできることはない。


 せめて男性としての尊厳は保とう、そんな儚い願いを胸に――風呂へと連れられるのだった。

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