第4話 うるさい口ね、塞いであげるわ
「う、うう……」
手足を縛った俺を乗せるリムジンは、知らない山道を走っていく。
満月家の敷地は山奥一帯だという話を聞いたことはあったけど、現実味を帯びてくると流石に興味よりも恐怖が勝る。
「あのー、いったいどちらへ?」
「決まっているでしょう」
なぜか俺を拉致した満月冬華さんは、対面の座席に座っていた。“コ”の字で椅子が置けるあたり、通常車両と全然違うことがわかる。
「私の屋敷よ」
「ええ……帰らせてもらえません? バーベキューのセットの片づけもしたいんですが」
「あとで爺やがやらせておきましょう」
「ありがたいけど、俺、謝礼払えないんだけど」
「何を言っているのかしら?」
本当にわけがわからない、といった表情で俺を見てくる。
これって俺がおかしいワケ……?
「アナタは私の所有物よ、全部私が管理するの。だからお金の心配は必要ないわよ」
「横暴だぁ」
「これは正しく定められた売買契約なの、おわかり?」
「ぐぬ……」
俺はフリマに売られた。どうせネタだろうから放置していたわけだが……。
「取引に不信があれば、出品者は取り消すことができるの。でも、優しい出品者(さいとうくん)は無事私の元へ商品を届けてくれたわ!」
脅したのではないのか、そう聞きたかった。
だが命は大事に、をモットーにしているため黙っておくことにした。
「その時点で、契約はおおむね成立しているのよ。それこそ――」
彼女が取り出したのは、自分のスマホだろうか。
「見なさいな」
最新機種……と思いきや、三年以上前のモデルを大切に使っているようだ。
「これは……?」
よく見ると、画面に映されていたのは俺が売りに出されたフリマアプリの取引画面。
この画面は通常、購入者と販売者以外には見ることができないところだ。
ここで基本的にレビューや評価をするわけで、既に必要事項は記入されてしまっている。
「取引の最終場面よ。商品を受け取った人がここのボタンを押せば……取引は完全に完了するわ。押してしまおうかしら?」
「な、ちょ、やめてください、ほんとまじで……」
「ポチー」
「きゃああああ!?」
画面に映し出される『取引が完了しました』という文字列。
現実は非情である。
「そう、そうよ、その顔が見たかったのよ。たまらないわね! おーほっほっほ……げほっ!?げほっ!」
「むせるならその高笑いやめなよ……」
「こほん」
咳払いをし、彼女は姿勢を直す。
「だけど、安心なさい。星見誠司クン?」
「安心できる要素どこ……?」
「別にアナタを奴隷のように酷使するつもりはないわ。ただ、私のモノになってほしいだけ」
「それを奴隷って言うんじゃないんですか」
「全然違うわ」
そう言いながら、冬華さんは俺の唇に自身の指を重ねる。
「言ったでしょう? 星見誠司クン、アナタはもう、私の彼氏なのよ」
「ええ……」
聞き間違えではなかったようだ。
聞き間違えだったらどれほどよかっただろう。
「落ち着いてくださいよ。意味がわからない、俺と満月さんって接点なかったよね、それこそ同じクラスなくらい」
「…………」
「どうしてそこで黙るの……?」
……流石に彼女になる云々は嘘だろう。
何か俺を使ってさせたいつもりだろうが……いまいちわからないな。
「いちいち五月蠅いわね……それほど疑うなら、その唇塞いであげましょうか?」
不敵に笑いながら、彼女は艶のある唇を自身の指で強調する。
冷静でいようと徹しているが、俺も男なわけで。
今や、餌をちらつかせられているライオンと同じだ。
それに……極貧生活で結構なことはやってきたけれど、人並みのプライドはあるのだ。
「うふふ、声も出ないようね。お可愛いこと」
ニヤニヤとしたり顔をする冬華さん。
なんだか悔しいな……。
……ここで一転して反撃したら、無礼で節操のない猿だと見下されて捨てられるかもしれない。
そうなれば、売買契約を無視して、晴れて俺は自由だ。
よし、こうなったら覚悟を決めよう。
「あい、わかった」
「…………は?」
「俺は絶対にひかないぞ! 黙れと言われたって喋る! 唇を塞いだ程度で服従させると考えているのなら……やってもらおうか!」
「…………」
言ってやった。
男女逆だが、気持ちは敵の手に落ちた女騎士の気分だった。
自分が劣勢なのに、なぜか気分が高揚してくるのを感じた。
「満月家のご令嬢は口だけなのか!? やってみろ! 俺は逃げも隠れもしないぞ!」
「な、な、なんて無礼な――わ、わかったわよっ! 男を手玉に取るくらい、朝飯前よ!」
売り言葉に買い言葉作戦が、功を奏したのか――冬華さんは手足を動かせない俺の顎を指でくいっと上げる。
「この私に舐めた口をきいたことを、後悔しゃせるわ――」
(あ、あれ!?)
ここで激高して俺を追い出す流れではないのか!?
彼女の潤いのある唇がどんどんと俺の唇に迫ってくる。こ、ここで終わりなのか――。
俺はせめてひと思いに……と目を閉じる。
しかし、数十秒たっても唇に触れる感覚はない。
俺は、恐る恐る目を開くと……そこには沸騰したかのように顔を赤らめて、何もできずにもじもじと震えている。
はい?
「あ、あんた、もしかして……」
「…………にゃ、にゃにをいふのよ……こ、この私が……接吻程度、ぞうしゃも……」
「とんでもないヘタレだな――――!?」
そんな俺の叫びが、車内に轟いたのだった。
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