第3話 いきなり来て彼氏とか言われても困りますよ
「いやぁ、美味しかった美味しかった」
「ごちそうさまでした、おにーちゃん」
バーベキューという場の効果は素晴らしいもので……安いお肉ではあったけれど、絶品に思えた。
「さて、片付けるか」
そうこうしていると、通話アプリが鳴る。
「ん? 斎藤からか……」
『まずい、捕まった。居場所割れた』
という簡潔すぎてまるで意味の分からないものだった。送ってきたのは、十五分ほど前。時計を見ると、待ち合わせとやらの時間に送ってきたらしい。
「どうしたの?」
「斎藤が、何やら犯罪組織に捕まったみたいなメッセージを送ってきたんだが」
「ええ?!」
だが、スパイが捕まった時しか言わなさそうなメッセージを送ってくる斎藤にも問題があると思うの。
そもそも、今回の変な騒動は全面的にアイツが悪いわけだし……。
「まぁ、無視でいいか」
「それでいいと思うよ。というか斎藤君、いくら暇だからっておにーちゃんに絡みすぎ。家では私がもっと絡みたいのに斎藤君がいたら絡めないじゃない。おにーちゃんには男友達は大切にしてほしいけど、あの人って女っ気があったりなかったりだからいらない虫がおにーちゃんにつくのはとっても怖いな。だから今日は一緒に……」
「緊急なら電話が来るだろう」
「それもそうだね」
夏未はときどき会話が長くなるんだよね。
◇
そうして、バーベキューセットの片付けを今度こそ開始しようとした途端、家の前に車が止まった。
建築基準法全無視の木造ボロ家には絶対に似合わない、どこぞの海外の石油王が乗っていても驚かないリムジンが一台。
「う、うわー! なにこれ!?」
「お、おい、夏未、不意に触るんじゃないぞ! 傷つけたらまた雑草生活に戻ることになる!」
すると、運転席から初老の男性が姿を現す。
「突然の来訪、申し訳ございません。お約束の場所に来られなかったので、ご迷惑を承知で直接参らせていただきました」
「はぁ……」
「おにーちゃん、怖いよ、怖いけど、安心して? 私が守るから」
攻撃してくるタイプでないのは、物腰の柔らかさからわかるけども……。
「こちらに失礼します」
そう言いながら、後ろの席の入り口からレッドカーペットを敷き始める。
「あ、あの! ここ地面ですけど!?」
これほど長い布だと洗濯も大変だろう……洗濯機にも入らないから、手洗いすることになる。
俺たちのレベルの低い心配など気にせずに初老の男性は、車の扉を開ける。
そこには……一人の女学生がいた。
白磁のような潤いのある肌に、艶があってぷっくりとした唇。
唇の右下に小さな黒子があって、同級生のはずなのに妙に艶めかしく映る。
髪の毛はダークブラウンで、肩にかかる程度の長さではあるが夏未と比べると長く見える。先端に行くにつれ、癖毛になってはいるが寝癖っぽさは感じられず、むしろ整って見える。右側サイドに髪の毛が乗っており、下手なパーマを行わず自然と流しているからか――きわめて高貴に見える。
「あ、あんたは……」
夏未が驚いている。
だが、それも理解できる。俺も彼女を知っている。なぜなら……。
「満月(みづき)さん?」
他でもない同級生だからだ。
接点は余りなかったけれど……クラスが同じため、多少は知っている。
満月冬華(みづきとうか)――国内、いや、世界中でも名を轟かせる何代にもわたる女系一家である満月一族の令嬢だ。
残念ながら知っているのはそれだけだった。
「主人に迎えに来させるなんて……なかなかの根性ね、気に入ったわ!」
「……何この人」
うわっ、夏未が超不機嫌だ。
彼女は人見知りをするタイプではないというのに、どうしたのだろうか。
「ええと……どうして満月さんがこちらに?」
「あら、アナタ、自分が誰のモノか、わかっていないようね。アナタを誰が買ったと思うの?」
「買った……? あっ、まさか――」
「おーほっほっほ……けほっ、けほっ……そのまさかよ! 今からアナタは満月冬華の所有物となったの!」
「おにーちゃん、警察呼ぶね」
「待て、夏未。気持ちはわかるけど待って」
一触即発の危機!
これほど夏未が敵対的なのも珍しい。
「あら、それでは不満? そう……なら、アナタには極上の権利を上げるわ!」
「権利です?」
「泣いて喜びなさい! アナタを私、満月冬華の彼氏にしてあげるわ!!!」
場が凍りつく。
は? 彼氏?
一体何を言い出すんですかね、この人は。
「…………満月家のご令嬢なる方でも熱中症になると頭がやられるんですね。可愛そうなので黄色い救急車を呼びましょうか?」
「ふぅん、さっきからキャンキャン煩い子犬……アナタの飼い犬ね。相変わらずよく吠えること……飼い犬ならきちんと躾けておきなさいな」
「え、えへへ、飼い犬かぁ。私、おにーちゃんの飼われてるのかぁ……てへへ」
夏未よ、何故喜ぶのだ……。
「ということで爺や、連れていきなさい」
「はっ、え、ええ!?」
爺やと呼ばれた人は俺の両肩を掴む。
「ちょ、おにーちゃん!? 私のだよ!? 返せ!」
「ふん、文句があるなら買いなおしなさい。私よりも高額を出せるのならね。おーっほほほほ……げほっ」
呆然とする俺と夏未。
抵抗しようにも、この爺やっていう人、途轍もなく力が強い。
大の高校生が力負けしているのだ。
「ちょ、夏未、助けて……!」
「……そういうことか。やっぱり斎藤さんなんだね、こんなふざけたことしたの――絶対に許さない」
俺の助けの声を聴かず、夏未は何か覚悟を決めたようで……。
「おにーちゃん、待っててね。諸悪の根源を狩ったあとに……助けに行くからね」
「え、ちょっと、今助けてほしいなーって」
だが、俺の声を聞かずに夏未は走り去っていってしまった。
「さぁ、星見君。光栄に思いなさい。私をたくさん愛でる権利をあげるわ!」
……どうしてこうなった!?
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