『27803』 【一話完結】

大枝 岳志

『27803』

 私が今生きているのは、あなた達が生きている時間よりもずっと未来です。未来は革新的な技術によって人類に平穏と平和がもたらされた。

 この話し方が少し不安だったら、すいませんが申し訳ありません。

 私が生まれる前、まだ胎児だった頃に自動インストールされた言語プログラムにバグが発生していた為、私の話し方には若干の不安を感じさせてしまう事があります。


 まず、私の名前は加納アメリアと言います。年齢は二十六歳です。父はアメリカのミシガン出身で、母は日本の旧岩手出身です。私にはデイビットという兄がいて、とても平和な家庭で育ちました。セントバーナードという大きな犬と、私達家族は暮らしていました。

 どうか、あなただけは覚えていて。私に名前があったことを。アメリアと呼ばれたり、たまに日本のあだ名で「あっちゃん」と呼ばれるのが嬉しかったことを。


 私はAIの選別によって、この先ずっと生きていても意味を成さないと判断されました。そして、名前を剥奪され『27803』と言う呼び名を付けられました。右腕の肌に、その番号の管理用デジタルタトゥーが入っています。


 私は沢山の愛を知っています。恋人がいました。彼のことが大好きでした。大谷マサトと言う宇宙技師です。月に一度、一週間の休暇が彼には与えられる。


 その時彼は周回軌道から地球に帰ってくるから、私達はゆっくりとした時間を沢山過ごしていました。

 彼の家が在るコウベで過ごしていた三日目の朝でした。家の中に突如、大きな破裂音が響きました。数十人という武装した人間が家にやって来て、私は捕まりました。


「時刻、○七一五、選別対象者捕獲。只今より連行する」


 ガスマスクのようなお面を被った男達が私の腕を掴むと、彼は立ち上がりって引き離そうとしました。決してしてはいけない! そう叫びましたがその言葉が彼の耳に届く前に、彼は私の目の前で射殺されました。私は、その光景を目にした途端に息が出来なくなりました。

 選別対象者に協力する事は人類保護法違反として即刻処刑対象となっているのです。


 私は今、連れて行かれた施設の中です。檻のついた部屋で「抹消」されるのを待っています。


 あなたの知らない未来の世界の人類は、みんな笑って生きています。笑って生きていける人達だけが、生涯笑って暮らせます。国と管理局がそれを保障します。私は、外れてしまいました。高校時代に、先生にその危惧を言われていましたが、私は先のことなど何も考えていなかった。

 

 小さな頃から私には夢や、やりたい事が特に無かった。それはスコアの低下を意味します。その頃ただ若かっただけの私は、楽しいだけの毎日を生きていて何が悪いの? 本当にそう思っていました。

 先生や両親を始め本気で私を心配してくれている人達の声を、分かっていながら何度となく無視しました。


 いつか私は選別対象になるかもしれない。出会って間もない頃の彼に告げた時、彼は笑いながら言いました。


「それなら、僕も運命を共にする」


 それなのに! 選別対象の私より先に命を落としてしまった彼。その命を奪った管理局が、私は悔しくて憎くてたまらないのです。


 過去に生きているあなたに聞いて欲しい。


 あなたが疲れてない時でいいから、どうか周りの人達を愛してあげてください。それから、誰かが弱っているように見えたなら声を掛けてあげてください。最後に、人間はいつも笑っている必要は無い。


 それだけ分かっていれば、もしかしたらこんな未来になっていないかもしれません。


 思考をずっと覗かれているのを知りながら、私は今この事を想っている。

 けど、順番が遅くなるか早くなるか、ただそれだけの事。


 予想よりずっと早く檻から出されました。数日ぶりに外に出ました。目の前には緑掛かった灰色の壁が立っています。私の人生の景色はもう二度と、この壁以外見る事は叶いません。

 私と同じように選別対象として連れてこられたみんなと一緒に、壁の前に並んで立たされました。逃げようはありません。


 ここに来た際に与えられたのは真っ白い、パジャマのような衣装です。しっかり撃たれているかどうか、AIが確認するためだと説明されました。死後の説明など何も要らないのに、聞きたくもないのに法律で決まっているそうです。 


 一部始終を保護倫理教育用のプログラムとして、ビデオを流すそうです。多くの子供達が見るそうです。インタビューを受けました。

 

「人類が恒久的に存在できる世界を作るには、犠牲は必要です。足を怪我した人の壊疽を防ぐため、時に足を切断しなければならない場合があります。それと、何ら変わらないのです。私は、笑ってこの世界から立ち去る事が出来ます。なぜなら、この運命は自業自得だから」


 そう答えるように言われている間、私の背中にはずっと銃口がありました。

 大きな紙に書かれたその言葉を、繰り返し繰り返し読まされた。

 檻の部屋に戻された私は、何度も泣きました。

 一体、何の為に生まれたのだろうと。


 実は、それに関してとても下らない正解があります。すべては笑って生きていける人達の為なのだそうです。


 いつの時もずっと笑っている人間より、時には自分に負けて泣ける人間を私は好きです。


 壁に立たされていた誰かが、突然発狂しました。大きな声を上げた途端、銃声がしました。行ってらっしゃい。そんなことしか、思えません。

 空は今にも雨が降り出しそうで、重たく曇っています。壁の向こうで、何かを燃やす煙がずっと上がり続けています。ここに立っていると、肉が焦げるような匂いがして来る。


「用意!」


 もうすぐ話す事が出来なくなりそうです。可能な時間がもう、期限を迎えてしまいました。さようなら。

 私のお話を聞いてくれて、どうもありがとう。


 『27803』 アメリアより。

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