解放条件

 とある場所で一人の男性が頭を抱えていた。


「……だああああああっ!! 全然わからねえぞ!!」


 一人しか居ない部屋に大きな声が木霊する。

 一体男性は何に対してそんな声を上げたのか、なんてことはないただのエロゲの進捗についてである。

 プレイ状況としてはシーン鑑賞が四つ、画像が六つほど解放されていない攻略状況だ。ただどんな選択肢を選んでも、どんな組み合わせを選んでもその空いた場所を解放することが出来ないのである。


「バグじゃないよな? いや現に出してる人も居るっぽいし、最新パッチだし……う~ん??」


 まさかただのエロゲにここまで苦戦するとは思っておらず、せっかくの休日だというのにかなりの時間を消費している。

 正直攻略サイトを見れば一発なのだが、頑なに見ようとしないのは意地のようなものだ。

 何としても自分の手で隠されたルートに辿り着く、そんな変なプライドを男性は抱えていた。


「もう一回最初からだ……」


 はじめからを選択して選択肢まで一気にスキップし、セーブをしてありとあらゆる選択肢を選んでいく。

 選択肢に向かうまでの過程でエロシーンはちゃんとあるが、最早男性にとってそのシーンは邪魔でしかない。

 目的はただ一つ、辿り着いていないルートの解放以外にはない。

 ここまで来ればエロゲをプレイしているというのにエロシーンはオマケのような扱いだ。


「……………」


 時間にして数時間経過したというのに相変わらず男性は何回も何回も同じエンディングを見る羽目になるのだった。


「……もう駄目だ……全然分からん」


 もう一回やって無理だったら攻略サイトを見よう、男性はプライドを捨てた。

 再びはじめからを選んでプロローグが始まったが喉が渇いていたのもあって男性は飲み物を取りに立ち上がった。

 ゲームの画面はクリックするまで変化がない景色を見渡しているシーン、ちょうどいいかと考え男性はそのシーンのまま部屋を出た。

 数秒、数十秒が経過していく……そして、ちょうど一分が経った時画面に変化が起きた。


『あれ、彰兄何してんの?』


 画面に映ったのは一人の男の子、本来のルートではあまり出番のない存在――ヒロインである夢野亜梨花の弟、夢野ゆめの拓篤たくまである。

 プレイヤーの分身であるゲームの主人公とは知り合いなのだが、高校に入ってからあまり接点がなかったので会うことはなかった。

 さて、プレイヤーである男性が不在のため画面はその台詞を最後に進行が止まった。この物語が再開するのは男性が戻ってからになるだろう。


 隠しルートの解放条件は以下である。

 本編をクリアし、その時点で解放できるギャラリーとシーンを全て解放すること。

 そして二週目のプロローグ前半、景色を眺めるだけで選択肢も何も出ないイベントにて“何も操作を行わず一分間待つ”、すると亜梨花の弟が現れ自動的にルート分岐が発生する。


 ガチャッと扉が開き男性が戻ってきた。

 手に持ったカフェオレを机に置き、いざ再び戦いの場へと赴く戦士のような表情となってパソコンに目を向けた。


「……へ?」


 気が抜けたような声、その反応はある意味で正しかった。








 週明けの月曜日、みんな大好き月曜日だ。


「何が楽しいだよ……」


 前言撤回、楽しいではなく憂鬱が正しいか。

 とはいえ学校に行くのは学生としての仕事みたいなもんだし仕方がない。

 挨拶そこそこに教室に入ると、いつものように夢野が声を掛けてきた。


「おはよう神里君」

「おはよう夢野……?」


 なんだかいつもより機嫌が良さそうな夢野に首を傾げる。

 学校に居る間の夢野はいつも笑顔を浮かべているようなものだし、こうして微笑んでいる姿は別に珍しくはない。けど何というか、彼女の纏う雰囲気が俺にそう感じさせた。


「何だか機嫌がいい?」


 素直にそう聞いてみると夢野はそうかなと首を傾げる。


「あ、もしかしたら神里君と連絡先を交換したからかもしれないね」

「それは嬉しいことを言ってくれるじゃないさ」

「うん。とても嬉しい」


 満面の笑みで頷いてくれるのは嬉しいが、君の幼馴染がこちらを訝しむように見ているぞ。

 まあ俺と夢野が話をするのは珍しい光景ではないのは確かだし、あまり気にすることでもないか。


「それじゃあね」

「おう」


 本当に今日はいつもより機嫌が良さそうだな。

 そして、こうやって夢野と話をした後だと大抵あいつが襲撃を掛けてくる。


「おっす蓮! 今日も相変わらず夢野さんと話せて羨ましい限りだぜ」

「だからお前はそうやって肩を叩くのをだな……」

「固い事言うなって……別に嫉妬ってわけじゃねえぞ?」

「新城さんに言ってやろうか」

「ごめんなさい」


 ま、冗談なのは分かってるよ流石に。

 そう言えば健一はまだ来てないのか、あいついつもギリギリだし平常通りかな。

 宗吾がトイレに行くからと教室を出て行くと入れ替わるように新城さんが現れ、宗吾を探しているのかキョロキョロとしていた。


「おはよう神里君。宗吾は?」

「おはよう。丁度トイレに」

「あっちゃ~。それじゃあ待ってようかな」


 近くの席から椅子を拝借して新城さんは腰を下ろした。


「何か用だったの?」

「うん。まだ朝礼まで時間あるし宗吾とお話したいなって」


 少しだけ頬を染めて新城さんはそう言った。

 中学から知っていることだけど本当に新城さんは宗吾に一途だ。

 宗吾は宗吾で他の女子に目移りすることがある方ではあるけど、いつも大切に想っているのは新城さんだけで本当にお似合いのカップルだと思っている。


「……?」

「どうした?」


 いきなりキョロキョロと辺りを見回した新城さんに俺は首を傾げ、新城さんは少し何かに恐れるように口を開いた。


「……何だろう。なんか凄まじい敵意を感じたような気が」

「敵意?」

「うん……こう刺すような視線っていうか」

「なにそれ……」


 そう言われて俺も辺りを見回してみた。

 俺たちを見ているような人たちは見渡す限りだと見えない。

 そもそも敵意を感じたってなにそれどこの漫画って感じだけど、俺が考え付く限りでは新城さんに敵意を抱いている奴は居ないと思うんだけどな。


「気のせいでしょ。俺が知る限りでも新城さんを悪く思う奴に心当たりないし」

「……そっか。神里君が言うなら安心かな」

「って別にクラスで影響力あるような人間でもないけどさ」

「そんなの関係ないよ。中学からの付き合いだけどさ、神里君が頼りになる人って知ってるもん」

「そうだといいねぇ」

「ふふ、宗吾だってよく言ってるんだよ? 神里君が友達で良かったって」

「へぇ」


 やばい、ちょっと嬉しいんだけど。

 どんな形であっても、ずっと一緒に居る友達にそんなことを言われたら嬉しくなるってもんだ。

 よく憎まれ口を叩き合ったりするけど不思議と俺たちの仲が拗れることはなく、それだけ馬が合うんだろうなって思う。


「ふい~帰ったぜ……って由香も居たのか」

「お帰り宗吾」


 そんな風に新城さんと話していたら宗吾が帰ってきた。


「宗吾」

「なんだ?」

「俺もお前が友達で良かったよ。これからもよろしくな?」

「お、おう……何だいきなり気持ち悪いな」

「……ふん!」

「ぐほっ!?」


 軽い一発をお見舞いしてやったぜ。

 大した一撃でもないのに大きなリアクションをする宗吾に新城さんが補足するように伝えた。


「宗吾も同じこと言ってたじゃん。つい先日のデートでさ」

「そ、それを言うんじゃねえよ! そう言うのはだな、敢えて本人に伝えずに胸の内に秘めておくもんなんだよ!」

「言ったことは認めるんだよね?」

「……っ~!!」


 こう見ると俺と新城さんが宗吾をいじめているみたいに見えちゃうな。

 まあでも偶にはこういう日もいいんじゃないかって思うよ本当に。

 その後、すぐに健一も教室に入ってきた。


「おはよう……どうしたのさ」

「おっす。宗吾がとっても良い奴だなって話をしてたのさ」

「ふ~ん?」


 昼休みにでもどういう話をしたか教えてあげよう。

 まあ俺が言わなくても新城さんが面白がって教えることが容易に想像出来る。

 それからは健一も話に加わって朝から騒がしい時間を過ごすことになるがそんな中、俺は不意に机の中に手を入れてあっと気づく。


「……珍しい、今日はないのか」


 あの怪しいラブレターのような怪文書が入ってなかった。

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