ヒロインの魅力
「とっとと帰ってれば良かったな」
「全くだ。なんで俺がこんなことを……」
放課後、俺と健一はそこそこ重たい段ボールを持って廊下を歩いていた。
部活に行く宗吾を見送り、いざ帰ろうとした時に先生に捕まったのだ。
これから職員会があるから手を離せない、だから荷物を運んでおいてほしいと頼まれた。
別に断ってもいいのだが、こういう先生の頼みって簡単には断れないよなぁ。
「ま、すぐ終わる用だしさっさと済まそうぜ」
「同感だ。早く帰ってラノベの続きを読まないと」
なんでこいつは家に帰ってもギャルゲーとかラノベばっかりなのに成績が良いんだろう。
家では一切勉強してないとか言ってたけど……あぁあれか、勉強してない奴に限って勉強してる法則か。
「ふふ、二人は本当に仲が良いんだね」
隣を歩く夢野にそう聞かれ俺は頷いた。
まあ中学校からの知り合いだし健一と宗吾、新城さんとはそこそこに仲が良い。
というかどうして俺たち二人と一緒に夢野が居るのか、俺たちが先生に頼まれごとをされた時に丁度傍に居たためだ。
「ごめんな夢野。こんな男二人に付き合わせてさ」
「そんなことないよ。人助けをするのは当然、それがたとえ簡単な仕事だとしてもね」
あぁいい子だなぁ本当に。
ヒロインということもあって笑顔の破壊力も相当だ。
よくある疑問としてアニメとかゲームに映っているキャラが現実に現れるとどうなるかという疑問があった。
いやぁ凄いね、本当に違和感ないくらいに美少女だもん……違和感ないくらいに美少女って何だ。
心の中でくだらないツッコミをしつつ足を進める。
「人助けかぁ……先生じゃなくて女の子の助けなら喜んでするのに」
「お前は本当にそればっかりだな」
「うるせえ。俺も中学の頃のお前みたいに女の子をナンパから助ける瞬間に立ち会いたい!」
「その場面になったらお前はどうせ何もしないだろうが!」
分かってんだぞ、お前は絶対に見て見ぬふりをするって。
それにしても中学の頃の話なんて懐かしいものを……言われないと忘れてしまうくらいに色褪せた記憶だったぞそれ。
「へぇ、そんなことがあったの?」
どうやら夢野は興味を持ったらしい。
「中学二年だったかな。隣町に遊びに行った時に女の子が男子に囲まれてて、それでその子は俺の友達だって手を繋いで逃げた話」
「んで怯えてたからカエルのキーホルダーをあげたんだよな。お前カエル嫌いなくせに」
「仕方ねえだろ。近くに売ってあったのがそれだけだったんだから」
中学二年ということで異性を本格的に意識し始める年頃だ。
とはいえ女子と付き合ったことがない俺はとりあえず何かをあげればいいという安易な発想に至ったわけだ。
「そうだったんだ。その子、嬉しかっただろうね」
「どうだろうなぁ……もう顔も覚えてないし、そんなに話したわけでもないし」
あの時あったあの子、辛うじて覚えているのはスタイルがめちゃくちゃいい女の子だった。眼鏡に三つ編みで地味な印象を受けたけど、普通に顔立ちは整っていたと思う……たぶん。
「そうなんだね。それにしても神里君カエルが嫌いなんだ?」
「嫌いだね。滅べばいいと思ってるよ」
「夕立が来た時とか道路の脇に小さいのめっちゃ飛んでるの見て動けなくなったもんな?」
「あったな。それくらい俺はあのぴょんぴょん跳ねるのが無理なんだ」
人間苦手なモノってあるよね、前の俺も今の俺もカエルが嫌いなのは共通らしい。
そうやって過去のトラウマというか嫌いなものと言うか、それに関して俺と健一が話してると夢野が笑った。
「ふふ、ごめんね。何だか、知らない二人のことを知れて楽しかったの」
「……おい健一、美少女と仲良くなるにはカエルの話がいいのか?」
「こんな選択肢ゲームにはねえぞ。くそ、やっぱりリアルとゲームは違うってことか!」
「ぷっ……あはは!」
正直何が面白いのか分からなかったが夢野が笑ってくれたのなら良かった。
それにしても本当に良い顔で笑うなこの子は。
こうして知り合った以上本当にこの笑顔を曇らせたくはない、まあ快楽に蕩けた表情は不覚にも興奮するけどそんなもんはゲームだからこそ許される所業だ。
「……あ、すまん蓮。トイレ行っていいか?」
「あぁ。夢野、先に行ってようぜ」
「え? 待たないの?」
「男子トイレの前で待つのは嫌だろ?」
「……あ」
夢野はハッと気づいたように顔を赤くし前を歩く俺に足早で並んだ。
そう言えば設定で少し天然な部分があるって書いてたっけ、本当にどれだけ属性詰め込んでんだよ大好物なんだが。
手に持った段ボールを持って空き教室に着いたがまだ健一は追いついてこない。
なるほどこれは大きい方だなと思って暫くゆっくりすることにした。
「夢野、俺は健一を待ってるから先に帰りなよ。ありがとう手伝ってくれて」
「ううん全然。それより私も待つよ」
「いいのか?」
「うん♪」
男を虜にしてしまいそうな魅力的な笑顔をぽけーっと見つめてしまった。
「ねえ神里君」
「なに?」
「神里君は好きな人とか居ないの?」
「いきなり聞いてくるね……」
まあこんな場所に二人っきりだし、俺としても夢野にどんな話を振ればいいか迷ってたから話題の提供はありがたいが、それにしても好きな人か。
「特に居ないかな」
昼休みに彼女が欲しいって言ったけど好きな人は残念ながら居ない。
気になる人ならと、俺はそう思って夢野に視線を向ける。
「どうしたの?」
首を傾げる彼女にやっぱり可愛いなと思う。
兄の介入がなければ夢野は必ず有坂と結ばれるわけだが、俺自身ゲームのプレイヤーだった以上あわよくばなんて気持ちがないわけではない。
『私はあなたが好き。本当に好きなの』
オープニングの冒頭で想いを伝え終わった後に夕日をバックにこう口にする夢野のシーンは本当に素晴らしかった。
寝取られというジャンルを忘れてしまいそうになるくらいの絵の描き込み、それは今でも鮮明に記憶に残り続けている。
「なんでもない。そういう夢野はどうなんだ?」
あわよくば、二度目になるがそんな気持ちがないわけではない。
誰しもこのヒロインいいなとか、俺の嫁にしたいとか思うだろう。
けど実際に目の前に居る存在なら俺は見てるだけでいいかな、あの冒頭のシーンだけでも隠れて見れるならそれだけでいいかも。
「私には居るよ。好きな人」
少し頬を染めて夢野はそう言った。
目を瞑り、胸の前で手を組みながら言葉を続ける。
「出会った頃から気になっていたの。優しくて、カッコよくて、少しお話が出来るだけでも心が温かくなるんだ」
おい有坂、喜べよベタ惚れじゃないか。
「ふむ……いい一枚絵になりそうだ」
人知れず俺はそう呟く。
夢野が好きな人のことを考えながら口にしている今、エロゲではなくギャルゲのイベントシーンに使われそうな光景だ。
俺の目に映る光景は現実だがそれくらい夢野の姿に視線を奪われたのである。
「あはは……少し照れちゃうねこういうの」
そしてそんな照れた顔も破壊力があった。
それから少しして健一が戻ってきたのだがどうやら本当に大の方だったらしい。
「スッキリしたわ。いっぱい出してきたぜ」
「お前女子の前なんだから少し言い繕えよ……」
「私ももう高校生なんだからうんちくらいで恥ずかしがったりしないよ」
「おお……」
「神里君の言うように言い方は考えてって思うけど」
うん、それが正しい反応です。
健一が持ってきた段ボールも置いたからこれで頼まれたことは終わりだ。
俺たち三人は教室に戻り、先に鞄を肩に掛けて夢野が俺たちに手を振った。
「それじゃあね二人とも。また明日、バイバイ」
「お疲れ様。また明日な」
「おつかれー」
夢野を見送った後、俺たちも暫くして校舎を出た。
「どこか寄るか?」
「うーん、今日はそのまま帰るかな」
特に用事もないししたいこともないのでそのまま帰ることに。
コンビニの前で健一と別れ俺は家に真っ直ぐ帰宅した。
「ただいま~」
夕方とはいってもまだ五時も回ってない時間だ。
遅くなると言っていた兄さんは当然だが姉さんの姿もない。
もう慣れたものだが、ただいまと声を掛けておかえりと帰ってくる言葉を恋しく思うことも時々ある。
「……風呂に湯でも入れるか」
寂しさを紛らわせるように、俺はそう呟いて風呂場へと向かうのだった。
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