友人

 午前の授業が終わり昼休みになった。

 勉強道具を片付けて弁当を取り出すとちょうど宗吾がこっちに歩いてきた。


「やっと飯の時間だぜ腹減ったわ」

「誰かぐぅぐぅ腹鳴ってたけどお前か?」

「まさか……え? 聞こえてた?」

「お前だったのか」


 俺と宗吾の席は間に二人いる程度の距離、僅かだが腹の音が聞こえていた。

 そのつもりはなくても授業中に腹の音が聞こえたら少しクスッて笑ってしまう。

 現に宗吾の両隣と前後の生徒は笑いを堪えていたのか肩がプルプルと動いていたくらいだ。


「今度から間で何か食うべきかな?」

「菓子でも持って来ればいいじゃん」


 校則で別に禁止されているわけでもないし、学校のゴミ箱に捨てたりせずに自分で持って帰れば誰も文句は言わないだろう。

 宗吾が机をくっ付ける中、もう一人男子の声が耳に届く。


「二人ともお疲れ様。いやぁ眠かったよ」

「寝てたじゃん」

「分かった?」

「後ろからだからよく見える」


 この声を掛けてきたのは渡辺わたなべ健一けんいち、彼もまた宗吾と同じでよくクラスで話をする男子だ。

 宗吾がスポーツの出来る男だとするなら、健一は勉強が出来るタイプってところだろうか。

 基本俺たちは何かない限りはこの三人で昼食を食べるのだが今日はもう一人増えそうだ。


「宗吾~! 来たよ!」

「お、来たか」


 パタパタと廊下から駆け寄ってきたのは隣のクラスの女子、宗吾の名前を呼んだから分かると思うが新城しんじょう由香ゆかといって宗吾の彼女だ。


「ちっ! リア充め」

「……あはは」


 ちなみに俺もそうだが健一にも彼女は居ない。

 健一は勉強ばかりな印象だが、実を言うとラブコメとかの小説を読むのが大好きらしい。

 だから物語の青春に憧れる一面もあるためこうして彼女持ちの男に毒を吐くこともたまにあるのだ。


「はい宗吾。お弁当」

「サンキュー! 彼女からの弁当は本当に嬉しいぜ!」

「……ちっ!」


 健一再びの舌打ちである。

 今にも宗吾を殺してしまいそうなくらいの目をしているが、どこまで行っても俺を含めこの三人は友人だった。

 宗吾と新城さんの仲も応援しているし、この気に入らないと言わんばかりの態度も愛嬌と思えば問題はない……ないよね?

 それから俺と宗吾、健一と新城さんを交えて昼食の時間だ。

 姉さんの作ってくれた弁当を取り出して蓋を開けると色とりどりのメニューが俺を待っていた。

 朝にも言ったがクソみたいな感性をしている姉さんではあるが、俺の弁当もそうだし家での料理も全て作ってくれて料理の腕はピカイチ、それは兄さんも認めているほどだ。


「相変わらず美味しそうだね神里君のお弁当」

「本当だよな。お姉さんが作ってくれてるんだっけ?」

「あぁ」

「……ちっ!」


 なんで舌打ちをされたの!?


「姉に弁当を作ってもらうなんてリア充だろ」

「……そうなのか?」


 だって血の繋がった姉だぞ?

 まあ確かに姉は美人だ……美人だが、何度も言うが男の絶望した顔が好きって言う性格破綻者だ。

 それで一体何人の男を支配して壊してきたのか……想像するのも怖いので頭を振って忘れることにする。

 卵焼きを口に運んで噛む……美味い、胃袋を掴むという言葉があるが姉さんの料理は本当に美味い。

 これで他の面が普通なら結婚でもしていい奥さんになれるのにと少し残念に思う。


「……?」


 弁当を食べている時ふと視線を感じて俺は周りを見た。昼休み特有の喧騒は相変わらずで、誰も俺のことを見ておらず皆が談笑しながら昼食を摂っている。


「蓮?」

「……いや、何でもない」


 よくあるんだよなこうして視線を感じることが……考えすぎ? 自意識過剰? 仮にそうだとすれば俺って痛いなぁで納得できる。

 しかしこう何度も感じるというのは逆に怖くなってしまうのだ。

 俺の視線の先、宗吾と新城さんの向こう側では夢野と有坂が一緒に弁当を食べている。

 何かを話しているのか楽しそうにお互いクスクスと笑っている。夢野はいつもと表情が変わらないが有坂は頬を赤くしていて……何だろうか、初々しい感じがして微笑ましい。

 この二人が後にくっ付くと知っているのは俺だけ、だから諦めろ有坂を見て憎々し気に見つめている男たち。

 あの子は有坂のもんだ……でも結局は兄さんが……。


「……はぁ」


 何だっけ、兄さんと夢野が出会う切っ掛けって。

 確か中学時代の派手な友達に再会して、その彼女に遊びに誘われた時に出会うのが兄さんだったはず……確かそうだ。

 いずれにせよそのイベントは二年になってから……それならまだ気にする必要はなさそうだな。

 そのように何となく弁当を突きながら二人を眺めていたら夢野と視線が合った。

 ハッとして視線を逸らそうとしたが、何となく不自然な感じがして俺はウインクをした……いや何でウインクなんだよ。


「……っ……クスクス」


 あ、笑われた。

 今のこの顔ならそこそこ様になっていると思ったのだが、どうやら夢野に鼻で笑われてしまう程度の力しかなかったらしい。

 夢野は笑顔で控えめに手を振ってきたが何を勘違いしたのか夢野と俺の間にちょうどいた男子が喜んでいた。


「それで昨日……健一?」

「渡辺君?」


 宗吾と新城さんが健一を見て首を傾げていたので俺も見てみると、ポーっと顔を赤くして夢野さんの方を見つめていた……なるほど健一お前もか。

 新城さんもチラッとその視線の先を見てあぁっと納得する。


「夢野さん本当に美人だよね。その上スタイルも良くて羨ましいな」

「何言ってんだよ。由香だって美人だぜ? 俺は由香しか見えないくらいだ」

「……宗吾のばか」


 宗吾に抱き着くように胸元に顔を埋めた新城さん。

 そんな新城さんを物凄く優しい目で見つめている宗吾……でも君朝に夢野に対して色々言ってたよね? えっと何だったかな?


「美人で~気配りも出来て~おっぱいも大きくて~」

「蓮、一週間ジュースを奢ってやろう」

「サンキュー」

「?? 何の話?」

「何でもないって。好きだぞ由香」

「私も大好き~♪」


 そして目の前で始まったバカップルの絡み、おい健一手に持っている箸が折れるからそれ以上力を込めるのはやめておけって。


「リア充滅ぶべし、なあ蓮。俺たちはずっと非リアで居ような?」

「……俺だって彼女欲しいんだけど」

「俺だって欲しいに決まってるだろ」

「作る努力をしようぜお互いによ」

「……ゲームだと簡単なのに現実は難しいから嫌だ」

「……さよか」


 これはもう駄目かも分からんね。

 それからバカップルの絡みを眺めながら昼食を食べ終え、新城さんが自分の教室に戻ったのを見届けて俺たちは揃ってトイレへ。学生だとこういう光景よくあるよね。


「由香成分補給出来て俺は満足だぜ」

「はいはい。それはようござんした」


 ……?

 俺はそこでまた視線を感じて振り返った。

 廊下に居る生徒の数は多く、誰が俺を見ていたとしても不思議ではない状況だ。

 なあもしかしてさ、俺は今これ人に見られていると思ったけど幽霊って言う線もあるのか? 俺は基本幽霊とか居ると思ってるタイプの人間なので割とマジで怖いんだけど。

 用を足して教室に戻り次の授業の準備をする。

 クシャっと、また机の中に手を入れて聞きたくない音が聞こえた。


「……うわ」


『彼女が欲しいって本当ですか私があなたの彼女になりたいですぜひなりたいです本当に好きなんです愛しているんですすきすきすきすき大好き大好き大好き』


 これさっきの俺と健一の会話のことだよな?

 確かにそこまで小さな声じゃなかったし聞こえていた人も居たかもしれない。

 それにしたってこんなすぐに……当然のことながら俺は辺りを見回す。

 誰も俺を気にすることはなく授業が始まるまでの時間を楽しむように談笑に花を咲かせている。

 男子の悪戯か? でもこの丸っこい字は明らかに女子のものに見えるけどとりあえず不気味だったのでこの手紙はクシャクシャにしてポケットに入れておく。

 後でゴミ箱に捨てておくことにしよう。


「……?」


 スマホが震え何事かと思えば姉さんからメッセージが届いていた。


『今日の夜は何が食べたい?』


 そんなシンプルの問いかけ、何でもいいは流石に作ってもらうのに悪いな。

 適当というわけではないがハンバーグと伝えておこう。

 返信すると一切の間を置かずに了解の二文字、もしかしてずっとスマホを見ているのでは。

 とはいえ姉さんの料理は美味しいし楽しみである。

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