第21話 帰路の災難
チリーノたちは、馬車で移動した後、船に乗っていた。
外はあいにくの雨であった。
チリーノは与えられた船室の中のベッドで膝を抱えて哀愁に浸っていた。
「チリーノ様、よろしいですか」
ノックと共にプラチドの声がした。
「……んー、いいよ」
チリーノは気のない声を出した。
プラチドがお茶を持って入って来た。
「お飲み物を。水分を取られた方が気も紛れましょう」
「んー」
「チリーノ様」
プラチドは真面目な顔で言った。
「私の望みはチリーノ様が望む通りになさることだと、前に申し上げましたね」
「……うん、言っていたね」
「ですがどうしようもないことはこの世にはあるのです。敵国の騎士を嫁に取ることは叶いません。チリーノ様の御心の健康のためにも、早く気持ちを切り替えることをお勧めいたします」
「プラチド」
「はい」
「僕は城に帰りたくはないんだよ」
「……はい」
「帰ったら何が待っていると思う?」
チリーノはベッドに座り直した。
「僕はただでさえ城に居場所が無かった。それが今では、聖地を全て奪われた無能な将軍だ。しかも捕虜に取られて女性騎士に奴隷にされる始末。父上やフェルモや他の家臣たちからもさぞがっかりされるだろうし、馬鹿にされるだろうね」
「……否定は致しませんが、チリーノ様には私がついております」
「だからライハナの奴隷でいた方が何百倍もましなんだよ。プラチドには申し訳ないけれど、僕はずっとあの国で暮らしたかったな……」
「……申し訳ないなどとおっしゃらないでください。私とて去年に両親を亡くしてからは他に親類もおりませんし、チリーノ様が望まれるならばシェリン帝国に住まうのもやぶさかではございません。しかし……」
「分かってる。僕には立場というものがある。それをひっくり返すのは、誰にもできない……」
その時、ドーンと舟が揺れた。チリーノはひっくり返って壁に頭をぶつけた。プラチドも床にすっ転んだ。お茶が倒れて中身が床に滴る。
「何!?」
「様子を見て参ります。安全を確保していてください」
「分かった」
一旦外に出たプラチドは、やがて大慌てで戻ってきた。
「急な嵐に見舞われたようです。雨風が強く、波も高い」
「この海が荒れやすいって本当だったんだ。船長さんの指示に従えばいいんだね?」
「ええ、ですがこのままではこの船も危な……」
ドーン、と今度は部屋が横倒しになった。チリーノはベッドからずり落ちて、壁に落っこちた。プラチドがその体を何とか受け止める。
「……まずい……!!」
それからチリーノたちは船にゆられてあっちこっちに体を叩きつけられた。二人は何とか受け身を取って凌いでいたが、いかんせん目が回って仕方がない。衝撃も凄まじい。
そんな中、ずぶ濡れの船員が必死こいてチリーノの部屋まで辿り着いた。
「船員さん、これ、あ痛っ、どうすればいいの!?」
「どうしようもないと、船長が申しております!!」
船員は絶望的な表情で叫んだ。
「この船はおしまいです! 近くに港も無い。このまま沈んでしまうしかありません!」
「そんな!!」
プラチドが叫んだ。
「この方はカルメラの第一王子、チリーノ様ですよ! 簡単に諦めてもらっては困ります!」
「どうしようもないものはどうしようもないのです! 俺だって死にたくない!! うわあああ!」
船員はよたよたと部屋の前を去った。チリーノとプラチドは顔を見合わせた。
「チリーノ様……!!」
「プラチド、落ち着いて」
「落ち着くも何も、このままでは船と共に沈んで溺れてしまいますよ!!」
「僕に案がある。魂飛ばしをして助けを呼ぶよ。プラチドは僕が眠っている間、守ってくれるね?」
「え……助けとは……この状況を何とかできる方がいらっしゃるのですか!?」
「ライハナ」
「……!」
「ライハナは風と水を操れる。嵐をどうにかしてくれるかもしれない」
「……分かりました」
プラチドは決然とした表情になった。
「この命に代えても、チリーノ様をお守りします。どうかお気をつけて。急いでください」
「分かった」
そうしてチリーノはライハナのもとまで飛んだのだった。
「船が、嵐に見舞われて沈みそうなんだ。僕たちを助けて、ライハナ!!」
ライハナは血相を変えて立ち上がった。
「分かった。あんたはすぐに眠りから覚めて身の安全を確保しろ。私はあんたの気配を探って、ルマの魔法で飛んで行く!!」
「よろしく!」
チリーノはパッと目覚めた。
するともう船は半分くらい沈んでいて、チリーノはプラチドに支えられて荒れ狂う海に浮かんでいた。
「プラチド、ありがと……ぷわ」
高波に飲まれて、チリーノはかなりの間海中でもがく羽目になった。もう息がもたない、と思った頃、ようやく海面に顔を出すことに成功する。思いっきり息を吸ったが、風が強くてうまく呼吸できない。そうしている間にも次の高波が襲ってくる。
何度も波に揉まれて力が尽きそうだった。剣術で鍛えているとはいえ、チリーノは体つきも貧弱だし筋力もつきづらい。体力がなくなるのも時間の問題だし、いつ息ができなくなって溺れてもおかしくない。
「ライハナ、早く……がぼっ」
何度目か分からないが、またしても海中に引きずり込まれる。プラチドがチリーノを持ち上げようともがいている。チリーノは右腕に着けていた腕輪に手を触れて、祈った。
「僕たちを助けて……!!」
その時、腕輪が光った。チリーノとプラチドは、ものすごい勢いで海面まで上昇を始めた。
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