第10話 意外な待遇

 チリーノは拘束を解かれて馬車に乗せられていた。頼み込んでプラチドを一緒に乗せてもらったが、他に味方は周りにいない。周囲はシェリン兵が厳重に警護している。


 空気感が多少ぴりぴりしていることには違いないが、思ったよりはくつろいで過ごせるのでチリーノは驚いていた。捕虜に取られたからには虐待などの目に遭うことも覚悟していたのだが、まるで違った。

 馬車にはクッションが敷き詰められていて居心地が良いし、日除けの布には綺麗な紋様の織物が使われているし、頻繁に休憩があって警護の者がおいしい水や果物を差し入れてくれるし、食事もちゃんとした薄いパンと香ばしく焼いた肉が出される。

 いくら王子の身分とはいえ、カルメラ王国だったら考えられないことだ。シェリン帝国は捕虜や奴隷に寛容な国であるらしい。


「これならひどい目に遭わずに何とかなりそうだね」

 チリーノは馬車に揺られながら言ったが、プラチドは顔をしかめた。

「殺害や怪我や強制労働などの心配は確かにございませんが、お父上はお怒りになりますよ。手も足も出せずにあっという間に捕まったなどと知れては、王子の名折れだとお叱りになるでしょう」

「別にいいんだよ、そんなことは」

 チリーノはへらっと笑った。

「何が良いのですか。此度の戦いでカルメラ王国は聖地エルリスの領土を全て失いました。その責任もチリーノ様に押し付けられてしまいます。無事に国に帰れたところで、チリーノ様の居場所はいっそうなくなってしまいます」

「そうだね。プラチドには申し訳ないと思っているよ。でも僕は構わないんだ。王位なんて欲しくないし」

「私のことはお構いなく。ただ私はチリーノ様が城で快適に過ごされることを願っているのです。肩身が狭い思いなど、していただきたくなどないのです」


 チリーノは不意に笑みを消した。


「僕のことを気遣ってくれるのは嬉しいよ。でもここに来たのが弟のフェルモじゃなくて良かったと僕は思うよ」

「何故です?」

「フェルモは確かに強いけど、今回、聖剣の力でも敵の魔法は防げなかった。僕が行ってもフェルモが行っても、エルリスはどうせ敵に取られていたよ。だから、時期国王として注目されているフェルモの経歴に傷がつかなくて良かった。敵にやられる軟弱者の役目は、僕で良かったんだ」

「チリーノ様……」

「それにフェルモは勇猛果敢すぎて、ちょっと乱暴なところがあるからね。僕みたいに、カルメラ戦士の蛮行を諌めることは、しなかったと思うよ。だから僕が来たことは、エルリスの住人にとっても少しはましなことだった」


 プラチドの目に哀しげな光が浮かんだ。


「チリーノ様はお優しくていらっしゃる」

「そうかな」

「私の望みは、チリーノ様が望むままになさることです。チリーノ様が良かったとおっしゃるのなら、これ以上は何も申しません。あとは全力でお守りするのみです」

「ありがとう、プラチド」

「とんでもございません」


 さて、チリーノたちは六日ほど馬車に揺られて旅をした。やがて馬車は青く彩られた城門をくぐり、チリーノたちは帝都に到着した。


「おおー……」


 チリーノは思わず感嘆の声を上げ、日除けの布をめくって外の様子を見た。


 この町には魂飛ばしで何度か訪れてはいるが、凱旋の行進を見るのは初めてだ。


 改めて見ると、町は非常に発展して、賑わっていた。高い建物がいくつも連なり、その全てが白のタイル張りで装飾されている。美しく調和の取れた石の町だ。

 戦いの勝利を祝う音楽が鳴り響く。浮き立つような調子の太鼓の音や、縦笛隊が合奏する音が聞こえて来る。

 町の人が大勢見物に訪れている。みなゆったりとした色とりどりの布を纏っており、身綺麗だ。

 あちこちでシェリンの国旗たる白と金と青の旗が風にはためいている。晴れ渡った空の下、町は太陽にさんさんと照らされている。


 大通りはまっすぐと王宮に繋がっていた。馬車は王宮の門をくぐり、前庭を行く。前庭も綺麗に装飾された石畳でできており、池が幾何学的に配置されている。正面には玉ねぎ型の屋根をした青い王宮の建物があり、これは一際豪華である。


 チリーノは王宮の間取りを概ね把握していた。広すぎて全てを見てこられたわけではないが、大部分は探検したことがある。


 丁重に馬車から下ろされたチリーノは、奴隷たちの住む区画に案内された。ここはあまり覗いたことがないのだが、カルメラ王国の奴隷部屋より遥かに清潔で、住むための最低限の道具がちゃんと揃っている。

 そしてチリーノが案内されたのはそのような部屋ではなく、まるでカルメラの貴族の住んでいるかのような、広々とした贅沢な部屋だった。

 壁はもちろん一面タイル張りで、窓にはガラスが使われており、日除けのためのヴェールがかかっている。床にはシェリンの伝統的な紋様が細かくあしらわれた絨毯が敷かれている。ベッドは大きく、シーツはまっさらで、クッションはふかふかに見えた。ソファも立派で座り心地が良さそうだし、机には茶菓子まで用意されている。


「長旅でお疲れでしょう。後でお茶をご用意します」


 護衛の者がシェリン訛りの言葉でそう言う。


「プラチド殿はこちらへ」

「あっ、プラチドは……」

「ご心配なく。隣の部屋にご案内するだけです」

「あ、そう……」


 プラチドは一礼して、護衛の後をついていった。ぽつんの残されたチリーノは、心細い思いで、広い部屋を見回した。


「これ……捕虜の部屋なんだよね?」

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