第3話 ライハナの日々


 素敵な秘密ができて、ライハナは上機嫌だった。

 ライハナと遊んでくれるのは精霊たちだけだったから、人間の友達ができたのも嬉しかった。

 チリーノが帰ってからも、ライハナは喜びの余韻に浸っていた。そして、足取り軽く自分に与えられた部屋へと戻っていった。

 ライハナはこの広い王宮内に特別に自室を借りているのだ。七歳の女の子が住むには広すぎるほどの部屋を。


 ライハナの普段の生活は忙しかった。

 奴隷出身とはいえ、名誉ある魔法騎士に選ばれたのだから、立場に相応しい教養が求められる。学ぶことはたくさんあった。日々、読み書きや政治や地理や歴史の勉強で忙しい。

 だがもちろん、何より大切なのは魔法の強さだ。強くなくては戦えない。馬に乗ったり、いざという時のための近接戦闘訓練も欠かせない。


 また、十日にいっぺん、ライハナは魔法騎士団長のターリクに連れられて、首都郊外の演習場まで赴く。そこで大規模な魔法の実験を行う。

 ライハナは精霊たちの力をめいっぱい使って、木を生い茂らせ、雨を降らし、暴風を巻き起こす。雨風の力で木の枝が大きく揺さぶられる姿は、我ながら壮観だった。


「よくやった」


 ずぶ濡れになったターリクは言って、同じくずぶ濡れのライハナの頭を撫でる。ライハナはちょっと照れ臭そうに笑う。そして帰りは風の精霊の力を借りて、日の暮れかけた空を飛んで帰るのだ。


「ふう」


 暗い自室で一息ついたライハナは、不意に目の前にチリーノの魂が現れたので、びっくりしてひっくり返るかと思った。


「わ!?」

「あ、驚かせちゃった? ごめんね」

「あ、いや……来てくれて嬉しい。……部屋にも入って来られるんだな、チリーノ」

「壁とかもすり抜けられるからね。ほら、ライハナにも触れられない」


 チリーノは手を差し伸べてライハナの手を取る仕草をしたが、確かに感触は無かった。

 改めて恐ろしい能力である。どうしてカルメラの人々はチリーノを認めたがらないのだろうか。


「それより、ずぶ濡れだよ。何してたの?」

「ああ、ちょっと魔法の鍛錬をね。あまり詳しいことは言えないけど」

「そっか。でも、早く乾かさないと風邪を引いちゃうよ。お風呂に入ってきたら?」

「そうする。……見るなよ」

「見ないよ!」

「本当に?」

「見ないよ!!」


 チリーノは憤慨したように言ってから、こう付け加えた。


「上がるまでに、僕は起こされちゃうかもしれないけど」

「そっか。じゃ、またな」

「うん」


 ライハナは大急ぎでお湯を使い、体を拭いて、乾いた服を着て出てきた。

 チリーノはまだそこにいた。

 とくんと嬉しさで胸が高鳴るのを、ライハナは感じた。


「お待たせ、チリーノ」

「早かったね。ゆっくりしてくればよかったのに」

「ううん、いい。それよりあんたと話したいから」

「そう……ありがとう」

「何でお礼を言うんだ?」

「何でって……僕には仲の良い友達なんていなかったから、話したいって言われて嬉しかったんだよ」

「そっか」


 ライハナはにっと笑った。


「私にも同年代の友達はいない。おんなじだな」

「そうなんだ」

「お互い、ただ一人の友達ってわけだね」

「うん……」


 チリーノは遠慮がちににこっと笑い返した。とても可愛らしい、眩しい笑みだった。


 ライハナとチリーノは存分に話をした。特に、互いの国のことを知らなかったから、いつも話は大いに盛り上がる。


 例えば、チリーノがいつも食べているパンは丸くてフワフワしているらしい。ライハナが食べるのは平たいペラペラとしたパンで、中に具をくるんだりする。

 それから、チリーノがいつも遊ぶのは盤上遊戯だという。盤の上でオモチャの駒を動かして、従者と一対一で勝負するのだそうだ。ライハナはというと、いつも精霊たちとお喋りして過ごす。

 チリーノの着ている服は体にぴったりと合った形をしている。そしてフリルというひらひらした飾りがたくさんついている。いつも着脱が大変なのだそうだ。ライハナは布一枚を簡単に裁断して縫い合わせただけの服を帯で縛るだけで簡単だが、チリーノは結ぶのが難しそうだと述べる。そんなことないぞとライハナは反論する。


 楽しい時間は過ぎて、チリーノの本当の就寝時間が訪れた。ライハナも眠くなってきていた。


「またな、チリーノ」

「うん、またね、ライハナ」


 チリーノの魂はいつものようにパッと消え失せる。後にはぽっかりとした寂しさと、楽しかった思い出が残される。


 そんな風にして隙間時間にチリーノと遊ぶことを繰り返しながら、月日は過ぎた。

 ライハナは毎日毎日、いつチリーノが現れるのか心待ちにしていた。彼が現れた時は嬉しさで胸が弾み、日頃の疲れなど吹っ飛んでしまう。彼との時間はあっという間に過ぎ去ってしまい、またすぐに、次会うのを心待ちにしている自分がいる。


 自分は多分チリーノが好きなのだとライハナが気づいたのは、出会ってから約四年後……十一の歳の頃だった。

 チリーノは自分のことを好きになってくれるだろうか。そう考えてから、ぶんぶんと頭を横に振る。

 チリーノとはこれでも一応敵同士なのだ。大人たちは好き合った者同士結婚することがあると聞くが、チリーノと自分がそのような関係になることはあり得ない。


 チリーノとはあくまで秘密の友達。誰にも言わない秘密。この秘密を知るのは三人の精霊たちだけ。


 そう思っていたのだが。

 

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