第4話 防衛戦争への加勢

 ライハナは十八歳になった。頻度は減ったものの、相変わらずチリーノの魂との交流は続いている。チリーノはいつも純粋な目で友達としてライハナのことを見る。

 ……それでいいのだ、とライハナは自分に言い聞かせる。それでいい。私たちは秘密の友達のままでいい。

 それでもライハナは、彼の現れるのを期待する気持ちを止められそうになかった。


 それはさておき、ライハナたちはシェリン帝国北部の国境付近に派遣されていた。異民族からの攻撃が激しいので、領土を守るための戦いに身を投じているのだ。

 魔法騎士団長のターリクと、最近魔法騎士団に入団してきた同僚のハーキムらと一緒に、ライハナは異民族の騎馬隊を蹴散らす。

 ターリクの防御魔法はいつものことながら見事だった。彼の作り出す透明な障壁は、味方の身を守るだけでなく、敵の行動を制限する障害物にもなりうる。ターリクのお陰でこちらの被害は最小限に抑えられている。

 ハーキムという男もなかなか有能な人材で、炎を自在に操る能力を持っている。ライハナの使う水の精霊とは相性が悪いが、風の精霊とは相性抜群だ。ハーキムの上げた火の手を風で煽って敵陣営を全焼させられる。特に敵の物資を破壊できるのは大きかった。敵は騎馬民族、長旅のため食糧などの物資は欠かせない。これが尽きれば逃げるよりほかに道はないのだ。


 異民族をあらかた蹴散らしたライハナたちは、首都に凱旋した。この頃にはターリクの右腕と言われるまでに成長していたライハナは、ターリクと共に、シェリン帝国を治める魔王アリージュのもとに報告に上がった。


「此度の働き、誠にご苦労であった」


 魔王はヴェールに囲まれた玉座の上から、低い女声で言った。


「はっ。ありがたきお言葉」


 ターリクが深々と地面に頭をつけて礼をする。ライハナもそれに倣う。


「しばしゆるりと休むがよい。ただし、なるべく早く次なる任務を任せたい」

「と、申しますと」

「西の小国カルメラの奴どもが、執拗に聖地エルリスへの侵攻を行なっている。被害は微々たるものだが、そろそろ五月蠅くなってきた。そなたら魔法騎士団にはこれを殲滅してほしいのだ」

「かしこまりました。すぐに手配します」

「何、焦ることはない」


 アリージュは平坦な声で言う。


「そなたらにかかれば、奴らも尻尾を巻いて逃げようて」

「ありがたきお言葉」


 そんなわけで、ライハナはシェリン帝国の西端、聖地エルリスへ派遣されることとなった。カルメラ王国の兵たちを殺すために。

 何故エルリスが聖地と呼ばれているかというと、はるか昔にここに魔人様が降臨なされたという伝説があるからだ。魔神教を信仰するシェリン帝国としては、ここを守らねば沽券にかかわる。

 だがエルリスは同時に、カルメラ王国にとっても聖地である。何と彼らの信仰している天神様もまた、はるか昔にこの地に降り立ったと伝えられているのだ。彼らにとってみれば、シェリンからエルリスを奪わないと沽券にかかわるというわけだ。

 エルリスの領土自体は長年シェリン帝国が保有していたが、とにかくカルメラ王国はちまちまと兵力を送ってきてはこの領土を脅かす。そろそろその攻撃が厄介になってきたということだろう。


 ライハナは誰にも気づかれぬよう密かに溜息をついた。

 ついにチリーノの兵隊たちと戦うことになるのか。


「ターリク団長」


 玉座の間からの帰り際、ライハナはターリクを見上げて話しかけた。


「何だ、ライハナ」

「次の聖地防衛戦争では、なるべく殺さず、捕虜をとることに専念したいです」

「ほう……? 何故だ」

「聖地エルリスに無闇に血が流れることはよくないことです。それに私には、カルメラから来た精霊の友人がいるのです。彼を悲しませたくありません」

「なるほどな」


 ターリクは難しい顔をした。


「お前の話の前半には同意するが、後半には同意しかねる。仕事に私情を挟んではならん」

「……すみません」

「だが残虐行為は控えるべきであろうな。捕虜の扱いにも気を配ろう」

「お気遣い感謝します」

「別に気遣いではない。信仰に基づいた合理的判断だよ」


 ターリクは言ったが、ちょっとはライハナのことを考えてくれたのだと、ライハナには分かった。


 ライハナたちは十日間の休みをもらった。その間に英気を養うとともに、次なる戦への準備をせよとのことだった。


 休みが始まってから六日目に、チリーノの魂がライハナの部屋に遊びに来た。

 ライハナは正直に、現状を伝えた。今度はカルメラ王国の軍と戦うことになりそうだと。


「そっか……。ライハナが僕の国の兵たちを……」

「仕事に手抜きはしない。でもなるべく殺さない。捕虜にとって、その待遇にも気を払う。そういう方針で行くつもりだ」

「優しいんだね、ライハナは」


 そう言われたライハナは少々顔を赤くして、ちょっと顔をそむけた。


「別に。これは隊長の指示でもあるから」

「でもライハナも何か進言したんでしょう? 隊長の右腕なんだから」

「……まあ、多少はな」

「やっぱりね」

「と、とにかく」


 ライハナは急いで話題を逸らした。


「行軍と戦に備えなければならない。出発してからは、あんたに会う時間もあまりとれそうにない」

「これまでの戦でもそうだったもんね。……くれぐれも気をつけて。カルメラ王子の僕が言うことじゃないけどさ」

「全くだな」


 二人は笑い合った。

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