第3話 肯定

 酸素を求めて開閉を繰り返す口を、純花さんの唇が塞ぐ。最初は優しく、一瞬だけのキス。でも、次は唇の柔らかさを確かめるように長いキスだった。

 純花さんの薄桃色の唇は、潤っていて柔らかい。程よい弾力が、適度にわたしの唇を刺激する。

 あぁ、こんなにも女の唇って気持ち良かったんだ。せい君の、かさついたものとは比べ物にならない。

 そんな感想を抱いていると、今度は口腔内に舌が侵入してきた。


「んぅっ⁉」


 不意打ちの深いキスは、わたしの膝と腰をも震わせる。まるで口の中を味わうように、純花さんの舌があちこちを這いまわる。

 純花さんの熱い息が、わたしの口を通って肺へと向かう。すると、わたしの体温も内側から急激に上がる。まるで、彼女の劣情が伝染するかのように。

 視界は潤み、焦点が合わなくなってきた。酸素を欲しがる体は、純花さんから送られてくる吐息を吸うしかない。吸えば吸うほど、体が火照る。


「どう、気持ち良かった?」


 しばらくすると、満足そうな笑みを浮かべながら純花さんが唇を離す。口の端を濡らす涎を舐める仕草は、獲物を狙う肉食獣そのものだ。


「……確認するまでもなさそうね」


 純花さんの手が、そっと頬に添えられる。


「熱いわ。そんなに興奮した?」


 そう言われて、初めて自覚する。きっとわたしも純花さんと同じ、欲情した表情になってしまっているんだ。そんなつもりなんて、ないのに。


「ち、違うっ!」


 純花さんの手を払い、椅子から立ち上がろうとする。でも、足に力が入らない。わたしは倒れるように、床に座り込んでしまった。


「大丈夫? 無理しちゃダメよ」


 あなたのせいで、こうなったのに。そう言おうとして、咄嗟に口を紡ぐ。これじゃあ、まるでわたしが純花さんに興奮したことを肯定しているようなものだ。


「ほら、こっちに来れる?」


 まだ足に力が入らないわたしを、純花さんが優しく支える。そして、カーペットの敷いてある場所まで誘導してくれる。

 ふわふわのカーペットの上に寝かされると、純花さんの視線はさらに熱を帯びていた。きっと、まだ満足していないんだろう。


「待って、ください。こんな事、ダメですって……」


 手を伸ばし、ストップのサインを出す。でも、純花さんは面白そうに笑う。


「どうして? そんなにも、顔を真っ赤にしてるのに」

「だって、こんなの……ふ、不倫じゃないですか?」


 働かない頭を懸命に動かして、なんとか理由を言葉にする。それでも、純花さんの笑顔は消えない。


「不倫、ねぇ。そもそも、女同士の関係で不倫って成立するのかしら?」

「え?」


 言われて考える。不倫の定義に、この場合は含まれるんだろうか。でも、ダメな気はする。それを言語化しようとしていると、立て続けに純花さんが口を開く。


「それに、例え不倫だとしても、瑠美ちゃんを放っておく旦那さんの方が酷いと思わない?」


 純花さんの言葉に、わたしの理性のスイッチは消えた。途端に、さっきまで抱いていたせい君への不満が蘇る。

 今朝の事、いつも相手してくれない事、日々の小さなすれ違い。ふつふつと湧くそれらに、わたしの手は力を無くした。ゆったりと降りて行く手を、純花さんが握る。


「いつも、旦那さんが中心の生活なんでしょ? なら、今ぐらい瑠美ちゃんの好きにしたっていいじゃない。貴女の全てをさらけ出していいのよ。ストレスごと、私が食べてあげる」


 指を絡められ、恋人つなぎのようになる。純花さんの指先から伝わる熱は、安心できる温かさだった。

 今だけは、わたしという存在は認められる。受け入れてくれる人がいる。我慢なんてしなくていい。醜い姿さえ、肯定してくれるかもしれない。


「さぁ、気持ち良くしてあげる」


 純花さんの唇が、再び迫ってくる。わたしは黙って、目を瞑り受け入れる。彼女の熱を受けて、わたしはすっかりほだされてしまったらしい。

 舌を絡め合いながら、彼女の手はわたしの服へと伸びる。ボタンを外し、だんだんわたしの衣服は脱がされていく。

 あっという間に、わたしは下着姿にされてしまった。


「可愛いわ。一目見た時から、すっごく気になってしまったの。瑠美ちゃんのこと」

「じゃあ、初めから……?」

「ううん。あわよくば、って考えなかった訳じゃないわ。でも、そんなつもりは無かったの。こんなに可愛い子、いったいどんな子なのか。仲良くしたいなって」


 すると、純花さんは下着姿のわたしに抱き着いた。背中に手をまわしながら。


「でも、話せば話すほど愛おしくなっちゃったの。こんな可愛い子を旦那さんが大切にしないなら、私が愛してあげたいって」


 背中にある、ブラのフックを外される。何とも言えない解放感が、わたしの心を満たし始めた。


「瑠美ちゃん、いっぱい愛してあげるわ」


 そのまま、わたしは純花さんに身を委ねた。

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