第66話 幕間③
遠征後のオフ日をちっとも休めないまま消化し、忙しい日々が続いた。
平日は夕方にかけて行われる都内中心での対バン、週末は隔週毎に大阪、名古屋、仙台にある各地の中小規模のライブ会場での対バン、ライブ以外の日は午前か午後に三時間程レッスンを行うという日々を夏休み中盤にかけて繰り返し過ごしていた。
休みも週に一日は完全なオフ日があり、沖縄遠征の時みたくフェス規模のライブも控えていなかったことから午前中は比較的ゆっくりする時間が作れていた。
ルーチェの仕事したくない病も大事には至らず「仕事したくない」や「面倒」といった愚痴程度での気持ちで抑えられていた。
俺の想像だとアイドルという仕事はもっと大変なものだとばかり思っていた。
大きな駅前でライブ開催のビラ配りを行って地道に集客したり、午前中はアルバイトを行って夜は毎日ライブを行うみたいな宿命が売れないアイドルには待ち受けているのだとばかり連想していたが、現代はもっとスマートで且つ無駄のない効率性を重視されるらしい。
ネットが一般的にかなり普及し、現代社会で多くの人々がスマホを持つ時代にビラ配りはあまり効果的とは言えない。ルーチェみたく、動画配信を介して名を馳せてその傍らで宣伝する方が集客の効果は高い気がする。
その証拠に、ポーチカのライブへと足を運んでくれる人はかなり増えた。
横浜アイドルトーナメントや沖縄遠征の時の反響もあってか、SCARLETの一部ファンがポーチカのライブにも流れ始めた。沖縄で会った、大学生の女性の方……凪さんも毎回ライブへと足を運び、握手会で必ずヒカリの列に並んでくれる常連さんとなった。
凪さんみたいな両者を好む熱狂的なファンの方が自身の持つSNSを介して全国のアイドル好きな人にポーチカの情報を拡散。それにより、ルーチェのゲーム配信を観てる方のみならず、純粋なアイドル好きな人も度々ライブを観に来てくれる。この多方面での宣伝が思わぬ集客力効果を生み出しているとジル社長は好評価していた。
まぁ、要因を突き詰めればキリがないくらい多面的で細かいかもしれないが、大まかな部分を分析するとこんな感じであろう。
しかし、まだ足りない。
ポーチカがSCARLETの様に自分達のファンだけで大きな会場を満たすのはまだもっと先の話。いつになればそこに至るのか、予想も出来ない。
途方もない先々の展開が一体どうなることやら……まして、いつまでアイドルを続けているのか、考えるだけで頭の痛い話。
あぁ、本当に……
♢
「ホント、嫌になる」
ルーチェにとってのゲーム配信は単なるお遊びでしかない。
元々、ゲームをしながら視聴者を集めて、お小遣い稼ぎ程度で動画収入を得られることを考えての動画配信を行っていた。しかし、ジル社長に内密で配信活動をしていたことがバレてしまった上に、自身の素性をアイドルだと公開することで嫌々ながら行っていたアイドル活動を余計に盛り上げる要因として完全に利用された。
だが結果的に見れば、ルーチェの動画視聴数は以前よりも格段に伸び続け、今も尚日に日に登録者が徐々に増えていく一方である。それはルーチェにとって良いことなのだが……登録者の伸び率に比例して、特典会でのお渡し会で来る人数も増えているからか、損得感情が大きく自分の中で揺らいでいるのが気に障るようだ。
「辞めたい。アイドルなんて仕事、柄じゃないって」
目線は画面から決して離れないものの、声から漏れた心の本音はどこか遠くへと行ってしまいそうなくらい儚げであった。
「でも、ルーチェちゃんそう言いながらもライブ中はかなり楽しそうにしてるよね?」
今月発売したばかりのファッション誌をソファーの上で読んでいる唯菜の指摘に、画面半分に分かれたもう一つの視点では盛大なコースアウトが生じていた。
「ちょ!唯菜が変なこと言うから落ちたじゃない!」
五位で走行していた俺はその間に前方の距離を詰めにかかる。
首位を走っていたルーチェのロスを好機を見出し、温存していた加速系アイテムをラストスパートに使用し、最後は脇を追い越して、見事に1位でゴールイン。
「なあぁぁぁぁぁ!!?」
「危なかった~。ナイス唯菜」
「え?私、何か役立った?」
「今のはノーカンみたいなもんよ!見てなさい、次は1位のまま独走してやるんだから」
即座に次レースへ移ろうとする傍らで俺は唯菜の話を掘り返す。
「ルーチェが楽しそうってどういうこと?」
「そのまんまの意味だよ。ルーチェちゃん、前よりも生き生きとライブしてるよね?」
そう言われてみれば、思い当たる節は多い。
ルーチェとは立ち並びが前後になることが多く、あまり表情を伺う場面は少ない。だが、各ソロパートの時や垣間見るダンスのフリを聞いて見たりしても、いつものやる気の無さは一切感じない。
ポーチカのメンバーの一人として、ステージ上に立てば笑顔を絶やさず全力で常にライブを心掛けているのがよく分かる。
「口ではあぁ言いつつも、ルーチェちゃんって実はアイドル向いてたりして」
「仕事だもの。真剣に取り組むのが当たり前」
物凄く正論だが、常識外れな行いばかりする人物には言われたくない。
「えぇ~そう言いながらも、この間アドリブで高くジャンプしてポージング決めてたよね。まるで美少女アニメに出てくる魔法少女みたいな可愛さだって、ファン人達が神回!って騒いでたよ」
「あ~リクエスト曲の時か」
普段とは少しばかり趣向を変え、ポーチカの数少ない持ち歌を披露するのではなく、ファンの要望に応えてカバー曲でも取り入れようというジル社長の妙案の結果……ルーチェが昔好きだったという某有名な魔法少女戦隊アニメのオープニングテーマ曲を五人でコスプレして披露するという特別な催しを行ったのであった。
ポーチカファンの大半がルーチェのファンであるため、配信動画を視聴している方が多い。そして、ある配信中にルーチェが『好きなアニメ曲』について質問を拾い上げてそれに答えた。その際、少しばかりボソッと歌っていたのがきっかけでファンがここぞとばかりにその曲を投票した。
後はジル社長が各方面に頭を下げて許可を取り、わざわざコスプレ衣装までオーダーして、その神回なる特別ライブが誕生した。因みに、そのアニメは香織が幼少期の頃に見ていたため俺も少なからず知っていた。
歌詞もメロディーも特徴的でタムタムが簡単な振付を考えてくれたことで難無く歌って踊れた。
流石にノリノリで披露するのはかなり恥ずかしく、香織に見られていなかったのが不幸中の幸い。
「あの時のヒカリちゃん。物凄く可愛かった……写真も残ってるし、香織ちゃんに見せてあげたい」
その発言に手元が狂い、今度は首位を独走していた俺がルーチェに抜かれた始末となる。
「唯菜。前も言ったけど、絶対に香織には送らないでね」
「え~喜ぶと思うよ。絶対」
そりゃ喜ぶとも。
俺の弱味を更に握れて悪魔の笑みで歓ぶに違いない。
「そう言えば、最近香織ちゃんと話したりしてるの?」
「いや、してない……かな」
今日みたくこの部屋に泊まることもあるが、最近は割と頻繫に帰宅している。
父さんと母さんは相変わらず仕事で家を空けることは多いが、香織もまたSCARLETのライブが立て続けに入っていることから連日地方へと飛び回って仕事をしている。
帰って来るのも夜中だったり、昼頃に帰って来ては夕方にはレッスンをやってそのまま地方のライブ会場へと向かったりとかなりバタバタしている印象を感じた。
最後に顔を合わせたのも、一週間前の朝方だったか……。
「SCARLET、今が繫忙期みたいだからね。それに香織ちゃんと春乃ちゃんの新ユニット【ハルノカオリ】の結成も発表されて、デビューライブも決まったからより忙しいよ」
「ハルノカオリ……」
「え、ヒカリちゃん知らないの?」
「ごめん。何にも聞かされてない」
香織の奴、それっぽいことは一切言ってなかったな。
新ユニット結成の話は正直言って、今始めて知った。
香織と春乃さん、二人での新ユニット。
柚野さんを一人外しての新たなユニット結成……あぁ見えて他人想いの強い香織が容易にそれを認めるとは思えない。むしろ、なかったことにしろと反発するに違いない。
現にあまり触れようとしなかったことがそうだと窺える。
「あ、そうだ!二人のデビューライブのチケット。先行受付しているんだけど、ヒカリちゃんも行かない?」
「え……行かないって言ったら?」
「そうだな……代わりに三津谷君を誘おうかな。彼はもうれっきとしたSCARLETの一員だしね」
いや、そんな一員になった覚えはない。
勝手に唯菜がそう解釈しているだけだと思いつつも、行く以外の選択肢がないことを悟る。
「……行きます」
「本当に!?いやぁ~よかった。行かないって言われたらどうしようかと……」
「え、どういうこと?」
「簡単な話。あんたはこのライブに元から行くことになってたのよ。そのチケットの予約は大分前に終わっているし、入金も既に終わっているんでしょ」
鋭いルーチェの指摘に唯菜は申し訳なさそうに「はい……」と認めた。
「ごめんね。早く言おうと思ってたんだけど……伝えそびれて。でも、ヒカリちゃんもSCARLETファンの一員なんだし、付き合うのは義務みたいなもんだよね。うん!」
何だか、勝手に決められてしまった。
「あんたも大変ね」
「まぁ、これくらいはいいよ。もう慣れたし」
唯菜に振り回されるのも今更だ。
あの笑顔を見せられては全然嫌だと思う気持ちもない。
だが、それ以上に少し引っ掛かり部分があった。
さっきの【ハルノカオリ】の件。果たして香織が本当に納得しているのかどうか、疑わしく思う。
そこまで気に掛けることではないと思うが、妙な不安感が心に募った。
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