第62話 オフ日①

 窓から差す陽気な光に当てられ、深い眠りの底から意識を現実世界へと引っ張られる。

 止まっていた体内時計が再び動き始めると徐に目を開けた。


 ん……カーテンが開いてる?


 昨晩に閉じた筈のカーテンがいつの間にか大きく開かれ、眩しい朝日が朧気な視界を明るく照らす。

 眩しさから逃れようと朝日が当たらない死角へと身を転がす。

 

「眩しいんだが」


 カーテンを開けたであろう人物がベッドの側にいると思いながら文句を言う。

 

「もう、八時だけど。いつまで寝てるの?」


 すると、案の定部屋の中心から聞き慣れた声が届く。

 「別にいいだろ、寝かせてくれ」と言い返すも、起こしにきた張本人は身体を揺らすなり、ベッドを叩くなりして二度目を阻止してくる。

 痺れを切らした俺は観念して起き上がり、迷惑極まりない妹に寝起き悪い気分をぶつける。


「今日はせっかくの休みなんだから少しは寝かせてくれ」

「やだ。暇、遊びに行こ」

「やだ。眠い、家にいろ」


 悪いが、今日は梃子でもこの家から動かぬつもりだ。


 沖縄から帰ってきた一昨日、俺はこの家に直帰するのではなくマンションへと帰り、そこで一晩を過ごした。翌日は沖縄で使った衣服の洗濯や部屋の掃除を済ませて、昼頃に自宅へ帰ろうと思いきや……それを阻む隣人の強襲に遭い、六時間に渡るランク上げを手伝わされた。

 沖縄での疲れよりも四日間ゲームが出来なかった反動で遊びに耽るルーチェのゲーム魂には感服の意を表するのとは裏腹にそろそろ本気で歯止めをかけるべきだとジル社長に提言したくなるレベルで敵対プレイヤーに罵詈雑言の嵐を飛ばしながらゲームに熱中していた。


 それに付き合う俺も大概だが……まぁ、そんなこんなで色々とあって結局、家に帰ってきたのは夜の八時過ぎ。元の姿でようやく羽根を伸ばせるかと思いきや……玄関で待ち受けていた香織に、沖縄以前までのあれやこれやを尋ねられ、二日間の休暇のうちの一日を全然休みの時間として過ごせていなかった。


 だからこそ、今日は家で過ごしたいのだ。

 明日からのまたレッスンとライブの日々に備えるためにも、疲れ切った心身……とくに張り詰めた心を一度、リセットさせて気分を改めたいのであった。

 しかし……


「暇なんでしょ。起きて」


 傍若無人な隣人はおらずとも、ここには傍迷惑極まりない我儘妹がいた。

 ルーチェの場合、情で訴えかけても己が満足するまでは全く聞く耳持たない。


 だが、香織であれは情を介してに訴えは多少なりとも有効である。あまりにも疲れた事実を伝えれば、そのうちに拗ねるでもして「分かった」と退く。

 それに賭けて、今日の休日をもぎ取る他……ない。


「ねぇ、早く起きないと来ちゃうよ?」

「は?来ちゃう?誰が?」


 意図が読めない香織の発言に混乱を来す。

 何か、ハッタリでもかましているのだろうかと様子を伺うと奴は悪魔の笑みを浮かべたままスマホ画面をこちらに見せる。


 そこには『今日、せっかくなので一緒に遊びませんか?』『本当に!?今から急いで仕度します!』という文面が見えた。

 誰かとの会話であるのは間違いない。それが誰なのか……え?

 会話している相手の名前表示を確認する。

 

「唯菜ちゃん、今から家に来るって」

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「近所迷惑だよ」

「だよ。じゃねーよ!お前、何で呼んでんだよ」

「お兄ぃがオフ日で私もオフ日。当然、唯菜ちゃんもオフ日だからこの際、三人で遊ぼうかな~って」

「二人で遊んでくれ。俺はこのまま寝る」


 布団を頭から被り、完全な不貞寝に入る。


「いいの?唯菜ちゃん、このままだと家に来ちゃうよ?」

「遊ぶのはお前とだろ。なら、俺は関係ない。てか、唯菜といつの間に連絡先を交換してたんだ」

「沖縄の時に。それと、遊び相手はお兄ぃじゃなくてヒカリちゃんだから」

「ヒカリちゃんは営業停止中でーす。暫くお休み」

「じゃあ、お兄ぃでもいいよ」

「良くねぇから。寝たいって言ってんじゃん」


 あまりのしつこさに気分を深く害され、イライラが募った声で一つ芝居を打つ。


「えぇ~分かった。仕方ないな~、今日は二人で遊びます」


 疲れている情が伝わったのか、香織は渋々落胆した声を漏らすとあっさり退くことを認めた。

 悪足搔きはせず、直ぐに部屋から出ていく。

 ドアの閉じる音を布団越しで確認し、念の為に顔は出さずに縮こまってガッツポーズを決める。


 やった。

 これで俺の安眠は約束された。

 香織は唯菜とどこかに出掛ける。

 父さんと母さんも仕事でいない。

 家にいるのは俺一人。

 これで誰にも邪魔されず、休暇を過ごせる。


 魔の手から約束された休日を掴んだと確信した……束の間、もう一つのスマホ端末から通知音が鳴る。

 そのタイミングに凄く嫌な予感を覚えながらも、布団から手を伸ばしてメッセージを確認。

 『ヒカリちゃん。今日も一緒に遊ぼうね♪』と楽しそうに仕度を進める唯菜が目に映る文面に、俺は重い腰を上げ、そのまま手首の腕輪(リング)を介して、ヒカリへと変身した。


 廊下を出ると自室に戻ったと見せかけた香織が腕を組みながらドアの横に澄ました顔で立っていた。


「香織」

「なに?お姉ちゃん」

「服、貸してくれ」

「お安いご用だよ」


 かくして、俺の休暇は暴君によって返上された。

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