第63話 オフ日②

 台場青海線の上をなぞるように敷き作られたゆりかもめの駅の一つであるお台場海浜公園駅で降車。

 改札口を抜け、大きな複合商業施設の方へと向かって進んだ先に海に面した大きな公園がある。

 東京の新橋とお台場を結ぶレインボーブリッジ、その奥には大都会を象徴する大きなビルや東京タワーが背景として一面に大きく広がっていることから有名なレジャースポットとしても知られる。


 そんな海浜公園の波打ち際で、一人の少女が砂浜へと駆け、サンダルを脱ぎ捨ててそのまま海の中へと足を浸ける。

 沖縄からまだそれほど時間は経っていないにもかかわらず、海で楽しそうにはしゃぐ姿に何だか微笑ましい気持ちになった。


 元気一杯で天真爛漫な彼女。

 元から明るい人物であるのは学校を通じて知っていたが、ここ最近はもっとその一面を見せてくれることが多くなった気がする。つい二ヶ月前に感じた笑顔の裏にある悩みも断ち切られ、今は真っ直ぐに突き進むことを目標としている背中に見ていて嬉しく感じた。


「やっぱり明るい子が好きなんじゃん」


 不機嫌さを帯びた声で指摘した香織がまたあの話を切り出す。


「何度言えば分かるんだ?」

「何度自分の気持ちに噓吐いてるつもり?」

「吐いてない」

「吐いてる。お姉ちゃんはヒカリちゃんが好きですって顔してる」

「じゃあ、それでいいよ」


 いくら否定しても香織が引かないのはよく分かっている。

 不毛な口論に付き合う気のない俺は投げやりにそれを認めるも、不服そうな顔で香織はムムッと睨む。


 休暇を付き合わされた挙句、香織の面倒な言いがかりを否定するやり取りは余計に心労が溜まる。

 今日は出来るだけ省エネモードで行きたいのだが、この二人のペースに付き合っているとそうもいかないのが現状であった。


「ヒカリちゃん達も一緒に入ろうよ!」


 その声に意識をふと向ける。

 キラキラと輝く海の中で無邪気な笑みで手招く唯菜に自然と目が吸い寄せられた。

 

 まるで映画のワンシーンでも観ているのではないか。

 海面に反射した陽光をバックに届きもしない水飛沫をこちらに飛ばして誘ってくる様子がさもその様に映る。


 だが、それを眺めているだけが充分で実際に参加する気にはならなかった。

 その理由としては足元の状態にある。


「……流石に遠慮しとく。一応、靴履いてるし」

「ごめんなさい。私も同意」

「う~ん。そうだね、替えの服とか持って来てないもんね」


 海を見ると入りたい気持ちが抑えられないのか、一旦俺達の冷静な指摘を受け、その気持ちを抑えた唯菜は海から上がって砂浜を裸足で歩く。


「これ、良かったら使って」


 トートバッグから取り出したタオルを香織から受け取り、濡れた足首を拭く。

 短いスカートから大胆に出た細長い綺麗な足に今更ながら深く目が往く。

 改めてよく見ると唯菜って本当に足が細い。

 ダンスをやっているからそこまで華奢ではないものの、筋肉の付き方とのバランスも相まって同性視点でも見惚れてしまう。


「変態」


 まじまじとそれを見ていたことを香織にバレると肘で肩を小突かれる。


「見るなら自分の見なよ」

「それはお前を見るのと同義だぞ」

「……バカ」


 そんなやり取りをしているうちに唯菜は足を拭き終えた。

 タオルを返して立ち上がった途端『グ~』と鈍い音が腹から響いた。


「あはは……少しはしゃいだらお腹空いちゃった」


 出掛けることを決めて色々と仕度に手間取ってしまい、唯菜と合流したのは十時過ぎ。

 そこから電車に乗って行き先を都内に絞りつつ、「お台場に行きたい」という適当に出した俺の案が通ってここに居る。

  

「そうですね。もうお昼だし、この近くのレストランでも行きますか」

「りょーかい」

「うん、行こう!」


 スマホ画面を眺めながら近くにある良さそうなお店を探す。

 

「そう言えば、ヒカリちゃん。今日は香織ちゃんの家に泊まってたんだよね?」

「うん」

「ヒカリちゃんって確か、こっちでは一人暮らしなんだよね」

「……うん」

「じゃあ、親元離れてこっち来てるの?」

「う、うん。実家は結構……遠くて」

「へーどこにあるの?」


 どこ……と言われてもなぁ……どこにしようか。

 そう言えば、その設定は一切考えていなかった。

 ポーチカのメンバーから「地元どこなの?」とか聞かれたことはまだなかった。


 そもそもの話、三ツ谷ヒカリの身上話について深く聞かれたこともない。唯菜が知っている情報があるとすれば……ヒカリはアイドルをするためジル社長の所有するマンションで一人暮らししながら通信制の高校に通っているということだけ。


 そして、新たに付け加えるならヒカリと香織が従姉妹であるという事実か。

 さて、どう切り抜けるべきか……。

 話を合わせて欲しいと香織に目線で合図を送る。

 それに応じた香織は頭の回転の早さを以て、援護を行う。


「ヒカリの実家は青森にあるの」


 青森……なるほど、そういう体で誤魔化す気か。


「青森!?」

「うん。お母さん達の出身が青森なんだ。母さん……じゃなかった、叔母さんは上京したんだけど私のお母さんは青森に残って、お父さんと結婚して、私が産まれたみたいな」

「そうなんだ。じゃあ、ヒカリちゃんは定期的に香織ちゃんや陽一君とは会ってたんだ」

「お正月とかにね」

「そうなんだ。三津谷君ってば両手に華だね」


 悪いな。唯菜の言う三津谷君は俺だから両手に華なんて現実は存在しないのだよ。

 唯菜の発言に香織は一旦そっぽを向いて堪え切れそうにない笑いを漏らす。

 まぁ、思わず香織が笑ってしまうのも無理ない。唯菜に正体を気づかれないように歩調を合わせてくれるだけで良しとしよう。


「でも、二人って本当に仲良さそうだよね?姉妹と思えるくらい似てるし」

「容姿は似てても性格は真反対だから」

「それは同意です。子供の頃は仲良くても、誰かさんが成長するにつれて妙なライバル意識を高めて勝手に喧嘩振ってくるせいで一時期、物凄く仲悪かったですけど……」


 お前、まだ引き摺っているのか。と、内心でツッコミつつむも事実だと認めざるを得ない。


「だから、ヒカリちゃんもアイドルを始めたの?」


 三ツ谷ヒカリがアイドルを始めたのは今の設定上の流れからすれば、そうするのが妥当なのかもしれない。香織に負けたくない意識からわざわざ上京して、同じ職種で近い舞台に立って勝負するのが目的だった。

 前にも唯菜に話した内容を摺り合わせるなら、首を縦に振らざるを得ない。


 だが、本当の目的は別だ。

 俺がアイドルを始めたのは唯菜の輝きを一緒に高めることにある。

 今はそこに唯菜と一緒に香織を超えるという目標も付け加えられている。


「ま、差し詰めそんな所でしょ。昔から負けず嫌いな性格が尾を引いて、私と同じアイドルを始めた。わざわざ、名前を偽ってまで」


 答えない俺の代わりに香織が代弁した。

 一言一句、真実を言ってないにしろ噓ではない言葉達者な香織の聡明さに優越感を抱く。


「沖縄を介して雪解けはしたみたいだけど、負けず嫌いは直っていないのね」

「そこは性格だから、容易には変えられない。それに負けず嫌いなのは香織もでしょ」

「同じ血を引いてる者同士だもん。そりゃそうよ」


 目の前に唯菜が居ることを忘れ、段々と家での口調が現れる。

 そんな素の部分の香織を垣間見た唯菜は羨望の目を向ける。


「いいな~。羨ましいよ、三津谷君が」

「どうして?」


 香織は唯菜の気持ちに気付いているも知らん顔で尋ねる。

 本人の口から敢えて直接、俺の耳に聞かせることで面白がろうとする意図が丸分かり。

 その惚け具合にイラッとくるも(ステイ、ステイだ、俺……)と落ち着く。


「だって、こんな凄い二人が家族にいるんだよ。私が好きな二人が小さな時から近くにいる。三津谷君だけしか知らない二人を三津谷君は知っている……そこは私にとって羨ましいし気持ちでしかない」


 好きなものについて、知りたいと思うのは人間としては当然のこと。

 それが人であれば、もっと長く一緒に居たいだとか、どんな一面が他に隠れているのだろうとか、気になる点は多く、知るのはかなり時間がかかる。

 もっと距離が近くなければ知らないことは沢山あるだろうし、時間も共有しなければどんな人柄なのか、どんな人生を歩んできたのかは知れない。


 でも……見せたくても見せれない部分はある。

 いくら唯菜が知りたくても知られていけない。


 もしも、三ツ谷ヒカリの全貌を知れば、唯菜は多分知らない方が良かったと思うだろう。

 傷付くかどうかはとにかく、今の状態を維持するには知らないことが大前提である。

 一方的に全て俺が知っていてズルいと思われても仕方ない。

 そうするしか、ないのだから。


「ヒカリちゃん?」


 少しばかり俯きかけた顔を唯菜は覗くようにこちらを見つめる。


「ごめん。ちょっと考え事をしてただけ。それよりこの後どうする?」

「私はお昼食べたら、ジョイポリ行きたい」


 ずっと沈黙してたと思いきやスマホで何かを調べてた香織がジョイポリのホームページを開く。


「それって体験型アトラクションとかあるとこだっけ?」

「あ~VRゲームできるとかいう……」

「ヒカリ、ゲーム好きだし。どうかなって」

「別にいいけど。唯菜はいいの?」

「二人が行くなら私も行くよ!それだけで楽しめるし」


 そのポジティブさを本当に見習いたいばかりだ。


「唯菜ちゃん運動神経は良さそうだし、大丈夫そうね。手と頭だけじゃなくて、身体全体を使うアトラクションもあるみたいだから」

「そうなんだ。よし、じゃあ行こう!」

 

 いつになくハイテンションで乗り気な唯菜に従って俺もそこに行くことを了承した。

 全力で遊ぶにも先ずは腹ごしらえから、ということで俺達ジョイポリよりも先にある近くのレストランを見つけてお昼を過ごすとした。

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