第28話 幕間

「は?兄貴、もう一回説明して」


 白いソファーの上で寝転がりながら携帯可能なゲーム機器に目を吸いつけたまま、ジルの話を耳だけで聞いていたルーチェは兄からの唐突な発表に驚き、レートが掛かった大事なレース戦で最悪なミスを犯す。なんとか打開を試みるも、度重なる運の悪いアイテム攻撃を食らい結果は最下位に沈んだ。

 大きく舌打つルーチェはゲームから顔を離して八つ当たり気味に聞き返す。


「で、アイドルうんにゃらが何だって?」

「横浜アイドルトーナメント。これがヒカリ君のデビューライブだと言ったのさ」

「それは分かる。けど、その一回戦目の相手がSCARLETってどういうこと?負けゲーじゃん」

「文句を言いたいの分かるが、僕達の業績を考えればこのイベントに参加出来たことすら奇跡ってレベルなんだ。どうか受け入れてほしい」

「どうせ麗華さんに頭下げてコネで空いた枠に入れてもらったんでしょ。奇跡もクソもないじゃん」


 ルーチェの妥当な指摘に返す言葉もなかった。


「兄貴だって分かっているんでしょ。今の唯菜達ではSCARLETに到底勝てるわけないって。私、レベリングしないでボス戦挑むの嫌いなんだけど」

「まぁまぁ、ルーチェちゃん。ジルにも何か考えがあるのよ」


 一見裸エプロンの様な格好でキッチンに立ち、夕食を作る善男が宥めるも敗戦によるルーチェのイライラは収まらない。

 ジルがライブ会場から帰って来るまでの間、ひたすらレースゲームをし続けていたものの、あまり戦績が良くないことに加えて、レース中の度重なる不運なアクシデントに苛まれ、ストレスが溜まりに溜まって爆発仕掛けていた。


 次こそは勝利する。燃え盛るゲーマー魂に押され、もう1レース挑もうとボタンを押した直後、ルーチェの小さな手中からゲーム機器が抜き取られた。


「あ、ちょっ……」

「君はゲームのし過ぎだ。これは僕がやる」

「兄貴じゃ無理よ。返して!」

「ダメだ。僕が1位になるとこをそこで黙って見ているんだ」

「はっ、夢は寝てみろっつーの!」


 馬鹿言わないでとルーチェは鼻で笑って見せるも、ジルのレース運びは思った以上に好調な展開だった。最終ラップにて一位をキープし、後方で敵同士が潰し合うことで徐々にジルとの差が開いたまま、1位で逃げ切ってゴールイン。

 見事に勝利を納めたジルはルーチェにドヤァした顔で振り向く。


「こんなのまぐれよ!」


 ジルにあっさり1位を取られたのが悔しかったのか、涙ぐんだルーチェは即座にゲーム機器を奪い返すと次レースに移行。火が付いたゲーマー魂により一層の油を注いでしまった事にジルは後悔した。


「逆効果だったみたいね」

「こればっかりは失敗だとしか言いようがない」

「それで、次のイベントはどうする気なの?あなたの事だから何か勝つ策でも考えているのではなくて?」


 食卓に料理を配膳する善男がそう尋ねるもジルはそれに対する答えを用意していなかった。


「勝つのは無理だろうね。ルーチェも言ったように、今の唯菜ちゃん達……いや、ポーチカではSCARLETの足元にも及ばない。勝敗の行方がファンの投票であれば勝負にもならない」

「その対抗手段として陽一君を用意したんじゃないの?」

「そうだけど……まだ何とも言えない。逆に聞くけど、君から見て彼はどうだい?」


 歌やダンスの基礎練習は全て善男が指導している。

 アイドルとしての素質は定かではないが、パフォーマーとしての素質はどうか尋ねる。


「歌もダンスも素人そのもの。元は運動部だったからか、ダンスの筋はいい。それに彼…いえ、彼女の場合は歌に関して言えば才能があると言えるわ」

「ほう。君がそこまで言うんだ。期待は出来そうだね」

「やはり双子の兄妹だけあって、似ている部分はそっくり」


 通常のアイドルグループ。特に大人数の集団でパフォーマンスをするグループであれば可愛い振付をメインとしたテープでの歌唱を披露するため、個々人の歌唱力はそれほど問われない。

 しかし、少人数で且つ生歌をメインに置くグループであれば歌とダンスの両方を魅せる必要がある。ポーチカのライブ形式は後者がメイン。

 その中でも特に歌唱力という点はジルが重きに置きたいポイントであった。


「デビューライブ。もしかして、彼をセンターに置くつもり?」

「まだ、僕は何も言っていないが?」

「その顔を見れば分かるわ。何年、あなた達の世話をしていると思っているの」


 ジルと善男は長い付き合い。それも特別な仲。 

 そんな善男からすればジルの考えていることなんぞ手に取るようにお見通し。


「ルーチェちゃんにあぁは言われたけど、あなただって負けたくはないのでしょ」


 勝敗を決する戦いにおいてジルもルーチェ同様にかなりの負けず嫌い。

 無謀な挑戦は避けて通り、手堅く一定の経験値を積みながら成長の機会を図る。

 彼女達のプロデュースするにあたっての方針はそう捉えていた。


 だが、時には無謀な挑戦こそが思わぬ効果や結果を生み出す。その挑戦をかつてのジルは彼女達…SCARLETに与え、ライブ終了後に慌てて駆けつけた麗華の超絶怒号から放たれた強力なビンタを見返りに食らった。

 アレは思い出すだけでも頬の裏と表が痛い。

 そんな自身の痛い記憶と共にそこで得た可能性の輪をもう一度震撼する。


「やるだけやるつもりさ」


 このライブに参加することを見越してジルは事前に手を打っておいた。

 三ツ谷ヒカリがデビューを迎える為の楽曲制作の依頼を。


「善男。あとで音源を送るから明日からその曲を彼女に仕込んで欲しい」

「分かった。けれども、ヒカリちゃんをセンターに置くのはいいとして、唯菜ちゃんにはもう伝えたの?」

「先刻話した。彼女も了承してくれたよ」

「そう……なら、いいのだけど」


 配膳を終えた善男は先に片付けをするべくキッチンへと戻る。

 料理の臭いに釣られ、一段落ゲームを終えたルーチェも席に着くと遅い夕食をゴロウィン家は迎えたのであった。

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