第29話 幕間②

 四限の授業が終了し、昼休みに突入。

 昼ご飯を持参した生徒達は各々のテリトリーへと移動し、空いた席へ断りもなしに移っては仲の良い友人ら机を囲んでランチを楽しむ。

 唯菜もまた仲の良い友人が集まるグループの輪へと移動する一方で、陽一は四限終了のチャイム音が鳴り響き、クラス内が移動や談笑の騒音で満たされてから身体を起こした。

 マイペース且つ通常運転の陽一の元に活発的なドレッドヘアーの少年が空いた前の席に着く。

 

「よう、陽一!昼ご飯食おうぜ」


 陽一の前に座る女子と自身の席を交換する形でやってきたドレッドヘアーの少年こと新城健(しんじょうたける)がいつもの流れでやってくる。それに続いてもう一人、細い一重が特徴的な中原明(なかはらあきら)が椅子を持参して、陽一の机の半分を借りて使用する。

 そんな二人の友人とともいつもの流れで昼食を取るべく、鞄からコンビニで買いこんだ惣菜パンを何個か取り出す。


「あれ、今日は弁当じゃねーの?」

「両親が出張でいないから……暫くは惣菜パンかな」

「ってことは、お前家に一人?」

「いや、妹いる」

「でたーお前が絶賛する超絶美少女の妹!なぁなぁ、そんなに可愛いなら写真でも見せてくれよ~」

「ないって。お前、妹と普通ツーショットするか?」

「さぁ、俺は兄貴しかいないからわかんねー」

「僕も姉ちゃんしかいないし」

「なぁなぁ、絶対に一枚くらいあるだろ。家族写真の一枚くらい」

「マジでないから。それに前も言ったろ、名前を検索すれば出てくるって」

「あのアイドルの子だろ?同姓同性なのは分かったけど、なりすましみたいのは良くないぞ」


 健は未だ香織の存在を陽一の蒙昧事だと思い込んでいた。

 妹が居るのは何となく認めているが、陽一が言うほど決して可愛いとは思っていない。

 だからこうして「写真を見せて証明してみせろ」と度々、要求してくる。


 ちなみに陽一は過去に一度、三津谷香織という名前を検索して「これが妹だ」と事実を突きつけているのだが、その時に新城は断固として認めず信じもしなかった。

 そんな訳がない。偶然にも、苗字が同じでお前がそれを双子の妹だと勝手に呼称しているだけだろ。そんな風に指摘を受け、面倒になった陽一は以降有耶無耶にし続けている。

 

「じゃあ、今度機会があったら見せてやるって」

「おう、絶対に撮って来いよ」


 面倒な要求にうんざりして溜息を吐く。

 そこで一人、隣でモグモグと座って食べ続ける明の周囲を陽一は見渡す。


「てか、たまに思うんだけど白里と俺の周辺だけなんで人いないの?」

「そりゃ、ここはお前のテリトリーだからじゃねーの?みんなビビッてんだよ」

「ここが縄張りだ、なんて主張した覚えはない」


 冗談しか言わない健に代わって比較的真面目な性格である明に説明を求める。


「健の言っていることは遠からず当たってるよ」

「え?」

「陽一。基本的に自分の席から動かないから使いずらいって思われてるんじゃない。たまに昼休み中も爆睡してる時あるし」


 明の言う通り、陽一は四限終わりでもたまに昼休み中に寝ている時がある。スヤスヤと快眠に耽る『ミツヤバクスイオー』様の眠りを妨げてはならないというクラスメイトの配慮から自然と陽一の席周辺には二人を除いて人が集まらないのであった。

 

「まぁ、理由はそれだけじゃないかな。今も僕がこうして白里さんの席を使わないで陽一の机借りてるのも要因の一つだね」

「白里?普通に使えばよくね?」

「馬鹿かお前は!クラスの白百合姫こと白里唯菜様の席だぞ。高潔で純潔な彼女の椅子を愚民たる我らのケツで汚してしまっては大罪だぞ」

「待て、その変な異名からそんな大それたルールがあんの、今知ったぞ」

「そりゃ、今咄嗟に考えたからな」

「……」

「でも、健の言う通り容易には座りにくいという意味で僕も同意」

「流石は明だ。身の程をよく弁えている」

「僕は陽一みたく怖いもの知らずではないから」

「いや、なんか俺がやらかしているみたいな言い方すんの止めてくれ」

「何言ってんだ。お前は現に大罪を犯しているだろ」

「は?何を?」

「唯菜姫に授業中、ボディータッチしてもらっているという大罪をな」


 ボディータッチ?

 健の妙ないかがわしさを含んだ言葉の意図に理解が示せない。

 隣で「同意」と仰ぐ明に再度説明を求む。


「陽一、授業中に白里さんに起こしてもらってるでしょ」

「あぁ……何度か」


 先生に教科書の音読で指名された時や帰りのホームルームでの点呼時に何回か……思い当たる節はあった。それに今日の二限目の国語でも白里に一度、肩を叩かれて起きた気がする。


「お前、マジで羨ましいぜ。席も隣だし、ここ最近たまに喋っているのは我々も目撃している」

「仲良さげに話しているのは僕も見たね」


 言い逃れは出来ないぞ、と二人は追い詰めてくる。


「まぁ隣だし……一切喋らない。なんてことはないだろ……な?」

「それもそうか」

「白里さん。近付き易い部分はあるからね。笑っている所とか、見てて飽きない」

「それな!こうして遠くから談笑している所を見ててもご飯が進むぜ~」


 二人の会話を他所に陽一はふと反対の廊下側に居る唯菜を見詰めた。

 そこに映る彼女は陽一が知っている白里唯菜で間違いなく、どこでどんな時に見ても変わらない彼女の姿が一様にして輝いて見えた。


 明るく元気で見る者を惹きつける何かを常に発している。

 陰の方から見ると眩しいくらい輝いている……が、今日はいつもとは違う気がした。

 友人との談笑に耳を傾け、笑って相槌を取っているも何だか空元気である。

 折々に見せる曇った表情が何よりもそう感じさせる。


 そんな風にまじまじと見ていた陽一の視線に気付き、ふと顔を向けた唯菜がクスッと微笑んで手を振った。

 何の前触れもないその仕草にドキッと一瞬心を奪われた。

 アイドルとしての顔を知っているからか。

 舞台の上に立ち、ファンの一人である陽一にレスを送ってきた。さながらその様な錯覚に陥った陽一は照れ臭そうに顔を前に戻す。すると割り箸を真っ二つに折りかねない勢いで手に力を込めた健が大きく目を見開き、鼻息荒げていた。


(最悪だ。見られてた……)


「貴様。ボディータッチに飽きたず推しからのレスを貰っているだと……」

「待て、落ち着け。箸折れるぞ」

「どうしたの、急に?」

「聞けよ明!今コイツぅぅ……唯菜姫に手を振ってもらってたぞ」

「オ~ギルティ?」

「今のは不可抗力みたいなもんだろ」

「ダメだ。有罪だ」

「僕も直接は見てないから断言は出来ないけど、健の怒りは本物なのは間違いないね」


(本当にマズい。白里がまさかあんな不意打ちを仕掛けてくるとは……それもまさか健が隣で見ている所で……)

 

 健が目撃してしまった以上言い逃れが出来るレベルではない。

 陽一はどうにかして誤魔化したい所ではあったが、焦りで言葉が中々見つからずにいた。


「いや、多分今のはお前じゃない」

「え?」

「幻覚だ……あれはただの幻覚だ」


 突然にも現実逃避を始めた健。友人の脳内がどんな思考回路をしているのか読めないが、これに乗る手はないと判断した陽一はこれ見よがしに脱出経路の確保にかかる。


「そうだよ。いくら席が隣だからって、俺と白里はそんな話すような間柄じゃ……」

「あ、三津谷君!今ちょっといいかな?」


 真横から聞こえた声の主に首をゆっくりと動かして振り向く。

 いつの間にか、自分の席へと一旦戻っていた唯菜が陽一が窮地に追い込まれているとも知らず自身の用件を伝えにやってきた。


「な、何かな白里さん?」

「あのね……もしよかったら昨日ライブで三津谷君にあげたTシャツに香織ちゃんのサインを書いて渡してもらえないかな?私の持ってるTシャツと交換で!」


 『LOVE香織』のロゴが入ったTシャツに香織直筆のサインを書いてもらえないだろうか。その意図でお願いしているのだと解釈した陽一は一先ず、了承することにした。


「え……えっと、香織に聞いてみる。後で……」

「本当に?じゃあ、オッケーだったら連絡お願いね!」


 食べ終えた弁当を机に置き、用件だけ伝えた唯菜は元の輪へと戻っていく。

 

(とんでもない置き土産を残して行ったな。さて、俺も逝きたくはないから逃げ……)


「どこに行くつもりだい陽一君?」


 無言で立ち上がった陽一の腕を制するように掴み、鬼の形相でその場に縫い付けようと抑える。


「待てって!」

「待てもクソもないよね!今見て聞いた事実をなかったことにしろと!」


 これは弁明しようの余地がない。

 

「貴様、我々に何の断りもなしに二人でライブデートだと?」

「妹のライブを一緒に行ったんだ」

「馬鹿め!そんな夢みたいな現実があってたまるか!」

「なら、いい加減に信じろよ」

「いやだ!」

「はぁ……どうにかしてくれあき……ら」


 話しが一切通じない健に辟易し、まともな判断力を残していそうな明に頼みの綱を渡そうと振り向いた瞬間、特徴的な一重の面影を一切感じさせない勢いで目を大きくひん剝かせた明の瞳がしっかりと陽一の顔を捉えていた。


 どこを向いているのか分からない視線も今だけははっきりと分かる。

 説明してくれ、と言わんばかりの圧に屈し陽一は席に着く。

 そんな狂人と化した二人の友人の尋問……もとい事情説明に残りの昼休みに時間を費やした。

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