第26話 関わり⑨
三時間に渡る全ての演目を終え、SCARLETの本公演は大歓声のを迎えながら幕を下した。
拍手が鳴り響く中、二階の関係者席で足を組みながら彼女達の成長振りを見届けたジルもまた拍手を送る。
「アリーナ席で当選したあの子、あなたのグループの子よね?」
「お気付きでしたか」
「帽子で正体を隠していたみたいだけど、直ぐに分かったわ」
「僕も驚きました。まさか、このライブに参加しているなんて」
麗華にはそれが嘘だということくらい直ぐに見抜けた。
唯菜の反応を見る限り、SCARLETのかなり熱烈なファンであることは間違いない。それに招待をしたのはジル一人だけに限らず、彼のアイドルグループメンバー全員を呼んでもいいと麗華は事前に伝えていた。にも関わらず、敢えてノコノコ一人でやって来たのは、唯菜が個人的に一般客としてライブに参加すると踏んでいたから。恐らく、もう一人を連れて。
「あなたのお願いはちゃんと通ったわよ」
「それは感謝します。ですが、あの組み合わせはいかがなものかと」
スポーツで例えるなら優勝候補の強豪校と無名の弱小校による一回戦と言っても過言ではない。
自分で頭を下げて参加を取り付けてもらったものの、少しばかりその結果が不服と判断する。
「仕方ないでしょ。私のコネで組み込むにも限度があるわ。運営側と協議の結果、これが最善策なの」
本来であれば呼ばれる候補にも上がらない弱小アイドルグループ。
如何にアイドル業界で顔が利く麗華であっても実績が伴わないグループを参加させるのはかなり厳しかった。多少の文句は生じてもおかしくない組み合わせなのはジルも承知の上。
「アイドルグループの優劣を決める戦いと言えども、話題沸騰のアイドルグループを一回戦の舞台から消すわけにはいかない。運営側の意図は大体察してますよ」
「なら、文句は言わないで頂戴。それにあなたからすれば、あの子達SCARLETと直接対決出来るのは願ってもない話なんでしょ」
「こればっかりは偶然としか言えません。どの道、僕はSCARLETと同じステージに立つことに意味があると考えていましたので」
ジルの腹の内を探り入れるも、彼はそう簡単には本音を漏らさない。
秘密主義者なのは相変わらず。
昔から可愛げのない少年だと認識していたが、今はクソ生意気な青年と化したことに認識を改める。
「結局のところ、全てあなたの思惑通りに動かされたって訳ね。もう、頼み事聞くのはやめたい気分よ」
「それは困ります。麗華さんにはいくつになっても世話になりたいです」
「甘える歳じゃないんだからいい加減に卒業しなさいよ……と、言いたいけど私にもどうやらあなたを見捨てられない情がまだ残っているみたいね」
「麗華さんはお優しい」
「馬鹿にしているんだったら今後一切の取引はなしよ」
「冗談です。僕としてもそれだけはご勘弁して頂きたい」
「ふん。まぁいいわ。それで彼女が彼女の男を連れて来たのも予想通りだと言えるのかしら?」
麗華の問いにジルは浅く笑んだ。
唯菜がもう一人、パートナーとしてこのライブに連れて来るとしたら誰か、それもまた凡その範疇で予想出来ていたが、まさか彼の姿で参加するとは思いもしなかった。
彼・彼女にしろ同一人物であることに違いはないが、意外な選択肢であったことにジルは当選時の出来事を思い出す。
「……あなたのお願いを聞いた代わりに一つ、私の問いに答えない」
「構いません」
「あなたのグループの新メンバーって誰」
この結果もジルの予想通りだと言うのなら、彼はなぜ負けると分かっている戦いをわざわざ用意させた理由(わけ)。そこを問い詰めた所でジルの本音を聞き出せないの自明。
それにジルという人間性から麗華は彼が簡単に敗北を迎える質でないのも知っている。
下剋上が目的でないにしても、一矢報いろうとする何かを仕掛けてくる。その懸念材料が新メンバーの存在。
そこを明らかにすれば狙いがはっきり掴めると麗華は捉えた。
「分かりました。じゃあ、端的に申しますと…彼です」
「彼……まさか、あの腕輪を?」
「彼に託しました。こんな事実を打ち明けられるのは事情を知る麗華さんくらいですよ」
「そうね。安心して、他言するつもりはないわ……むしろ、彼に同情する」
外道の手に落ちた新たなリング継承者に心の底から同情心を抱く。
「それで彼は何者?」
「麗華さんも彼を知っている筈。彼は三津谷香織ちゃんの兄、三津谷陽一君です」
「……っ!そう……そういうことね」
「気付きましたか」
新メンバーの存在が明らかとなった麗華の頭の中で全ての要素がリンクした。
「ジル……あなたはまだ……」
「僕は三津谷香織に未練はありません」
一度は拾い上げ、粉々にしてから捨て去ろうとした原石。
それをもう一度拾い上げ、代用として磨きあげる。
そんなことをジルは目的としていない。
仮に三津谷陽一が三ツ谷ヒカリという三津谷香織に瓜二つの少女になった所で、彼・彼女が香織になることは絶対に有り得ない。いくら双子の兄妹であっても、陽一と香織は互いに持っている価値観が違うし、秘めたる才覚も異質だとジルは予想している。
三ツ谷ヒカリというアイドルがどう輝くかは今後の活躍次第としか言えない。
いや、そもそもの話。麗華はある誤解をしていた。
「僕は彼を使って、三ツ谷ヒカリをグループの顔にする気は一切ありません」
契約の時点でジルは陽一との間であくまでも唯菜達のサポートをして欲しいという趣旨で協力を申し込んだ。陽一もそれならということで応じた。
その約束が前提条件となる以上、グループのエースを彼に任せる気は全くない。
だが、麗華が考えるようにジルもまた三ツ谷ヒカリとしての陽一に香織同様の期待を抱いているのも事実。当初の段階では、主にそれがジルの中心的な考えであったが、今は違う。
「彼を中心に彼女達の蕾を開花させる」
「『ポーチカ』。ロシア語で『蕾』って意味を持つのだっけ」
「はい。僕は知りたいんですよ。彼女達がどんな花を咲かせるのかね」
話の区切りを見計らったボディーガードマンがジルの側に寄り、待機していた他の同僚が二名の人物と合流した事を報告する。
「それでは、麗華さん。僕はここで失礼させていただきます」
「えぇ、次会う時にはその態度、少しくらい改めておきなさい」
会う度に申される小言にジルは苦笑いで『善処します』とこれまたいつも通りに返す。
自身の恩師とも言うべき人に一礼を帰した後に、彼らの元へと向かった。
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