第25話 関わり/ライブ⑧

『いやぁ~ライブもあっという間だね』

『うんうん。いい汗掻いたよ~』


 メドレー曲から始まり、様々な演目を披露したSCARLETのライブも後半戦の終盤に差し掛かっていた。前後半で衣装チェンジを行い、後半戦からはグループの名の『SCARLET』に沿った情熱的な朱色を基調とした衣装に変わり、激しい朱を強調させるレーザー光線やペンライトで会場は真っ赤に染まっていた。

 ステージでパフォーマンスをする三人は勿論のこと、それを熱いコールやペンライトの振りでサポートするファン達もまた額から多くの汗を流す。

 

『みんなもちょっと疲れたよね。せっかくだし、フィナーレに入る前にあれの発表をしようか!』


 春乃の流れに乗って香織は今ライブ最大のプレゼント企画へ移る。


『では、ここで今日の抽選発表をしたいと思います!』

『この会場にお集まり頂いた皆さんに平等なチャンス!』

『今から発表する席に座っている方になんと!私達の三人のサイン入りTシャツをプレゼントしまーす』


 今日のライブ用に作られたSCARLETと書かれたロゴTシャツの下に三人各々のサインが入っており、それが三名分用意されている。

 来場者数は約四千人。当選するのはその中でたった三人。推しのサインはたったの一枚だけとなると、当選確率は四千分の一。まるで宝くじで二等の百万円以上を狙うのとほぼ大差ない。


「絶対に欲しい」


 喉から手が出るほど、香織のTシャツを欲する唯菜は身体の前で両手を組み、一心不乱に祈禱を捧げる。 

 その一方で、陽一は自分が当選しないことを祈った。


 当たった瞬間、スポットライトが一時的に当選者へと向けられ、演者自ら『おめでとうございます!』の一言も貰えるファンにとっては千載一遇の大チャンス……それはSCARLETのファンでもない陽一にとってそれはなんとしても避けなければいけない重大案件。

 当選なんてほぼないだろうと心に余裕を持ちつつも、不運が降りかからないことを必死で願うばかり。


『先ず、一人目!一階席Ⅾ列26番の方、おめでとうございまーす!!』


 春乃から一人すつ交代する形式で発表が進み、祝福のベルが鳴り響くと案の定、スポットライトの光が当選者の下に当たる。


『それじゃあ、次の方は~二階席B列9番の人~おめでと~』


 『いやったあ―』と二階席の方から嬉しさのあまり声を出し、ガッツポーズをしている男性ファンの顔がセンターモニターに映し出される。

 隣の友人と抱き合いながら嬉しそうにしている様を見せられた唯菜は「いいなー」と羨ましそうに呟く。一方、陽一はあのモニターに自分が映し出されないことを心の底から最後に願った。


『じゃあ、最後の方を発表します』


 発表番号が書かれた紙を受け取った香織はマイクを手にステージ中央に立つ。


『アリーナ席……C列、五番の方!』

「え……?」

「えっ!?」

『おめでとうございます!』

  

 当選番号を聞いた二人は同時にステージ側へと顔を挙げる。

 センターモニター表示された自分の席番号を目で確認した唯菜にスポットライトの光が当たる。


「……白里?」


 当選したことに感極まったのか、唯菜は手を組んだまま硬直している様子だった。

 いや、それ以上に唯菜はある光景に心を奪われていた。

 瞳の先に立つ憧れの人物が真っ直ぐと自分を見詰める。

 『おめでとう』と声に出さず、口の動きだけで伝え微笑む。

 その事実を受け止めた唯菜は遅れて当選したことに気付く。


「う、うそ!?当たったの……」

「おめでと、白里」

「え~やばっ……めっちゃ嬉しい!しかも、ヤバいよ。香織ちゃんがこっち見てるよ!」


 興奮状態が抑えられない唯菜は今までで見たことない歓喜に満ちた顔だった。

 ステージと陽一の顔を何度も往復し、嬉しさを身振り手振りで最大限に表現する。

 

「うん。良かったな。そうだな。やったな!」


 スポットライトの光がなるべく当たらない位置まで下がり、ステージではなく唯菜の方へと身体を向けた陽一は一緒に当選したことの盛り上がりを見せ、会場内に居る一人のファンであると最大限に誤魔化す。


(ヤバいヤバいヤバいって)


 画面には唯菜の顔しか映っておらず、実際に客席で喜びを露わにする唯菜とその隣の友人である男性も一緒に喜びを分かち合っている微笑ましい光景がステージにいる香織の目に映る。


(マズイ。スポットライトの光が当たる直前に慌てて一歩引き、「おめでとう!」と喜びを分かち合う風を装ってステージから身体を横に向けたのはいいものの、香織の目は完全に二人の方へと釘付けになっているままであろう……正面を向けば確実にバレる……)


 陽一は様子見がてら、横目でステージを確認しようとしたタイミングで唯菜は自分の方ばかりに身体を向ける陽一に近寄る。


「ダメだよ、いつまでもこっち向いてちゃ。ほら、ステージ見ないと……って、あ……」

「やべ」

『え?』

 

 唯菜が寄ったことでスポットライトの位置もずれ、完全に二人の顔がセンターモニターへと大きく映し出される。

 それを振り返って見るまでもなく香織は陽一の存在に気付いた表情で立ち尽くしていた。

 冷静に返った唯菜もまた陽一と香織がお互いに目が合ってしまったことに動揺する。

 香織の視線が二人へと黙って向けられているとその横でもう一人、指で『あっ』と陽一を指し示す。 


『さっきの人じゃん~』


 香織だけではなく、隣に立つ春乃もまたセンターモニターで顔を再度確認し、完全に気付いた素振りを見せる。それに気になった柚野が食いつくように尋ねた。


『なになに、はるのんの知り合い?』

『うん。ほら、お昼ご飯買いに行って、並んでた時に話してた人』

『あ~さっき言ってた』

『そ、そうなんだ~』


 春乃の言葉に引き攣った表情で香織も敢えて気付かない振りをする。

 実の兄が自分に隠してライブに参加していた事実に内心では驚きつつも、兄の身バレを避けるべく自身も赤の他人であるという風に装う。


『有明に遊びに来てた一般の人かと思ったけど、二人でLOVE香織Tシャツ着てるからめっちゃ香織推しだね~あのカップル~』

『かおりんモテモテ~』

『い、いやっ……それは……』


 クールで威風堂々とした振る舞いをする香織が二人の言葉に顔と耳を真っ赤に染める反応をした。

 

『え、かおりん顔真っ赤』

『香織!?どうしたの?』


 親友の豹変した予想外の反応に春乃は困惑した。

 いつもであれば『茶化さないで』と一蹴されて終わる筈。

 こんな風に恥ずかしがる様子を見せたことは過去に一度たりともないどころか、私生活でもよく一緒に居る春乃ですらこんな表情は見たことがなかった。

 

「ごめんなさい。大丈夫」


 客席を背に、一旦水を飲んで落ち着かせた香織は直ぐに平常心を取り戻す。

 中途半端に進行していたプレゼントコーナーを閉じるべく、もう一度スポットライトの当たる客席へと目を移す。その中の三人とカメラが自分に向いていないのをチェックした上でもう一人にだけ鋭く睨みを利かせる。

 それはあまりにもやり過ぎだと陽一はいなしてみせるも、この後に逃げられない追求が待っていることを今は深く考えようとしなかった。

 

『以上の当選した三名の方はライブ終了後、一階ホールのプレゼント受け渡し口にお越しください!』

『そして、発表はこれだけじゃありません』


 春乃の綺麗なフィンガースナップが決まると同時にモニターの画面が黒く染まる。

 画面の周囲がメラメラと燃える演出に切り替わる。

 大きく燃え盛る炎が次第に文字へと形を成す。


 『NEXT LIVE STAGE』

 『1TH IDOL FESTIVAL IN YOKOHAMA』

 『JULY 15』 

 『SCARLET JOIN!!!』 


 吉報が出た瞬間、大歓声と拍手の嵐が沸き起こった。

 周囲の人達はガッツポーズを決め「チケット取ってよかったー」といった安堵の声を漏らす。


「横浜アイドルフェスティバル?」

「今年の七月十五日に横浜の赤レンガ倉庫で行われるアイドルフェスのことだよ。参加グループ枠にまだいくつか空きがあってSCARLETも参加候補って噂されてたんだ」

「でも、この盛り上がりは?」

「赤レンガでは過去にも色々なアイドルグループが集まって行うイベントライブをしていたんだけど、今年は例年とは全く別の方法でやるみたい」

「別の方法?」

「うん。ファンの間ではこう呼ばれているの……横浜アイドルトーナメント」


 それはその名の通り、複数のアイドルグループが横浜の赤レンガ倉庫に集い、予選・本戦で一対一によるグループ同士の優劣を賭けた真剣勝負。各グループは一試合毎に一曲をお互いに披露し合い、十名の審査員による投票で勝敗が決するシステム。

 

「ファン投票じゃないからフェアだな」


 ファン投票だった場合、そのグループが有する知名度やファン数が勝利の絶対条件になる。

 そうなれば、ここに居る会場全員がSCARLETの味方で戦力とも言える。

 唯菜達と一緒にライブを行ったアイドルグループの参加者と比較しても、SCARLETの人気度は圧倒的。その原理が働く以上、到底他のアイドルグループに勝ち目はない。


 しかし、仮に唯菜やヒカリが所属するポーチカがそれに参加したとしても、万に一つ勝ち目がないことは二人も承知の上だった。

 優勝となれば、当然どこかのタイミングで目の前に居る三人が立ちはだかる。

 ついさっきまで凄まじく感動を与えるパフォーマンスを見せられた二人には完全にラスボスの如き手強い好敵手。

 彼女達、SCARLETを打倒する実力をポーチカは有していない。

 いや、そもそもの前提が間違っていた。


「まぁ、私のグループは呼ばれてすらいないんだけどね」


 それは陽一も同じ気持ちであった。

 身構えた所で、参加する権利すらなければ戦うことも出来ない。

 

「じゃあ、白里は観客として参加する側?」

「勿論!優勝までお付き合いしますとも!」


 自分達に声が掛かるまでもないと決めつけていた唯菜は端から応援する側でこのアイドルフェスティバルを注目していた。

 それ故に、このライブ終了後に急ぎ追加チケットを二枚分購入すると決めた。


『それではここで、私達の一回戦目の相手をご紹介いたします』


 対戦相手もこの場で発表されるのか。

 軽い気持ちで画面を見詰める。

 

『一回戦目の相手はこちら!』


 四人のメンバーとアイドルグループ名がモニターの中で紹介される。

 それを客席から見た陽一と唯菜は同様にして『え?』と声を漏らした。


『チーム名はポーチカ!リーダーの白里唯菜ちゃんや今ゲーム実況で話題沸騰中の毒舌系銀髪碧眼ロシア美少女のルーチェたんを率いるメンバーです!!』

『なんで、春乃はそんな誇らしげなの?』

『はるのん、美少女好きだもんね。特に銀髪の小さな可愛い女の子には見境ない』

『いやぁ~私、ルーチェたんに会いたかったんだよね。勝ったらお持ち帰りアリかな?』


 『そんなルールはないわよ』と香織がツッコミを入れ、会場内を笑いで沸かせている最中、全く笑えない二人の人物が互いに蒼白な顔で立ち尽くしていた。

 噓だろ……。

 受け入れ難い現実を前に思考が完全に停止した状態で自分の所属するグループ名を左からゆっくりと視線を横に画し再度確認。すると、画像の所である点に気付く。


 あれ、俺(ヒカリ)だけいない。


 四人は映っていたものの、ヒカリの写真だけがまだなかった。

 ジルの方からデビューライブはまだ当分先だという風には伝えられていた。

 正式な新メンバー加入発表をした上でグループ画像も改めて撮り直す。それがまだ変更されていないということはこのライブでポーチカのメンバーとして参加することはないのだと陽一は悟った。

 なら、気持ち的にまだかる……


『ここで対戦相手側の新情報が入りました!なんと、ポーチカに新たなメンバーが加わるようです!』

 

 ……え?


『私達のライブがデビューライブとのこと!相手側もこれはかなり本気だぁ!』


 場を盛り上げる司会者の様に春乃が伝えるも、会場内の雰囲気はいまいち盛り上がりに欠けた。

 ポーチカというアイドルグループ自体まだ知名度は圧倒的に低く、知る人もごく僅か。

 そんなグループがSCARLETの初戦だと聞かされた所でファンの中で勝敗予想は決まったも同然。いくら新メンバーを加入しようとも、その予想が変わることは決してない。


『うーん。みんなはあんまり知らないか』

『アイドルオタクの春乃はともかく……私も今初めて知ったよ。そのグループ』

『うんうん。私も~』

『結成してから半年だし、知らないのも無理ないか~』

『でも、油断はしない。そのイベントに参加する以上、私達も全力で戦う』

『お~かおりんカッコイイ』

『それでこそ、香織だよ』

『その前に先ず、今日のライブを成功させないとね』


 二つの発表を通じて残り二曲、全力全霊で歌い切る体力を取り戻した三人はフィナーレを迎える準備を整える。

  

『いくよ。最後まで付いて来て!』


 香織の掛け声と共に曲がかかる。

 沈黙していたファン達を再び目覚めさせ、ファンも同様に彼女達と並び走るかの如く熱量を応援へと変え、会場内は今日最大の盛り上がりへとヒートアップする。

 そんな熱気が満ちる会場の中で一点だけ完全に沈黙状態な二人は虚ろな目のまま、耳にから入る曲に否応なしに身体反応し、ただペンライトを振るうだけのロボットへと変わり果てていた。

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