第21話 関わり/再会?④
場所はりんかい線の国際展示場駅から徒歩約六分。
東京都江東区有明に位置する大きな複合ショッピングモールが今回の舞台。
ホテルや劇場、温泉施設が隣接する他に、某有名な家具良品店を始めとした二百を超える多くの店舗が収容された大型商業施設で知られる。
噂では聞いていたが、実際に見るとあまりの大きさと充実した店舗数にワクワク感を抱く。特に劇場下に位置する家具良品店にはかなり興味があり、時間が許す限りであるならじっくりと見たい。
いけない。いけない。
今日はあくまでも相談役としてここに来ているんだ。
白里の悩みとやらをしっかりと聞かねば……おっと、ここか。
現地集合を呼び掛けられ、指定された定刻よりも五分前に到着する。
入り口付近で待ち合わせするとのことだったが、大きな商業施設のため入り口も複数存在する。尚且つ初めて来る場所で土地勘も全くないことを考慮し、白里から劇場と商業施設の間にある大きな階段付近で待っていると伝えられた。
そこに到着するとグレーのベレー帽に、フリルの付いた半袖シャツに黄色のミニスカートを履いた白里が少し大きなトートバッグを持って階段前の壁に背を預けたまま音楽を聞いていた。
そんな彼女の前にそっと身体を出し、着いたことに気付かせる。
「ん?おはよー」
「おは」
イヤホンで聞こえていないだろうが、軽い挨拶を交わす。
「早いね」
腕時計を覗いた白里は感心そうに呟く。
俺が時間通りに来ない人間だと思われていただろうか。
学校での生活を見られていれば時間にルーズっぽいと思われても仕方ない。
「意外と遠かったからちょい早めにきた。そういう白里さんの方が早かったけど」
「ん~まぁ、私はちょっと用事あったから」
「用事って事務所関連?」
「ううん。そっちは関係ないよ……私的な理由があってね」
事務所関連であれば俺も少なからず関わる話だが、それが関係ないなら追求する必要はない。
「まぁまぁ、取り敢えず中に入ろう。私、お腹空いちゃった」
「同じく」
昼食に賛成し、大きなショッピングモールの中でお昼にするとした。
東京湾岸地区で最大規模の大きさを誇る商業施設なだけあって店内は広々とした空間であった。
週末の日曜日なだけあって家族連れの客がとても多く賑わっている雰囲気。
正直に言って、デートに向いているかと言われるとそうではない気がする。
端からどこかのテーマパークに行って二人で楽しむ。なんてことは場所がここに指定された時点で期待しても意味がないと分かった。
それにしても、何故有明なのか少し気になる所ではあるがそこは後で尋ねるとしよう。
「……てか、さっきから流れているこの音楽なんだ?」
聞き慣れないメロディーが店内放送でずっとリピートでされている。
個性的な音楽。というか、リズムが何だか独特的で、歌詞もまたアニソンみたいな曲調。
それについて疑問に感じているとこちらを振り返った白里が少し驚いた表情を向けていた。
「え、なに?」
「い、いや何でもないよ。それよりここの席座ろ」
五階のフードコート内に水のテラスが一望できる窓際の席が丁度空いているのを見つけ、埋まる前に直ぐそこへと座った。
俺と白里はお互いに向き合う形で腰掛け、少し一息吐く。
座った途端、白里は珍しく欠伸を浮かべた。
よく見ると少し目も赤く、今にも眠たげな表情でいた。
「何だか、お疲れみたいだな」
「今日はちょっと早起きしてね。それで少し眠いんだよ」
毎朝、朝のダンス練で早く起きて学校に来ている白里は俺とは違って授業中に居眠りなんてしない。ごくたまにうたた寝している時があるのはたまに見かけるが、俺なんかとは違って勉強にも真面目に取り組む優秀な成績を修める生徒の一人である。
だからか、こうして同じ立場になって俺は白里唯菜という人間を深く尊敬した。
表裏がなく、真面目で一生懸命。どんなことにも真剣に取り組む姿勢は感銘を受けた。
「ん~今日は結構眠いかも……」
これまた珍しく、机の上に突っ伏しながら気の抜けた声で睡魔に抗っていた。
「眠いなら少し寝てても構わないけど」
「うーん。そうさせてもらおうかな。一応、このあとに向けて体力を溜めておかないといけないし」
「このあと?」
そう言えば、今日は半日以上時間を空いているか聞かれたんだったな。
夜まで一体何をするのかは教えてくれなかった。
別にやましい意味合いが一切なのは周知の上だ。
ただ、白里の言う『このあと』に何があるのはか気になって仕方がない。
それにもう一つ気になるのが、前で座っている中年のオジサン達が同じロゴマークの入ったTシャツをペアルックで着て談笑しているのに少し目がいく。
「今日って何かイベントでも……って、寝ちゃったか」
「すーすー」と言った寝息が聞こえてきたことに微笑した俺は『グ~グ~』と鳴り続ける空っぽになったお腹を満たすべく、フードコート内にある美味しそうな昼食を買いに向かった。
「あんまり見たことない店ばっかだな……」
ラーメンやハンバーガー、ステーキにパスタと様々なグルメが選びたい放題で並んでいる。
有明の大規模なショッピングモールってなだけあってか、最寄りの駅や某有名な系列店の名前を冠するお店は少なく、店舗数の少ない個人店が比較的多い。そのため、値段も少し高め。
小遣いの少ない学生身分ではちょっと高く思えてくる品々ではあるが、今日の俺はそんなものを気にせずに食べると決めていた。
事務所に入った際に協力金として受け取ったお金が意外にも多く、欲しいゲーム機器をソフト諸共迷わず買えてしまう金額。しかし、ルーチェからゲーム機器は貸してもらったので結局のところ使うことなく、自分の部屋の貯金箱にしまったままであった。
その一部を今日は財布の中に入れ、来ていることもあってか全然安く見えてしまう。
「ここにするか」
少しばかり長い行列の出来ているハワイアンハンバーガー店。
看板メニューに貼られたバンズからはみ出る分厚い肉厚パティとその間に入っている大量のとろけるチーズの写真が見事に空腹感にそそられ即決。
俺の腹の虫も『これだ』と言わんばかりに『グ~』と鳴り響く。
食べるのに時間がかかりそうだが、白里も寝ているし待つくらい造作もない。
メニューから視線を外して、列の最後尾に目を向ける。
そこへと並ぼうとした直前、一人の少女が急いだ様子で前に入る。
空いた隙間のスペースに潜り込む猫の如し俊敏さで一つ前を確保された。
「セーフ……じゃ、なかったかな?」
息を切らしながらマスクに覆われた顔を挙げた直後、帽子の下から見えるカールのかかった桃色髪のショートヘアーに目がいった。
見覚えのあるその髪型に注目していると目が合う位置に顔を挙げた少女は尋ねた。
「あの……もう遅いと思うんですが、前に並んでもいいですか?」
うん。本当に今更な質問をしてくる。
「別に横入りではなかった…から、どうぞ」
横入りされたとは思っていないし、急いでいるなら一つ前を譲るのは構わない。
「本当に!ありがとう。休憩時間一時間しかなくて、でもどうしてもここのハンバーガーが食べたくて」
「はぁ……」
そこまで有名なハンバーガー屋と露知らず並んでいた。
あの看板を見る限り美味しくない訳ない。
絶対に美味しいに決まっている。そう更に強い期待を抱く。
「あー暑い。走るとマスクで蒸れちゃうな~」
そう言って、顔をこちらに向けたままマスクを外す。
その下に隠れていた素顔を目の当たりにした俺はある記憶が蘇った。
「この間の……」
「え?あ、やばっ……」
素顔を見られたのが不味かったのか、慌ててマスクを付け直す。
間違いない。この少女は前に渋谷で一緒に買い物をした時の人だ。
まさか、こんな場所で再会するとは思いもしなかった。
会ったのはあの日以来で、お互いに名前すら知らないため繋がるきっかけが全く無かった。
次に会った際は名前くらいは聞いておこうかと思っていたが……って、いや待て。あの日の姿は陽一ではなくヒカリだった。
同一人物である俺にとっては再会だが、この少女にとっては初対面も同然。
ここは他人行儀に徹する他あるまい。
「あの~すいません。人違いでした」
「ヒトチガイ?」
「はい。先日会った人と少し顔が似ていたので、それで……」
「あ、あぁそうでしたか、そうですよね。私達、初めましてですもんね」
落ち着いて誤解を生まないように誤魔化す俺に対して、少女は少し慌てた様子で会話を続ける。
「今日は何をしにここまで?」
「友人に誘われてここに。俺も何をしに来たのかはっきりと分かってはいませんが」
いや、本当に何をしに来たんだろう。
ここでハンバーガーを食べに、違う女の子と話すために来た訳ではなない。
「え?そうなんですか……もしかしてこの人、ファンじゃないのかな」
最後の方に何かブツブツと小さく呟いていたが全く聞き取れなかった。
すると、急にパァと明るくなった少女は少しばかりテンションを上げる。
「いや~本当にごめんなさい。すっごくすっごく楽しみにしてて」
「ここ、そんなに美味しいんですか?」
「インショとかで割と有名なんです。有明ってあんまり来ることないからこの機会に来たくて」
この話し方。やはりこの間の少女だ。
スイッチが入ったのか、絶えることのない弾丸トークが止まらずに聞かされる。
基本的に誰かと話すのが好きな性格なのであろう。
話題を自ら発展させて、勝手に盛り上がっている。
二回目だから慣れた。
それに黙ってスマホを見ながら待っているよりも、こうして話している方が時間が長く感じなくて済む。言い換えれば、退屈しのぎになる。
「うん。何だか君って話しやすいね」
「そう?」
「私の親友もそうなんだけど、全然どうでもいい話を聞きに徹してくれて適当に相槌を打ってくれるとこ」
「……それ、褒めてる?」
俺と同じように聞いている子も果たして親友なのか疑わしく思えてくる。
「褒めてる。褒めてる。それに何でか知らないけど、君で二人目なんだよね。初対面なのにこんなにも話しやすいって思えたのは」
二人目か。もしかしたら、一人目は同一人物だったりしてな。
「お次のお客様。お決まりでしたらお伺いいたします」
「あ、は~い。じゃ、またね」
自分の番が来たことに気付き、マスク越しでも伝わる無邪気な笑顔を浮かべ、小さく手を振ってレジの前に立つ。元よりあまり時間がなかったことに気付き、なるべく急いで商品を作ってもらい、受け取った少女は駆け足でフードコートを後にした。
「あ、名前。また聞きそびれた……けど、まぁいっか」
何処かでまた会える気がする。
次はどっちの姿で再会するかは分からないけど、その時に名前を尋ねるとしよう。
そんな想いを抱きながら、少女が美味しいと絶賛した商品名を口にしたのだった。
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