第22話 関わり⑤

 これは憧憬。

 ずっと前にとあるライブフェスに参加したあるアイドルグループを観た時。

 当時は参加したフェスの音楽グループの中でも全く知られていない程の知名度。

 運営のコネで参加を認められたアイドルと揶揄され、誰にも期待されないまま彼女達の出番がやって来た。


 ステージに立った三人の少女。

 今日が彼女達のデビュー日なんだとか。

 それ故に彼女達を知るお客さんは会場の中に一人もいない。


 登場と同時に静まり返った会場の雰囲気はつい先程まで熱唱していたアーティストによる大きな盛り上がりが一気に冷めてしまったかのように感じた。

 そんな彼女達を本気で応援する気もなく、初めて耳にしたグループ名を知っている風に見せかけて叫ぶ参加者も所々で見られた。


 ステージに立っているのは私と同じくくらいの年齢であろう三人の少女達。


 もし、あの場に自分が立っていると考えただけでも怖い。

 お客さんが向ける彼女達に対する興味はない。

 多くの人が着席し、この後の後半戦に控える音楽グループの休憩潰しとしか見ていない。


 彼女達もまた自分達がどう見られているのかを理解していた。

 両端に立つ桃色髪と緑髪の少女は今にも泣きそうな顔で立っていた。


 けれども、真ん中に立つ黒髪の少女は違った。

 一切の弱さを見せず、堂々とした立ち振る舞いで音楽が流れるのを待つ。

 両隣の二人の手をそっと握り、何か一言告げる。


 それを聞いた二人の表情がガラッと変わったのを機に音楽がスタート。

 そして、センターの少女が発した美しい一声に半数の客がステージを見つめ直す。

 透き通った綺麗な声。最初の方で歌っていた有名なシンガーに負けず劣らずの歌唱力。それでいて、私の中にあるアイドルという概念を覆すようなこの真夏の炎天下でより盛り上がることの出来るポップな曲調に合わさった三人の激しいダンスパフォーマンス。


 このフェスにおける彼女達の出番はたった一回きり。

 初めてのデビュー曲に、デビューステージ。

 それに萎縮していた両端に立つ少女の目にもう曇はない。

 センターの少女が二人に合わせながら、それでいて二人の手を引っ張って一緒に前に進もうとする。二人もまた少女に付いて行こうと一生懸命なパフォーマンスを披露してくる。


 そんな彼女達に私は目を背けず、自分達を知らないお客さんに対して真っ向から勝負を仕掛けたセンターの少女にいつの間にか心を奪われていた。


 凄い。

 凄すぎる。


 そんな想いを抱いていたのは私だけではなかった。

 同じように魅せられたお客さんがサビに入るまでにどんどん増えていく。


 最初と空気感が違う。

 ジリジリと肌を焼く鬱陶しい真夏の太陽なんて気にする間もないくらい多くの人が熱中していた。

 この時間が休憩だと思い、座っていた人達もいつの間にか腰をあげ、身体全体でリズムを取っている。 

 それは私も同じだった。


 溢れんばかりのワクワク感が抑えられない。

 それ以上に私はセンターの少女から発せられる輝かしい魅力に完全に憑りつかれた。

 サビに入る直前、会場の雰囲気を自分達色に変わった。または、変えさせた。

 自分達の挑戦が勝利をもたらした。


 その確信を得たことにセンターの少女は気付く。しかし……

 『まだ足りない』

 『もっともっと熱くさせたい』

 『それに勝負はここから』

 『ついてきて!』

 そんなメッセージが脳裏に刻まれた瞬間、サビに突入。


 三人は声のトーンをワンテンポ上げて今出せる全力全霊のパフォーマンスを残りの約三十秒間出し続ける。

 その後は倒れたっていい、フェスに参加が出来なくなっても構わない。

 自分達が覆した会場の色をもっともっと自分達色に染め上げる。


 これは下剋上。

 このフェスで一番輝くのは私達だ! 


 少女達の負けん気と言うべき声が会場内に響き渡る。

 小さな身体を大きく振るって存在感の大きさをアピール。

 小さく萎縮していた二人もまた、センターの少女と同様な耀きを放つ。

 先頭を走るセンターの少女に二人もまたくらいついていく。

 その一体感に圧倒された私は初めて憧れを抱いた。


 こんな風になりたい。


 彼女達が作った光景を自分でも作って、ステージ上からみてみたい。

 そして、私は……センターの少女である三津谷香織になりたい。

 どんな逆境に立たされようとも凛々しく笑顔が絶えず、真っ直ぐ一生懸命で……心の底から好きだと思えられるような彼女になりたい。


 これが私の抱く憧憬。

 忘れもしない中学三年生の夏休み。

 その日を境に私は変わることを決意した。


 しかし、変われなかった。

 臆病さを捨て、揺るぎない自信を持った彼女みたいには未だ成れていない。

 むしろ、私と三津谷香織との差は到底埋まることはない。

 差は縮まるばかりか、逆に大きく開き続けている。


 前に進めない私と前に進む彼女。


 その差が一体なんなのか、私は知りたい。

 その為に今日、私は……


 少しいい匂いがした。

 ジューシーなお肉の香り。

 朝ご飯も食べず早朝から物販に並びながら空腹に耐え忍んだお腹がいい加減に何か摂取しろと告げてくる。

 

「……なんか、美味しそうなもの食べてる」


 起きて早々、見るからに食欲を刺激してくる少し大きめハンバーガーをとても満足そうにして食べているクラスメイトの顔が映った。


「おはろー」


 モグモグと口を動かしながら軽い挨拶を交わす。

 体感的に一時間くらい寝てしまっていただろうか。

 机の上に突っ伏して寝るのはあまり慣れておらず、熟睡したとしても出来て三十分なのだが、今日は疲れていたのもあってか最長睡眠記録を更新した。


 ちなみに目の前に居る彼は最長で二時間近く平気で熟睡出来る猛者として知られる。

 一度、二・三限の授業をまるまる寝て過ごしていたあの見事な爆睡っぷりに感心した。

 三限が移動教室だとも露知らず、彼の友人が揺らしても起きないまま暢気に寝ている様を見たクラスメイトは彼の事を裏でこう呼ぶ。『ミツヤバクスイオー』と。

 それはさておき……


「私の分はないの?」

「いや、寝てたし。いつ起きるか分からないから買ってないよ」

「薄情だ」

「理不尽だ」


 冗談だと分かりながらも彼は会話のキャッチボールをしっかりと返してくれる良い人。

 よく話すようになってからはまだ日が浅いけど、彼もまた双子の妹である香織ちゃんと共通する部分が意外にも多いせいか仲良くなりやすいと感じる。

 

「三津谷君って意外に女の子と話し慣れているよね」

「中学の頃、香織絡みで散々声を掛けられたからな。その分、男子には恨まれてた」


 中学生男子の嫉妬は至って単純明快。

 自分よりも女子と喋っている他の男子生徒を見ると無意識に毛嫌いしてしまう傾向にあると、私の中学生の弟が口にしていたのを思い出す。


 だが、三津谷君みたいな特殊な境遇な場合、嫉妬する側の気持ちは分からなくはない。

 三津谷香織という妹を持っているというだけで嫉妬対象と見なされて当然。

 その事実を知ったあの時の私も心の底から羨ましいと思った。


「だから高校では言わないの?」

「前も言ったろ。そもそも信じてもらえないんだ」

「あ~そんなこと言ってたね」

「まぁ、そのお陰で平穏な高校生活を送れているから安心して過ごせる。中学の頃はマジでやばかった……」


 記憶の隅に追いやっていた黒歴史が思い出させてしまったのか、さっきまでの豪快な食べっぷりが今では物が口につかないくらい止まっている、


「私も食べ物買って来るね。ちなみにそのハンバーガー美味しい?」


 聞くまでもないのは分かっているが、彼の食欲を戻す為に敢えて尋ねる。

 意外にも食に目がない性格なのか、再び手にある肉厚濃厚なハンバーガーにかぶりつきながら親指をグッと立ててアピールを促す。


「なんかこれが一番美味しいらしい。デラックスジューシーハンバーガーセット」

「じゃあ、私もそれにしよっと」


 テーブルから立ち上がり、フードコート内にある彼が食べていたハンバーガー店へと向かう。

 時間的にまだお昼ではあるが、そのピーク時間は過ぎていた。他のお店はお昼の行列を乗り越え、クールタイムに入っているのに対してハンバーガー店だけ異常な例が出来ていた。

 

「多い……けど、進んでいる」


 効率が良いのか、意外にも人の進みが早く見えた。

 待ち時間もそこまでかからないと推測し、そのまま列へと入った。

 待ち時間に携帯端末のインショのアプリを開き、今日のライブに向けた彼女達の意気込みか何か綴られていないか確認すると、五分前にメンバーの一人が写真付きで投稿していた。

 

「これって……」


 先程、三津谷君が食べていたのと全く同じハンバーガーがピックアップされていた。

 お昼休みに自ら買いに来ていた事を知った私は自分が寝てしまっていたことに怒りを覚えた。そして、もう一つ怒りを募らせる……いや、嫉妬心を煽る内容が書かれていた。

 『列に並んでいる間、会話に付き合ってくれた見ず知らずの一般の方ありがとー』というコメント。それを見たファンがコメント欄にて『はるるんと喋れただと!?許すまじ』『はるのちゃんと喋れた一般人つよ』『そこ代われ』といった返しコメに深く賛同した。


 そして、そのコメントを見た直後から後ろで列が長くなっていることに気付く。

 一度はお昼を食べたファンの人達が推しの食べた同じハンバーガーを食べる為に並び出したのだ。

 影響力とは凄まじいものだと改めて実感しながら、このハンバーガー店を一足早く教えてくれた三津谷君に内心感謝した。

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