第6話 序章⑤

 再び社長室と自宅を兼ねた真っ白な清潔感漂う部屋に戻ってきて直ぐ、変身を解いて確認する。

 やはり読み通り、容姿と身体の構造が全て元に戻っても着ている衣服に変化はなかった。

 詰まる所、某魔法少女アニメの設定みたく変身解除後に元々着ていた服に戻るのではなく、変身前後の衣装変化はないことを意味する。


「これ、どうにか出来ないんですか。変身しようにも場所が限られます」


 これでは迂闊に変えられない。

 変身する度に女子ものの下着や衣服に着替えないといけないのは面倒だ。

 最悪、下着は男のままで構わないが……問題は変身する場所である。


「ん~それに関しては調整不可だから。もういっそのこと女の子になるとか」


 冗談で言っているのだろうがそれは却下だ。


「俺の私生活を壊すつもりですか。第一、あの姿のまま学校に行けば白里に一瞬で正体がバレるでしょうが!それに家族にはどう説明するつもりですか!」

「まぁまぁ、落ち着いて欲しい。僕もちゃんとした対策を用意するつもりさ」

「常日頃からボーイッシュな服装で男女どちらとも取れない格好とかは却下で!」

「いやいや、単純な話。君が変身出来る場所があれば問題ないのだろう」


 端的に言ってしまえばそうだな。

 誰にも見られることなく、変身して、着替えが出来る。この三要素が揃えば問題ない。


「じゃあ、事務所の近くにあるマンションに君だけの部屋を設けよう」

「……一人暮らししろと?」

「そこは自由に使ってもらって構わない。三ツ谷ヒカリという存在する筈のない人間を完璧に演じるための小道具として扱っても構わないし、秘密基地みたく使うのも良し。あ、家賃に関しては心配しないで大丈夫さ。なんせ僕がオーナーだからね」


 いや、この人マジでなんなの。

 滅茶苦茶大金持ちなのは分かったけど、その素性があまりにも不明過ぎて怖い。

 知ると厄介な印象を持ちそうなのであまり触れないでおこう。


「それなら…いいですけど、どうして俺にそんな拘るんですか?」

「言ったろ。僕は君が必要なんだ。君がというより、この際は三ツ谷ヒカリという君がね」


 欲しいのは陽一の中身と三ツ谷ヒカリという作られた外見。

 明確になっている分、別に嫌な気がしなかったが、一つどうしても気になる点があった。


「アイドルで活動することに何か意義はあるんですか?」


 ジル社長が俺にアイドル活動をさせる芯の部分が全く見えない。

 この活動の先にある目標・目的とは一体何か。

 メジャーデビューを果たす事が目標であるとするなら、数年も経てば三人は人気になりそうだと思った。確固たる根拠はないが……


「僕にも夢があるのさ」

「夢?」

「僕が手掛ける子達がいつか、大勢の人々から拍手喝采を送られる光景。そして何より、彼女達なら僕の失くした輝き……いや、違う輝きを見せてくれる。とね」

「……冗談ですよね」


 全然本気に聞こえない。

 ふざけているのかとすら思った。

 そんな冷めた反応を見た彼は肩を竦めて本心を述べる。


「まぁ、半分冗談で半分本気さ」


 半分は本気なのか。

 この人、外見は理知的に見えるのに頭の中身は意外とお花畑なのかもしれない。

 

「安心してくれ、君にもその景色を見せるからさ」

「女の子として知らない男の人からチヤホヤされるのは嫌です」

「そればっかりは慣れてくれとしか言えないね」

「程々でお願いします」


 何をどう程々にするのか、自分でもよく分かっていない。

 これから先に待ち受けるアイドル活動がどんなものかすらまだ鮮明には映らない。

 だが、やると決めたなら嫌々でもやらざるを得ない。

 例え、ファンから一人の女として色物で見られようとも!


「そう言えば、聞き忘れていたけど……君は妹ちゃん。三津谷香織ちゃんがどういったアイドルなのか知っているのかい?」

「知りませんけど」


 さも、当然の如く。

 妹に一切興味がないと伝える。


「でも、今日白里から少し聞きました。香織が自分の憧れるアイドルだって」


 白里がそう思えるくらい香織は魅力的なアイドルなのだろう。

 実際にライブしている所とか見たことがないし、家に居る時はソファの上でゴロゴロと寝そべって、暇している様子しか見たことがないからゴロ寝自堕落系アイドルのイメージしかない。


「まぁ、この業界に入るのであれば彼女が如何に凄いか……僕が言わずとも知ることになるだろう」


 香織のアイドル事情に関して詳しいことは知らない。

 家でも自分から聞くこともなければ、香織が言うこともない。

 だから、今まで無関心で在り続けていたが……これからはそうはいかない。


 香織のことがいくら嫌いだろうと。

 これからは香織と同じ土俵(ステージ)で競い合ったりするのかもしれない。

 そうなれば自ずと知ることになるのだろう。白里やジル社長が言うように……香織がどんなアイドルとして活動しているのか。


「気になるかい?」

「別に……」

「ははっ、君は素直じゃない。まるで僕の妹みたいだ」


 さっきゲーム配信していた暴言の子か。

 

「妹と仲良くないのですか?」

「あっちは難しい年頃でね。僕が何を言おうとも聞く耳持たず、自由気ままで横暴な引き籠りになった彼女とは擦れ違いが多くて困るよ」


 兄妹関係というよりも親子関係に近い気がする。


「まぁ、彼女はいずれ紹介するよ。明日辺りにでも……部屋から引っ張り出して」


 今日のレッスンを無断でサボり、挙句の果てには無許可で動画配信を行って自立するための資金を稼ごうとしている妹にお灸をすえることを誓うジル社長達の関係はまだマシだと思えた。


 俺と香織の場合……俺が一方的に香織との関係を断とうとしている以上、縮まることはないのだから。

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