第5話 序章/紹介④

「さて、手続きは以上だよ」

「その紙にサインしただけですが」


 住所や電話番号といった個人情報は一切記入しなかった。

 彼はあくまでも、三津谷陽一と三ツ谷ヒカリは別人であるとしたいらしい。

 芸能界入りを果たしたのは三ツ谷ヒカリであって三津谷陽一ではない。

 本当の自分はただの一般人。そうはっきりと区別するのは自身にとっても望ましいことではあるが、契約というにはあまりにも簡略化され過ぎて不安になる。


「あとの手続きはこちらに任せて欲しい。僕が責任をもって偽造するよ」

「それ、犯罪では……」

「そういうことは気にしないで、さぁさぁ取り敢えず、君を彼女達に紹介しよう」


 新しい玩具を見せびらかしたい子供の如くテンションが高い。

 適当に話を纏め、そう言ったイケメン社長と再びエレベーターに乗る。

 二階へと着き、ドアが開かれると前の方から聞き慣れないポップスの音楽が聴こえる。



「一応説明しておくけど、エレベーターから降りて通路を真っ直ぐ進むとダンススタジオ、その手前の横に伸びた通路の奥に更衣室とシャワー室が用意されている。レッスン後に汗を流したくなったら何時でも使って構わない」

「白里達と……ですか?」

「興奮するだろう?」

「……否定はしません」

 

 白里達とレッスン終わりのシャワーを浴びる。それには興奮するだろうが、ヒカリの姿で一緒に浴びるとなると罪悪感が付き纏って躊躇いが生じるのが俺だ。

 恐らく、シャワー室を使うことはないだろう。 


 一通り、その二つの中がどういう所か確認した後にスタジオに繋がる厚い扉の前に立つ。

 ドアに手を掛けて引く間際、彼は何か思い出したように振り返る。


「念の為、入る前に確認しようか。君の名前は?」

「三津谷陽一」

「それは君、本来の名前だ。今の姿でその名を名乗るつもりかい?」

「……三ツ谷ヒカリ」


 ぼそりと初めて自分の偽名且つ芸名を呟く。

 口馴染みない感じが何とも受け入れ難い。

 心は完全に男なのに、女の名を名乗るこの気持ち。


 ネットゲームで女性アバターを使いたいがためにネカマに成り済ますのと意味が違う。

 アイドルとして活動する以上、【三ツ谷ヒカリ】という名は自分を表す名義。

 噓でもこの名前を名乗る以上は【三ツ谷ヒカリ】として演じ続ける必要がある。


 慣れないとな……この、見た目にも……


 今の自分を見ても誰だって三津谷陽一だと分かりっこない。

 だが、顔の造形は香織と瓜二つとも言える。本人の前で並べば双子なのかと勘違いされ兼ねない。

 その対策として、ヒカリの髪色を名前のイメージに合わせ柔らかな印象を与える様なクリーム色に染め上げた。これも腕に装着した機能の一つで、イメージした髪色に染まった事実には些か驚いた。


 いや、本当に。この腕輪なんなの?

 そう尋ねても『企業秘密』と一点張りでそれ以上は聞けなかった。


「うっかりして、自分の本名を漏らさないでくれよ」

「善処します」

「では、お披露目といこうか」

「その言い方はやめてください」


 などと苦言を呈している間に音楽が鳴り響くドアが開かれる。

 その中に三人の美少女がガラスに向き合って、曲に合わせてダンスレッスンをしていた。


 あまり聞いたことのないポップスの音楽に独特なリズム。

 これぞアイドルが歌うような曲かと思いきやエレクトリックなボカロ系に近く、想定していたアイドルの曲とは少し異質な感じがした。


 そのまま部屋の中に進んでいくと中央に見知った顔の人物が笑顔を絶やさずに元気よく踊っている姿に目を奪われた。鏡越しで背後に立った俺と偶然にも目が合う。一瞬間を置いた後に『あっ』とジル社長の存在に気付いたクラスメイトが一旦音楽を止めてこちらに振り返る。


「こんばんはプロデューサー」

「やぁ唯菜ちゃん。それに幸香と春ちゃんも。練習中に邪魔してすまない」

「いえ、大丈夫です。ちょっと休憩を入れたかったですし」

「なら丁度良かった。君たちに紹介したい子が……」


 そう全てを言う前にタオルで汗を拭う白里の視線が思い切り俺(ヒカリ)へと注がれる。

 暫く視線が重なり合い、じっくりとこちらを観察する様にジィと見つめてくる。


「あの……何か?」


 初対面を装って声を掛ける。すると、学校でも見たことがない笑顔で俺(ヒカリ)の手を取ると至近距離に顔を近づけてくる。より一層目を輝かせながらまじまじと見られることに恥ずかしくなり、心臓の鼓動が若干早くなる。目を逸らしながら少し顔を赤らめ「私の顔に何かついてます?」と尋ねるも、白里は退かない。そして……


「美少女だ!」

「え……?」

「美少女が来たよ!やったぁー、これでメンバーが揃いましたね!」


 えっと……どういうこと?


「あぁ、ごめんなさい。自己紹介をしないとだよね」


 元の定位置に戻ると一人ずつ自己紹介を始める。


「私は白里唯菜、十七歳。高校二年生です。よろしくね!」


 うん、知ってますけどね。

 何なら今日の帰り一緒だったし。とは口が裂けても言えないが、取り敢えず「よろしくね」と初めて女の子らしい仕草を見せて軽く挨拶を交わす。

 質の悪いこのイケメン社長は俺の反応を伺って面白そうに笑いをこらえている。


「じゃあ、次は私ですね」


 名乗り出たのは唯菜の左で両手を前で交差させ、上品な立ち振る舞いのまま笑顔で迎えてくれているおっとり系黒髪ロングの美少女。美少女というよりも、綺麗なお姉さんっぽい。背丈もこの中では一番高く、160㎝以上はありそうで、この三人の中では割と年長者の雰囲気が伝わる。


「一ノ瀬雪香(いちのせゆきか)と言います。年齢は二十歳で、都内の大学に通う二年生です。よろしくお願いいたします」


 俺より三つ年上。

 やはり三つ上か、と思わせるようなグラマラスな色っぽい体型に惹きつけられる大きな二つの巨峰に目が吸い寄せられてしまう。はっきり言ってお姉ちゃんに欲しい理想的な人だと見惚れてしまった。

 とまぁアホなことを考えるの止めて、とてもご丁寧な挨拶に倣って「こちらこそよろしくお願いします」と受け返す。


 そして、最後に一番右側で視線を色んな方向に流しながら緊張した様子でチラチラと伺う深い葵色を帯びたセミロングヘアーの女の子。

 見た目からして彼女もと同い年くらい。

 身長も三人中では低く、155㎝あるかないか。


「あの……私、楢崎春(ならさきはる)って言います。唯菜ちゃんと同い年で……高校二年生です」


 うん当たったな。


 この子も二人に負けず劣らずの可愛いさを秘めている。

 華奢でかなり細い体格で顔に掛かった前髪で少し顔が見えないが所々から見える目元や顔のパーツはお世辞抜きで整っている。引っ込み思案で謙虚ベースな性格は彼女の良さを少し押しつぶしてしまうようにも思えるが、キャラとしては元気な唯菜と対比していて悪くない。

 一先ず、彼女にも「よろしくね」と挨拶を返す。


「じゃあ、三人の自己紹介も済んだし。やろうか」


 ニコニコと何か裏に意図を含ませているような顔で挨拶のマイクを回してくるも、三人の美形さに意識を注ぎ過ぎたあまり、自己紹介を全く考えていなかった。

 三人とも結構あっさり自己紹介し終えていたし、こっちも簡単でいいかな。

 不自然ではない笑顔を維持したまま噓の自己紹介をする。


「名前は三ツ谷ヒカリと言います。十七歳で、通信制の高校に通う二年生です。よろしくお願いします」


 これなら当たり障りのない自己紹介だと言える。

 名前と高校に関して完全な噓。彼女達は虚構も同然の人間と自己紹介を交わしたことに少しばかり後ろめたさを感じるも、イケメン社長が考えた三ツ谷ヒカリ設定の一部を端的に紹介した。


「ヒカリちゃんって言うんだ。十七歳ってことは同い年だね」


 元気よくこちらに近づくと白里は何も知らずに噓をあっさりと受け入れた。

 そして他の二人も疑いの余地なく自然と認めてくれた。


「うんうん、これから同じステージに立つ仲間同士、仲良くして欲しい。特にリーダーの唯菜ちゃんは彼…ではなかった彼女に色々と教えてあげて欲しい」

 

 おい、アウトだろ!

 今の完全にアウトだろ!

 その間違いは俺が男の娘と勘違いされ兼ねないぞ。


 まぁ、どうせ着替えの時とかに服とか脱いでこの女性の身体を見せることになるんだ誤解を生んでもそこでどうにか解決……ん、着替え?


 今になって大きな事態に気が付いた。

 先程、女性ものの私服を渡された際に仕方ない感じで着替えを進めていた。そこで違和感がなかったのは、下着を変えなかったからである。

 男性もののシャツに、トランクスのパンツ。

 今後着替える際はそれら女性用に変えなければならない。

 女性から男性に変わるにあたって衣服はそのままという大きなデメリットがある。

 故に外で歩くには出来るだけ男もののカジュアルな服装でなければならない。


 スカートなんて言語道断。

 外の何処で女から男に変わった後で履き替えろと。

 多機能トイレでやれってか?


「おや、どうかしたのかい?そんな顔をして」

「ちょっと後で色々と話があります」

「すまなかった、ついうっかり……」

「それはいいですよ。俺が話したいのは違う件で……」

「あ、それとプロデューサー」


 話の途中で白里の声にイケメン社長は真っ先に反応した。


「なんだい?」

「ルーチェちゃん、今日は来てないんですか?」


 その質問に問われた本人もキョトンとした顔で聞き返す。


「来ていないのかい?」

「いませんね」

「あいつ、まさかまだ家に……春ちゃん、ルーチェ今何しているかわかるかい?」


 そう聞かれるのか分かっていたのか、予めに鞄からスマートフォンを取り出した楢崎さんがある動画アプリを開いて見せる。

 そこに映し出されたのは今話題沸騰の三対三(スリーオンスリー)システムで銃器をメインにして戦うバトルロワイヤルのゲーム実況動画で……どうやら配信中。数百名を超える視聴者を集めてゲーム実況を行っているようだ。


『うわ!また敵が来た!この、キルポにしてやんよ!』

『はいきたー、三タテ!キルポうま~』

『え、ちょっと待ってなんか敵、いっぱい来るんだけど!漁夫祭りは勘弁して!』

『え、てか。こいつらチーミングしてるじゃん!』

『ブリャーチ!』


 などと凄い勢いで叫ぶのが分かる。

 顔は出していないが、声だけで今日のレッスンに欠席した本人だと理解した楢崎さん以外の三人は浅い溜息を吐いた。


「ごめんよ。あいつには僕から言っておく」

「いえ、大丈夫です」

「とにかくだ。これでメンバーも五人集まったことだし。これから本格的なプロジェクトを始動しようと思う」


 気を取り直して、新たに陽一……もといヒカリが揃ったことでこれからの事を大々的に話す。

 それには三人も「おー」と喜ばしい顔を見せる。


「先ずは彼女がこのチームに馴れるように全員で協力して良い関係を築いて欲しい。幸いなことに君たち三人は心優しい美少女だ。ヒカリ君とも直ぐに打ち解けると信じているさ」


あとのもう一人は無理だと、間接的に俺は悟った。

 それにヒカリ君って……もう色々とツッコミ要素が多過ぎて困る。


「それではまだ手続きがあるからここでお開きとしよう。三人は引き続き、今日は自主練習に励んで欲しい」

『はい!』

「ヒカリ君、何か言っておくことはないかな?」


 特にはないが、ここで何もありませんとは言いづらい雰囲気。

 ここは改めてもう一度、軽い挨拶を交わして人当たり良さそうな印象を与えておくことに限る!多分。


「アイドルに関して、私は皆さん程ご存知ではありませんが、これから同じメンバーとして仲良く楽しくやっていけたら嬉しいです」


 本音を交えた言葉と笑顔の表情で述べると……


「うん。よろしくねヒカリちゃん!」

「よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく……お願いします」


 ……と三人も笑顔で温かく迎えた。

 そんな優しい対応にホッと内心で息を吐く。


 アイドルなんか……それも女性アイドルになるなんて思いもよらなかったけど、このメンバーとなら上手くやれていきそうだと心の底から思った。


「そう言えば、今更だけどまだ名乗っていなかったね」


 名乗りに遅れたことを今更ながら思い返すこの社長に『いや、本当に今更だな』と少し呆れる。


「僕はジル・ゴロウィン。改めてよろしく、三ツ谷ヒカリ君」


 柔らかな物腰から伸びた手を取り「君付けは不要です」と小声で返す。

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