二話 これって、転生した意味ある?
〈チュンチュン! チュンチュン!〉
雀の鳴く声と共に、朝日が私に新しい朝を知らせてくれる。
それはすなわち一一回目の始まり。憂鬱の始まり。
本来の私の名前は
数少ない友達の中では、異世界転生や召還、悪役令嬢を題材にしたゲームや小説が流行っていたみたいだけど、私は興味がなかった。それでも多少の知識はあるからわかるんだ。転生しているのは確かなのに、見た目がそのままだなんて、普通の転生物語では滅多にないはず。
それなのに……。
「東京に住んでいた頃の私って、ちょうど今くらいの年齢だったわね。姿形がそのままだなんて、奇妙な話だわ」
薄い灰色の髪に茶色い瞳、それに顔つきだけじゃない。背丈や肉付き具合だってそう。完全に日本で暮らしていた頃の私だわ。
「これって、本当に異世界転生なのかしら……」
ふんわりとした羽毛布団を顔まで被り、独りでに呟く。つい数分前までは男達に襲われかけ、投身自殺した私。
起きたくない。もう何もしたくないんだ。
それにどうせ、この後の流れはわかっているんだもの。ノックが二回鳴った後に部屋の扉が開いて……。
コンコン。ガチャ。
「お嬢様ー! おはようございまーす! 起きてくださーい! 今日から二年生、新学年ですよー!」
こんな感じで元気に挨拶してくるのは、我がヴェロニカ公爵家のメイドをしているメア。この屋敷で信頼できる唯一の人物なんだけど、仕事ができない楽天家。この異世界に転生した頃は、彼女の明るさに何度も助けられたわ。そんなに歳も離れていないし、親友とも言える存在だった。
でも今は……。
「……おはよう。今日から私の身の回りの世話は自分でするわ。さぁ、わかったら出て行ってちょうだい。着替えの邪魔よ」
ベッドの端に座り、顔を反らしながらメアをあしらう。メアの中の
「何を仰います! お嬢様のお世話をするのが私の勤めです! さあ、ベッドからお降りください!」
「着替えは自分でできると言ったでしょう? 何度も言わせないで」
「でも……今度新しく雇われた執事君に負けたくなくて……」
「メア、いい加減にしなさい」
「はい……失礼しました」
ガチャ。
寂しげに退室するメアの背を見つめ、ぎゅっと胸を押さえる。本当はこんな態度を取りたくはない。
でも、そうしないとメアは死んでしまうから。
私と仲良くしたせいで、二ヶ月後の私の誕生日に繁華街の大階段から落ちて死ぬ。大雨に曝された彼女の亡骸の隣には、一際大きなケーキが落ちていたらしい。『一七歳のお誕生日おめでとう!』と書かれたバースデーカードと共に。
「あんなに大きいのなんて、食べきれる訳ないじゃない……」
もう何が正しいのかわからない。何度もやり直した中で、何通りもの攻略ルートを探した。好きでもない婚約者に気に入られる為に、寝る間も惜しんで努力した料理や学力。魔法だってある程度は使いこなせる。誰にでも優しく接してきた。
それでも結末は同じだった。
これは現実であって、ゲームや小説なんかではない。私にとってここは、永遠に抜け出すことのできない地獄だ。
「お嬢様ーっ! いってらっしゃいませー!」
あんな態度をとられたにも関わらず、正門まで付き添ってくれたメアが私を見送ってくれる。このレムリア学園は貴族や富豪が通う特権学校だから、誰もが皆、使用人を抱えているんだけど……。
「「「アメリナお嬢様、いってらっしゃいませ」」」
「うん! いってくるね!」
今日から入学した一学年下のアメリナには、三人もの使用人を控えさせられていた。彼女は家族に愛された実の妹。扱いが私とは大違いね。
「あっ、アンスリアお姉様! 待って!」
「……おはよう」
転生する度、最初の朝は決まってアメリナに捕まってしまう。時間をずらしても、遅刻してもそう。欠席しようものなら部屋まで直接向かえに来る。
未来は変えられない。どう足掻いても、この後の事象は必ずして起こるんだ。
「……それでね! 中等部の歴史の先生にチクチクと説教されちゃったんだ」
「……そう」
何度も聞いたアメリナの話を聞きながら、安山岩を敷き詰めた床石の庭園を二人で歩く。何重もの円を描くように花達が咲き乱れ、一刻とて休む事なく、噴水が湧き上がるその庭園。
正門から校舎へ向かうには、必ず通る場所なんだ。だから必然的に大勢の生徒達が行き交う。
「そうなの! それがあまりにも長くて……」
ドン!! バシャーン!!
庭園の中心に差し掛かったところで、必ず起こる出来事。何かに押された私がつまずき、隣を歩いていたアメリナを突き飛ばす事に。それが見事に噴水へダイブ。妹までも虐げる極悪令嬢が誕生する日だ。
「お姉……様? どうして突き飛ばしたの? ……いえ、ごめんなさい。私ったら、騒ぎすぎですよね……」
「……。」
最初の頃は、すぐに助けに行って弁解した。でもそれも無意味。身の潔白を示す証拠がないどころか、私が押した現場を目撃した生徒が、こんなにも大勢いるんだから。
「お姉様、待って! うっ! 痛っ」
水場でびしょ濡れになるアメリナが私を呼ぶ。それでも私は立ち去ろうとする足を止める事はない。
本当なら駆け足で逃げ去りたいくらいだ。この後の事を思うと……。
「君、大丈夫かい? さあ、手を」
背後から聞こえる男性の声。それはとても優しく、凛々しい声色。誰もが聞き惚れて耳を傾けてしまうほどだ。
「あ、ありがとう……ございます」
その声の男性は、自分が濡れる事も顧みずに水場へ入り、アメリナを抱き上げた。
「待つんだ、アンスリア。彼女は君の妹ではないのか?」
ぴたりと足を止め、踵を返す私。顔を上げればそこには、婚約者である王太子ジュリアン様の姿があった。明らかに難しそうな表情の彼。いい加減見慣れたわ。
「ええ、そうですわ」
大層煩わしそうに返事をする。実際そうだし。
「もう少し、他者への配慮を考えてくれないか。次期王妃として、貴族としての在り方を見直すべきだ」
「そんなもの、私にはなんの意味も価値もありませんわ。婚約を解消したいのであればどうぞご自由に。いつでもレオニード公爵とシャルロット夫人を付き添い、馳せ参じますので」
「……アンスリア」
「それでは……失礼致します」
深く頭を下げ、その場を立ち去る。人だかりの中を通る最中、今にも殺されそうな鋭い視線が刺さり、ヒソヒソと陰言を言われてしまう。
大観衆が見守る中で王太子に不敬な態度をとったんだから、当然ね。
再び始まる地獄の日々。
輪廻するこの世界を終わらせる事は、未来永劫叶わないんだ。今更何かをする気にもなれない。感情が湧かない。なぜなら……。
私はもう、諦めたから。
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