何度やり直しても無理なんです! ~悪役令嬢に転生した私だけど、やっぱり悪役にしかなれない~

緋色

一話 それでは皆様、来世でまた、お会いしましょう

「アンスリア、すまないがもう限界だ。長きに渡る君との婚約は、今を持って破棄させてもらう。そして僕の前に、二度と姿を見せないでほしい」


 王立レムリア学園で開かれた卒業パーティーの最中、宴もたけなわというところで言われた一言。

 華やかに着飾った貴族や、富豪の子息令嬢に見届けられる中、私は断罪される。

 罵倒と共に彼等から投げつけられたものは、豪華な食器や料理の数々。卓の上に並んでいた時はあんなに美しく彩られたご馳走だったのに。今では床に撒き散らされた残飯になってしまうだなんて、思いもしなかっただろう。

 何の価値もなく、捨てられるだけの存在になるなんて。


「ふふふ……今の私と同じね」


 幾人もの職人が技術と知恵を振り絞り、試行錯誤の末に完成させた芸術。そんな想いの籠った品を、どうしてこうも容易く破壊できるのだろうか。

 あぁ、元はと言えば私か。私が今ここにいるせいで犠牲になったのか。


 公爵家の長女である私、アンスリア・リオ・ヴェロニカと、レムリア王国王太子ジュリアン・ザイール・レムリア様は婚約関係にあった。

 幼少の頃より決められていた彼との婚約は、その誰もが羨む話だった。その契約が今、解消されたんだ。

 こんな結末になると知っていたのなら……。


「私のグラスに毒を盛ったのは、本当はお姉様ではないですよね!? 違うって言って! お願い!」


 ジュリアン様の隣でそう叫ぶのは、私の妹のアメリナ。綺麗な金髪が誰もを魅了させ、明るい性格と笑顔がみんなを幸福にする。

 小さい頃はいっつも私の後をついてきて、本当に裏表のない良い子なんだ。そんな大切な妹を、私が虐げるはずないのに……。


「よくも我等が愛しのアメリナを苦しめたな! 貴様の度重なる悪事は全て発覚しているんだ!」


「殿下! 婚約破棄だけだなんて生温いです! 死刑にすべきです!」


「ジュリアン様という素敵な婚約者がいらっしゃるにも関わらず、他の殿方と逢瀬を重ねていただなんて。心底最低の尻軽女ですわね。このビッチ!」


 全く身に覚えのない言われよう、罵詈雑言。

 果物を投げつけられるだけならまだしも、今回はディナーナイフまで飛んでくる始末。頬を掠めて血が滴ろうが、割れたグラスの破片が手に刺さろうが、誰も助けてはくれない。手を差しのべてはくれない。

 ただただ『醜い』『良い気味』だと嘲笑うだけの魔物の群れ。


「アンスリア、君はバステュール男爵家の子息オーウェンと逢い引きしていたのか? 彼だけではなく、他の者とも……」


 バステュール男爵家の嫡子オーウェン・バステュール。私を執拗に追い回して、ありもしない事を吹聴していた人。

 私が露骨に彼を避けていた事は、学園の誰もが知っているはずなのに。周囲の敵たちは、こうして都合の良いように事実をねじ曲げるのね。


「アンスリア、なぜ黙っているんだ」


 苦悶の表情で、そう尋ねてくるジュリアン様。


「……いいえ、断じてそのような事実はございません」


「……そうか」


 なぜ貴方様が被害者のような顔をしているの? その現場を、貴方様は見たのですか? 他の誰かの言葉は信じるのに、どうして私の話は聞いてくれないのですか?


「実の妹であるアメリナに対し、様々な手段を用いて虐げ、挙げ句には複数の悪漢を雇い襲わせたのは本当なのか?」


「……確かに今回は冷たく接した事は事実です。ですが私は、アメリナに何一つ手出ししていません。ましてや誰かを雇うだなんて……」


「もういい」


 私は誰とも関わらないよう、ずっと独りでいたのに。どうしてそんな結論に至るの?

 そう。今回・・はできるだけアメリナと関わらないように、いかなる人物さえも遠ざけてきた。今更嫌がらせなんて、するはずがない。


「残念ですが……やはりアンスリア嬢には改善の余地無しですね。最後には自身の犯した罪に気づいてもらえると、そう願っていたのですが……」


 そう判決を下すのは、宰相の息子であるバーナード・サイ・バルムスキー公爵令息。何もかもを見透かしたように片眼鏡モノクルをかけ直すその仕草。もう見飽きたわ。


「すまないが、僕もこれ以上は君を擁護する訳にはいかない。正式な罪状は追って言い渡す。それまでは牢で反省してくれ」


「……はい」

(これもいつも通りね。どうせ明日の正午には処刑されるのでしょう? 待たなくたって、わかっているわ)


 これはもう、何度も繰り返された光景。

 同じ過ちを繰り返さない為にがんばってきたけれど、結末はどれも同じ。

 王立レムリア学園が誇る卒業パーティーの日。王城のパーティーにも引けを取らないほどの豪勢なこの会場で、大観衆の中、私は断罪されてしまうんだ。


 さて、今回はどんな最後を迎えるのかしら。中でも一番最悪だったのは……やっぱりあれね。


 ━レムリア学園・渡り廊下━


「おい、少し寄り道しようぜ」


「ああ、そうだな」


「屋上なんてどうだ?」


 今は三人の生徒に連行され、王城の地下牢へと向かう最中。

 いつもなら屋上に寄り道なんてしないはずなのに、今回の行き先は初めての流れだ。本来は校門から馬車に乗って、王城の地下牢に直行、というのが定石。

 稀にあるのは、無理やりに救護室に連れ込まれ、この三人から暴行をされかける、なんて過去も。

 当然私は素直に操を捧げたりはしない。そうなる前に、サーベルを奪って自害するんだけれど。血塗れの私に驚いて、腰を抜かしながら逃げていく三人の姿と言ったら、騎士道の欠片も無いくらいの情けなさっぷり。


 でもやっぱり、なんだか嫌な予感がする。


「あの……牢屋へ行くのではなくて?」


 恐る恐る尋ねる私。

 そんな私を見て、悪い笑みを浮かべる三人。


「おお、その怯えた顔、最高だぜ! そそられるなあ!」


「ククク……どうせお前は一生牢屋から出られないんだから、最後の思い出に俺達とイイコト・・・・しようぜえ!」


 はぁ……最悪の結末の新装版ニューバージョンって訳ね。貴族としての尊厳も、女としての自尊心さえも打ち砕く行為。

 凌辱。私の中で最も悪い結末だ。


「前からあんたを狙ってたんだが……。何せ公爵の娘でジュリアン殿下の婚約者だったからなあ。下手に手出ししようものなら最後、俺達の首が飛ばされちまうからな」


「そんな事より、サラサラの長い銀髪にエロい身体つき、見た目だけなら最高の女だぜ」


「言えてる! オーウェン様の使用済みの中古品でも文句はねえな!」


 下卑た笑い声を上げながら、錠に繋がれた私の手を引く三人。

 この展開は何度経験しても恐い。全身に悪寒が走り、震える足が前に進むのを拒む。

 本当に中古品・・・にでもなってしまえば、恐くはなくなるのかな。


「おい、そこに跪け」


 遂に屋上へと辿り着いてしまった私達。

 手すりのバラスターに腕の鎖を繋がれ、跪かされる。


 ドゴォッ! バキィッ!


「はっはっはぁ! 天下の公爵令嬢様を好き勝手できるっていいよなあ! 殴っても蹴っても、何のお咎めも無しなんだぜ!」


 無抵抗の女性わたしを好き放題殴り、蹴る。口から血が滴ろうが、身体中に痣が浮き出ようとも。

 でも、私は悲鳴一つ上げない。上げてやらない。


 グサッ!


「……くっ!」


「ちっ、泣き喚かねえなんて、つまんねえ女。でもまあ、これでもう逃げられやしねえぜ。女に産まれた事、今から後悔させてやるよ」


 私の右足の甲に短刀ナイフを突き立て、愉悦に浸る男。

 人間とは、なんて下劣で醜いのだろう。

 痛い。苦しい。寒い。身体の痛みなんてものは、とうの昔に慣れてしまった。

 でも、心の痛みは永遠に慣れる事はない。繰り返す度に蓄積され、私の心を蝕んでいく。


「あまりやり過ぎるなよ。本番で楽しめなくなるぞ」


 よほど上級貴族に怨みがあるのか、非情なまでに暴力を振るう三人。

 私に逃げられないよう、ご丁寧にも逃げる為の足を狙うだなんて。恐らく彼等は、この手の常習者なのかもしれない。

 いいえ、もしかしたら何者かに指示されて……。

 ……違うわね。これが人間の本質なんだ。結局はどんな世界でも弱肉強食。弱者をいたぶれるのなら、誰だっていいんだわ。


「どうだ、そろそろ済ましてしまわないか?」


「だな」


 やっぱり今回は一番最悪な結末だわ。

 足も使えない上に手錠なんてされてしまっては、彼等から剣を奪う事もできない。残された道は、舌を噛み斬るか、凌辱されるか。

 ……いいえ。まだ何か、他にも手があるはずよ。


「おい、誰が一番に行く?」


「へへっ!やっぱコイントスで決めようぜ!」


「いいだろう。最後まで表が出続けた奴が勝ち。それでいいな?」


 この手錠も傷ついた足も、かえって良かったのかもしれない。お陰で完全に彼等は油断している。今なら、今なら逃げられる。

 ……どこへ? その後は?

 そっか、私に逃げ場なんて無いんだ。

 でも、このまま彼等の玩具にされてしまうだなんて、そんなのは嫌。嫌だ。

 襲われるくらいなら、私はこの道を選ぶわ。


 覚悟を決めた私は、痛む右足に鞭を打ち、力の限り立ち上がった。震える身体で手すりをよじ登り、バラスターの上に立つ。

 赤く染まった血塗れ両手は、手錠をするりと抜け出していた。


「それでは皆様、一一回目の過去にてお会い致しましょう」


 月光が私の影を大きく描き、彼等を包み込む。ほんの先刻までは、誰のものよりも絢爛だった白いドレス。それが今では、おぞましい斑模様の紅色に染まり、破れた生地がゆらゆらと靡く。


「……お、おい、何をしているんだ」


 きっと彼等の瞳には、こう映っているのだろう。まるで化け物だ、と。

 本当の化け物は、貴方達人間なのに。


「ごきげんよう。人の皮を被った魔物達」


 華やかな笑顔でドレスの裾を持ち、優雅にお辞儀をする。荒く吹き抜ける風に身を任せ、躊躇なく屋上から飛び降りた。


「ま、待てえーっ!」


 彼等が伸ばしたその手は、どれも私へは届く事はない。地面へと落ちていくこの数秒が、なぜだかとても遅く感じる。

 あぁ、今回もまた駄目だった。私、また死ぬのね。

 ……もう、嫌。

 ……誰か、助けて。


 ドン!!


 こうして私は、一〇回目の死を迎えた。

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