第10話 ケニーの事情
テオの部屋には、またケニーが来ていた。
「マティと話していたようだな。声が聞こえた」
「ああ……はい。用意してくださったお部屋を使わなかったので、ご心配をかけてしまったようです」
キアはドキドキしながら部屋に入り、手にしていた水差しをサイドテーブルに置いた。
「おまえ、眠ってないのか?」
「いえ、仮眠はとりました。大丈夫です」
「そうか……テオの顔色も、少し良くなったような気がするな」
「はい! きっともうすぐ目を覚ましますよ!」
相変わらず憂い顔のケニーに、キアは元気増し増しで答える。
正直に言えばとっても睡眠不足だ。今みたいに緊張していなければ、すぐにでも睡魔に飲み込まれているだろう。
「おまえは、俺を責めないのだな。そして事情も聞かない……」
ケニーはキアから視線を外し、眠るテオの顔を見下ろす。
キアは遠慮がちにつぶやいた。
「お聞きしても、良いのですか?」
「おまえ、口は堅いか?」
「いえ、自信ないです」
「ハッ……正直だな」
ケニーは初めて笑顔を見せた。
くしゃりと笑った顔を真顔に戻すと、彼はベッドわきの長椅子に腰かけ、長い足を抱えた。
「俺の家は、ちょっとした相続争いが起きているんだ。父が亡くなり、後継ぎだったはずの長兄を、次兄が追い落とそうとしてる。長兄は何度も命を狙われたらしい」
「ええっ!」
「驚くだろ? 長兄と次兄は昔から仲が悪かったんだ。お前たちのような兄妹を見ていると羨ましくなるよ」
(すみません。まったくの他人です……)
キアは曖昧な笑みを浮かべて相槌をスルーした。
「俺はずっと、長兄の補佐をしていた。妾腹の俺は、他の兄弟みんなから蔑まれてたけど、長兄だけは優しかったんだ。だから、力になってあげたかった。でも、俺が仕事で地方にいた時、長兄から手紙が来たんだ。国外へ出て姿を隠せと。だからここへ来た。後になって、長兄が毒に倒れたと聞かされた」
「そんな!」
「幸い、命は取り止めたと聞いた。ただ、長兄が戻れと言うまで、俺は国に戻れない。次兄が、俺を長兄暗殺未遂の犯人に仕立て上げたらしいんだ」
恐ろしい告白に、キアは目を瞠ったまま何も言えなかった。
「テオを傷つけた賊も、恐らく俺を狙った次兄の手の者だと思う。本当に、すまなかった」
ケニーは膝を抱えたまま小さく頭を下げた。
「謝らないでください。ケニー様は悪くありません。悪いのはその賊であり、次兄の方ですから」
キアはきっぱりと言い切ると、膝を抱えたケニーの手を引いて立ち上がらせた。
「
「ありがとう……キア」
一瞬だけ泣きそうに顔をゆがませて、ケニーは自分の部屋へ戻って行った。
「はぁ~」
パタン、と部屋の扉を閉めた途端、どっと疲れが押寄せて来た。
欲しかった情報は思いがけず本人の口から聞くことが出来たが、その内容の重さに、キアの心は押しつぶされそうだった。
「このまま帰って眠りたい」
思わずそうつぶやいた時、カサカサに掠れた声が耳に飛び込んできた。
「み……み、ず」
「はっ! 気がついたのですか?」
キアはすぐさま水差しの水を清潔な布に吸わせて、テオの口に含ませた。
「起き上がれそうでしたら、手を貸します。そしたら直に水も飲めますよ?」
「この……ままで、いい」
薄っすらと開いた緑の瞳がキアを見ている。
キアは再び布に水を浸してテオの口に持って行った。
「兄さま、わかりますか? 私キアです。イザック様が心配されていましたよ」
さり気なく自己紹介とここへ来た訳を滲ませると、テオは小さくうなずいた。
「話は、聞いていた。きみのお陰で、事情がわかった。イザック様に、彼の事情を、知らせてくれ」
「わかりました。明日の朝一番で、町へ下ります」
「頼んだ……」
再び眠りに落ちてゆくテオを見守りながら、キアは小さくため息をつき天井を仰いだ。
今夜もまた眠れそうにない。
(第3章に続く)
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