第9話 聞き込み
「今朝、ケニー様が兄を見舞ってくれたんです。素敵な方ですね。私、あんなイケメンさん初めて見ました」
こじんまりした使用人食堂で夕飯を頂きながら、キアがケニーの話題を振ると、マリーをはじめ若い侍女たちが即座に乗ってきた。
「そうでしょ? あの方はナヴィア王国の貴族で、マティアス様のご友人なの。あの方が滞在なさる度に、私たち侍女は癒されてるのよ」
「ほんと素敵よね♡ 艶のある漆黒の髪に紫の瞳。神秘的だわぁ!」
みんな一様にうっとりしている。
「そんなに度々いらっしゃるんですか? 仲がよろしいのですね。そう言えば、年もマティアス様と同じくらいに見えました。きっと一緒に狩りに出かけられたりするのでしょうね」
「ええ、年に一度は遊びにいらっしゃるわ。お二人とも同じ十八歳ですからね。ただ……今回はずいぶんと長滞在なの。もう三か月以上になるわ。それに、時々悲しそうなお顔をなさるから、私たちも心配しているの」
「そうなんですか……」
キアはケニーの顔を思い浮かべた。
てっきり、テオを怪我させたことを憂いているのだと思っていたけれど、侍女たちの口ぶりからすると、彼は滞在中わりと頻繁にあのような表情を浮かべていたらしい。
(ケニー様の長滞在と憂い顔。それに、馬車が襲われたことには何か関係があるのかしら?)
そもそも、テオは何を探りに辺境伯家に潜り込んだのだろう。
今回の任務を命じられた時、イザックはその辺の事情をキアに明かしてはくれなかった。ちょっとしたお使いに行く侍女には、何も知らせない方が良いと判断したからなのだろう。
(こんな事になるとわかっていたら、何とかして聞き出していたのに)
キアは後悔しきりだ。
「おい、おまえ!」
使用人食堂からの帰り道。水差しを持ってテオの部屋へ戻ろうとしていたキアは、二階の廊下で呼び止められた。
この横柄な声は、きっと辺境伯家嫡男のマティアスに違いない。
そう思いながら振り返ると、中央階段の踊り場通路に、両手を腰にあてていかにも不機嫌そうな顔をしたマティアスが立っていた。
「はい。何でしょうか?」
「おまえ、侍女たちとケニーの噂話をしていたな」
マティアスの言葉に、キアは一瞬ドキリとした。すこし大っぴらに聞き込みをし過ぎたかもしれない。
「も、もしかして、聞いていらしたのですか? 何か私に、ご用だったのでしょうか?」
何とかして誤魔化さなきゃと焦るキアに、マティアスはずんずん間合いを詰めてくる。
「おまえ、昨夜は部屋で休まなかったそうだな? 徹夜で看病していたのではないかと、執事が心配していたぞ。父上がいない今、この家の管理は私に任されている。おまえに倒れられては、私の管理能力が問われるのだぞ!」
どうやらマティアスは、キアを心配しているというよりは怒っているらしい。
「申し訳ありません! 昨夜は心配のあまり兄から目が離せず、そばについておりました。ですが、仮眠は適度にとっておりました」
「そうか。ならいい。今夜からは部屋で睡眠をとるように」
「かしこまりました」
ぺこりと頭を下げ、マティアスが去るのを待つが、彼はなかなか動かない。
「あの、他に何か?」
キアが尋ねると、マティアスは眉間のしわをさらに深めて口を開いた。
「……なぜ私ではなくケニーの話をするのだ? 初めて会った者はみな、私のことをヴィクトール王子にそっくりだと囃し立てるのに、おまえは厨房でケニーの話ばかり」
マティアスは不満をぶちまけてから、ハッと目を見開いた。
「……まさかおまえ、ヴィクトール王子の顔を知らないのか? そうか、そういう可能性もあったな。なるほど。知らないのなら仕方がない。今後おまえがヴィクトール王子に会うことはないだろうが、覚えておいて損はないぞ。この国の王太子は私にそっくりなのだ」
マティアスは、廊下の灯りにキラキラ光るくせ毛の金髪を、これ見よがしに搔き上げる。
「そ、そうですか。覚えておきます(お顔はぜんぜん似てませんけど!)」
心の叫びを何とか封じ込め、キアが丁重に挨拶をしてその場を去ろうとした時だった。
「お兄様! お夕食が終わったら本を読んで下さる約束です!」
「そうだよ、あにうえー!」
金髪碧眼の少年少女が廊下を駆けてくる。マティアスの幼い妹フロリアと弟セヴランだ。
二人を見るなり、マティアスがウッと呻き声を上げた。どうやら彼は本を読むのが苦手らしい。いや、子供の相手が苦手なのかも知れない。
「わ、私は少し、この者と話があるのだ。後で部屋へ行くから大人しく待っていろ」
「あなた! お兄様とお話があるの?」
金の巻き毛をなびかせて、フロリアがキアを見上げた。
「いいえ。私は特にございませんが」
込み上げてくる笑いを抑えながらキアが真面目な顔で答えると、フロリアはマティアスの腕をむんずとつかみ、弟と力を合わせて引っ張って行ってしまった。
(お兄様は大変ですね)
フフッと笑いながら、キアはテオの部屋へと向かった。
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