第4話 リベリュル隊長
キアはドキドキしながら廊下を進んだ。
化粧師の言う通り、オーブンの後始末をしてから調理場を出たので、ずいぶんと遅くなってしまった。
外はまだ明るいが、冬ならばもう暗くなっている時間だろう。
(化粧師のアホのせいで遅くなっちゃったじゃない!)
静かに歩いているが、キアは内心プンプンだ。
黒狼隊の隊舎で働くようになってから、すでに二週間が過ぎている。その間、隊舎にいるはずの隊員だけでなく、直属の上司であるはずのイザック・リベリュル隊長にも会っていない。辞令を渡されたあの日が最後だ。
(一体、何の用だろう……)
会うのは正直怖かった。
王子の護衛騎士であり、その冷淡さから氷の騎士と仇名されるイザック・リベリュル。彼の鍛え抜かれた長身から、あの冷たいアイスブルーの瞳で睨まれたら、本当に石になってしまいそうだ。
それほど彼の威圧感は半端ない。
(嫌だなぁ)
使用人食堂で会った侍女たちは、イザックを見かけただけで嬉しそうだった。
でも、今のキアはそんな心境にはなれない。
(あの子たちだって、私と同じ立場なら喜べないはずだわ。私だって遠くから見る分
には良いのよ。もちろん、出来れば笑った顔をもう一度……いえ、何度でも見たいと思うわ!)
誰にも言っていないが、キアは一度だけイザックの笑顔を見たことがある。
気を失いかけた時だったので幻覚を見た可能性も捨てきれないが、想像にしては美し過ぎた。
あの笑顔ならもう一度見てみたい。
今度は意識がはっきりしている時にしっかりと。
そんなことを考えていたせいか、あっという間に会議室についてしまった。
会議室は、調理場と同じ一階にあるのだ。
コンコン
会議室の扉をノックすると、中から「入れ」という低い声が聞こえた。
キアはごくりと唾を飲み込んで、扉を開けた。
「失礼します」
キアが入室すると、細長いテーブルの一番奥にイザックが座っていた。
他に誰もいないことに内心ホッとする。
「ここに座れ」
イザックはこちらを見ようともせずに、自分の右横の席を指さした。
キアは恐る恐る近寄って、言われた場所に腰かけた。チラリと見上げた瞬間、イザックが鋭い目でキアを見下ろした。
「仕事には慣れたか?」
「はいっ、いいえっ!」
飛び上がりそうになりながらキアが返事をすると、イザックはムッとしたように眉をひそめた。
「どっちだ?」
怖い顔をしているが、怒っている訳ではなさそうだ。
ホッと胸をなでおろし、キアは深呼吸をした。
ここで気圧されるわけにはいかない。
「仕事には慣れましたが、姿を見せない方たちが不気味過ぎて、全然慣れません。黒狼隊の方たちは何をしているんですか? それに皆さん、食事を取ったり取らなかったりするので食材が余って大変です! なので、こんなものを作ってみました」
今までの不満をぶちまけながら、キアはエプロンのポケットに忍ばせてきた紙を広げた。
「食事予定表です。前の晩までに必要な方が丸を付けるようになっています。朝昼晩、それぞれの場所に〇があった分だけ、食事を用意します。未記入の方が食事をしたい場合は、保存食で対応いたします」
きっぱりすっぱり言い切って満足気にニンマリと笑うと、キアの手から紙が取り上げられた。
「わかった。隊員には俺の方から周知しておこう」
「ありがとうございます!」
今までの鬱屈が晴れて、キアはすこぶる気分が良くなった。
「俺の要件に入る前に、もう一つ、おまえに聞きたいことがある」
「はい、何でしょうか?」
「おまえがここへ来てから、黒狼隊について知り得た情報はあるか?」
「知り得た情報?」
「そうだ。その情報をもとに、黒狼隊の役割について、おまえが辿り着いた結論を聞かせてくれ」
キアは小首を傾げた。
(もしや、これが化粧師の言っていた答え合わせかな?)
キアは素早く考えを巡らせた。
使用人たちに聞き込みをした結果、黒狼隊について流れている噂は三通りあった。
① 国王の秘密部隊
② 貴族のボンボンが所属する名前だけの部隊
③ 祭典のときだけ呼ばれるイケメン部隊
この三つに、化粧師がくれたヒントを当てはめると────②と③は除外される。
キアは恐る恐る口を開いた。
「あの……黒狼隊は、国王陛下の秘密部隊なのですか?」
「いや。今は王太子殿下の秘密部隊だ」
「ああ、王子様の……そうですか」
キアは相槌を打ってから、イザックがいともあっさりと国家の秘密を開示したことに気がついた。
「えっ、ええっ?」
「どうした? おまえの答えはほぼ正解だ。オマケで合格にしてやろう」
イザックはそう言って口元を綻ばせた。笑顔とは違うが、いつもの無表情に比べれば温かみが感じられる。
これだって、なかなか見られるものではない。
なのに、なぜかキアの背筋には
黒狼隊が【王子の秘密部隊】ならば、隊員たちが留守がちなことも、姿を見せないことも納得できる。きっと人には言えない恐ろしい仕事をしているに違いない。
「ううっ、ご、ごご合格って……なんの合格ですか? 悪い予感しかしないんですけどぉ~!」
ブルブル震える腕を抱きしめながら、キアはそう叫ぶのがやっとだった。
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