第2話 使用人食堂で情報収集


 昼食のお盆を手にしたキアは、使用人食堂の中央通路に立っていた。

 さすがは王宮の食堂だ。広さが半端ない。通路の両脇には長机がずらりと並び、様々な制服を着た使用人たちが穏やかに昼食をとっている。


(うーん。誰に聞けばいいんだろう?)


 お城の情報に精通している人といえば、年配の人や役職が上の人だろう。でもそういう人は、恐らく、そう簡単には話してくれない。

 キアのようなぽっと出の新人が情報収集するなら、まずは口が軽い人を探した方がいいだろう。


 そんなことを考えながら通路の左右に目を凝らしていると、キャッキャウフフとかしましくお喋りしている侍女の一団が目に入った。


 キアは静かに彼女たちの隣の席に腰かけた。

 会話に耳を澄ましながら、とりあえず昼食を頂くことにする。


 今日の献立は、野菜たっぷりトマトスープと、蒸し鶏のクリームソースだ。パンは黒狼隊のものと同じだが、メインとスープはここへ来なければ食べられない。滋味深い香りに自然とよだれがわいてくる。

 キアはスプーンを手に取ると、まずはトマトスープに突撃した。


(ううっ、美味しい!)


 一口でトマトの酸味と野菜の甘さが口に広がった。

 食べてしまえばもう歯止めが効かない。今までの質素な食事では摂れなかった栄養分を摂取しようと、キアは本能のまま食べ進めた。

 蒸し鶏のあっさりした肉に、とろりとしたクリームソースはたまらない。


(うまーい!)


 感動のあまり天井を仰ぐ。

 そんなキアの隣では、侍女たちのお喋りが一段落したらしい。中断していた食事を再開している。これは、次の話題が始まる前にさっさと声をかけた方が良さそうだ。


「あのぉ、すみません。私、王宮勤めは初めてなんですけど、皆さんは近衛騎士団の黒狼隊ってご存知ですか?」


 黒狼隊の名前を出すと、テーブルに集った侍女たちはキラリと目を輝かせた。初対面のキアを訝しむこともなくワッと話しはじめる。


「黒狼隊と言えば、イケメンで名高いイザック・リベリュル隊長様よね!」

「王太子殿下の護衛騎士。氷の騎士。イケメン揃いの近衛騎士の中でもダントツ高身長で細マッチョ!」


 かしましくさえずりだした侍女たちを、リーダー格らしき少女が手を振って落ち着かせた。


「まったくあなた達ときたら、隊長様のことばかりね。この人は黒狼隊のことが知りたいのよ。えーと、私が聞いたのはね、黒狼隊は各隊のイケメンを集めて作った仮の部隊らしいって話よ。何かの儀礼や祭典のときだけ召集されるのですって!」


「なるほど! 隊長様からしてあの美丈夫ですものね!」

 キアがうなずくと、すかさず侍女たちが『キャー』と歓声を上げた。


「私、今朝、廊下ですれ違ってしまいました!」


 一人の侍女が頬を赤らめながら控えめに切り出すと、今度は『イヤァー!』と嫉妬の交じった悲鳴が上がる。


「うらやましいっ! 私もそばを通るだけでいいわ!」

「あたしは、石になっても良いからイザック様に睨まれたいです!」

「わたしもよ!」

「私もですぅ!」


 どうやら侍女たちの間でも、氷の騎士イザック様の人気は凄まじいものがあるらしい。


(……いいなぁ気楽で)


 キアだってイケメンは好きだ。もしも知り合い方をせずに、遠くから眺めているだけだったなら、キアもこの侍女たちのように、威風堂々とした美丈夫のイザックにで心を奪われただろう。


 でも残念ながら、今のキアにはそんな余裕はない。自分の居る場所がどんな所なのか、このまま仕事をしていて良いのか、きちんと調べて考えねばならない。恋にうつつを抜かしている余裕はないのだ。


(まぁ、いくらイケメンでも、あんなに威圧感のある人のそばにいたら、疲れちゃうわね)


〝リベリュル隊長のひと睨みで誰もが凍りつく〟という噂はキアも聞いていたが、ここでは〝睨まれたら石になる〟という噂が流れているのが面白過ぎる。


(確かにあの目はマジで怖かったけど、石になるって……魔物かっつーの!)


 思わずプッと吹き出しそうになり、キアは慌てて真面目な顔をした。


「それじゃあ、黒狼隊の方々は、普段は別の隊に所属しているってことですか?」

「私はそう聞いたけど、本当にそうかと聞かれたらわからないわ」


 リーダー格の少女は用心深く念を押したが、周りの侍女たちはそうでもない。


「でもでも、黒狼隊に実態が無いのは本当じゃない? だって隊長のイザック様は、護衛騎士として王太子様にぴったり張り付いているんだもん。黒狼隊としてのお役目があったらとても出来ないと思うわ!」

「そうよねー!」


 仮のイケメン部隊という案に、みんなは大賛成のようだ。


「なるほど。それにしてもイザック様の人気は凄まじいですね。もしかして、王太子殿下よりも人気があるのですか?」


 キアがそう尋ねると、侍女たちはまたキャーと笑み崩れた。


「王太子様はそりゃあ麗しいお方だけど、雲の上の方ですもの。その点イザック様は侯爵家のご子息と言えど三男でしょ? みんなは、万が一を夢見ているのよ」

「なるほど。勉強になりました」


 キアは侍女たちにお礼を言って使用人食堂を後にした。

  

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