第十二章……見習い魔導士のお願い
第61話 見習い以前の問題な魔導士
「うわぁぁん、うぅぅぅぅ」
森の中で響く泣き声に小鳥たちが驚き飛んでいく。白い魔導士服の裾が汚れるのも構わず、少女が地面に額と膝をついて泣きわめいていた。そんな彼女を見つめながらクラウスはどうしたものかと頭を悩ませる。
時を遡る。クラウスたちはドブウルフという狼の魔物狩りの依頼を受けてマルリダから少し離れた森を訪れていた。ドブウルフ自体はそれほど強くはなく、野犬とあまり変わらない。野犬と違うところは顎の力と素早さだ。噛まれれば怪我ではすまないので、群れが山から森へと下りてきた際には狩ることになっている。
今回も下りてきた群れがいたためにクラウスたちが依頼を引き受けて狩りをしていた。狩りはそれほどかからずに終わったのだが、そこからだった。ルールエに従っていたチャーチグリムのグリムがわうっと吠えて駆けだしていってしまったのだ。ルールエが「何か見つけたみたい!」とグリムを追いかけていき、一人は危険だと皆がついていけば、一匹のドブウルフに襲われてボロボロになっている少女を見つけた。
慌ててブリュンヒルトが少女に駆け寄って怪我を治療し、グリムがドブウルフを片付けて――少女が大声で泣き始めたのだった。最初は怖かったからなのかと思い、ブリュンヒルトが「もう大丈夫ですよ!」と落ち着かせるように声をかけていたのだが、「また駄目だったぁ」と声を上げられてしまう。
何が駄目だったのかとルールエが「お姉ちゃん、どうしたの?」と肩を擦れば、少女は額を地面につけて子供のように泣いてしまった。これにはクラウスも、アロイも、フィリベルトもどう声をかければいいのかと顔を見合わせる。シグルドにいたっては「俺には無理だ」と訴えるように無言で首を振っている。
このまま放置もできず、クラウスがどうしたものかと頭を悩ませていると、ルールエがぬいぐるみたちを動かして「どうしたのー」とまるで彼らが喋っているかのように演技を始めた。狼のぬいぐるみが少女の肩に乗り、兎と猫のぬいぐるみが背中を擦っている。するとそれを見た少女ががばっと起き上がってルールエの肩を掴んだ。
「貴女、魔導士様ですか!」
「うぇえっ!? あたしは
魔導士じゃないよとルールエが慌てて訂正すれば、少女は「どーる、ますたー」とぬいぐるみたちに目を向ける。それからまたルールエを見て「こんな小さい子も魔法が使えるのにぃぃ」とまた泣き始めた。
「おい、ルールーは十八歳、成人済みだ。幼子ではない」
「シグルドの兄さん、そこに突っ込む?」
「間違いを訂正しただけだが?」
シグルドの返事にアロイは「この兄さんは」と呆れる。少女はと言えば、それを聞いて今度は「同い年の子に負けてるぅぅ」と嘆いた。肩で切り揃えられた金髪を掻きむしりながら、「わたしなんてもう駄目なんだぁ」と。
「落ち着きなさい」
「うわぁぁん」
「落ち着けっ!」
低い声が森に響く。あまりの声に少女だけでなく、クラウスたちも黙ってしまう。声の主であるフィリベルトは冷静に「泣いてばかりでは分からない」と少し強めの口調で声をかけた。
「君がずっと泣いていてはこちらもどう対応したらいいのか、判断ができない」
「……す、すみません」
フィリベルトに叱られて少女はやっと落ち着きを取り戻した。ずみずみと鼻を鳴らしながら涙を拭っている。ブリュンヒルトがハンカチを差し出しながら、「どうしたんですか?」と優しく問うと、彼女は「実は」と話す。
少女の名はラフィアといい、一応は魔導士らしい。けれど、魔導士の中でも落ちこぼれで、弟子入りしていた師匠が現役を引退した後に引き継がれた新しい師に「お前は向いてない」と破門されたのだという。
元々、新しい師からは嫌われていたので追い出されたのだろうと。それでも魔導士を諦めきれずに冒険者としていろんなパーティの元で世話になっていたが、どこも「役に立たない」という理由で追放されてしまった。
その証拠に下級モンスターのドブウルフ一匹にこのボロボロさなのだとラフィアは落ち込んでいる。話を聞いてフィリベルトが「試しに魔法を使ってくれるか」と返せば、ラフィアは立ち上がって手に持っていたワンドを構えた。
ルールエが「うさぎのぬいぐるみに当ててみて」と少し離れた場所にぬいぐるみを立たせる。ラフィアはゆっくりと呼吸を整えてからワンドを振るった。
小さな火球が飛ぶ――が、ふにゃふにゃと宙を舞ってぬいぐるみに当たる前に地面に落ちた。
「あー……」
「これは……」
「下手、以前の問題だな」
「シグルドの兄さん!」
シグルドの言葉に「言葉を選べ」とアロイが注意するも、フィリベルトの「シグルドの言う通りだ」と困ったふうに腕を組む。彼もここまでとは思っていなかったのだろう。
ルールエもブリュンヒルトもなんと声をかければいいのかとラフィアを見つめている。彼女はと言えばまた泣きそうな顔をしていた。
「どうすんの、おっさん」
「これは一からしっかりと教えてくれる魔導士に預けるしかないだろうな」
ここまで酷いとなると腕の良い魔導士の元で基礎からしっかりと教えてもらわないと無理だとフィリベルトは断言した。クラウスもそうだろうなと頷く、これは酷いと。
「皆さまの中に、魔導士様はいませんかぁ」
「私、魔導士じゃないですし……」
「あたしもドールマスターだから、魔法得意ではないよ」
ルールエとブリュンヒルトが首を振ったのを見てラフィアはアロイたちへと目を向ける。アロイは「オレは無理だわ」と手を合わせた。
「オレは矢に力を籠めることはできるけど、それ以外の魔法は無理なんだわ。シグルドの兄さんとおっさんは?」
「私が扱えるのは魔導士の魔法とは違う。剣や大楯に魔力を籠めることはできても、魔法は扱えない」
「オレもフィリベルトと同じだ。魔導士の魔法は扱えない」
「そもそも、このパーティに魔導士がいない」
クラウスの冷静な突っ込みにそうだったわとアロイは苦く笑う。このパーティは魔導士が居ないけれど、攻めと守りが決まっているため支障がない。なので、気にしたこともなかったのだからこの反応も仕方がなかった。
クラウス自身も必要性を感じていないぐらいにはこのパーティは上手くいっている。今更、魔導士をパーティに入れる必要もないので、不在のままで問題はない。とはいえ、ラフィアが今、必要なのは魔導士だった。
「えっと、誰か知り合いに魔導士さんいませんか?」
「ぼっちだったオレに聞く、ヒルデの嬢ちゃん」
「私も過去のパーティのことは思い出したくはないな」
「オレの前パーティの魔導士はまだ半人前だった」
「あたしも知らなーい」
そうだ、このパーティになった理由が理由だったとクラウスは思い出す。アロイはソロ冒険者、フィリベルトは様々なパーティでいろいろあってソロに、シグルドはパーティを追放され、ルールエはこのパーティが初めてだ。ブリュンヒルトは聖都で落ちこぼれ聖女という扱いで一人だった。
魔導士の知り合いがいるかと問われると、シグルドだけになるのだが、彼は「あいつは向いてない」と断言している。さて、どうしたものかとクラウスは迷っていた。
「クラウスの兄さんも知り合いにいないよなぁ」
「いや……一人、いる」
「え?」
皆がその一言に首を傾げて、フィリベルトがあぁと気づいた。
「クラウスの前のパーティに魔導士がいたな」
「えっと、幼馴染じゃないほうだっけ?」
「アロイさん、覚え方!」
ブリュンヒルトの突っ込みにアロイは「だって目立たなかったしなぁ」と、そういえばいたなといたふうに返す。シグルドはなんとも嫌そうにし、ルールエは心配そうに眉を下げていた。
「クラウスお兄ちゃん、あのお姉ちゃんに会うの?」
「そもそも、あいつって魔法の腕ってどうなんだよ、クラウスのお兄さん」
「ミラは魔導士家系で一通りの魔法は使えるんだ、実は」
クラウスの返答にアロイとシグルドは信じられないといったふうな顔をする。フィリベルトも「魔法はちゃんと扱えてはいたな」と彼女の戦っている姿を思い出したようになるほどと頷く。
魔導士の、それも魔導士家系の知り合いがいるという言葉にラフィアはクラウスにしがみついた。どうか、どうか紹介してくださいと。
「オレはあいつらに会うのは勧めないが?」
「シグルドの兄さん、だいぶ根に持ってるね……オレもだけど」
「でも、知り合いの魔導士さんってあの人以外にいませんし……」
フィリベルトも会ってまた何か言われたらという点を気にしているようだ。皆が皆、クラウスを心配している。その想いは伝わっているけれど、クラウスはどうしてもラフィアを見捨てることができなかった。
「……話だけでもしてみよう」
このまま放っておくのは無理だとクラウスが言えば、アロイとシグルドが「ほんと、クラウスは」と分かっていたふうに息を吐いた。フィリベルトも「無理はするな」と声をかけ、ルールエとブリュンヒルトは「みんながついてますから!」と励ます。
そこまで心配しなくても、もう気にしていないのだがと思うが皆の様子に何も言えず。まぁ、彼らが大丈夫ならいいかとクラウスはしがみつきながら「ありがとうございますぅ」と泣くラフィアを立たせた。
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