第60話 パーティを組んでよかったと思う


 クラウスたちは目の前でぐぇぐぇと鳴くスコーラーを眺めていた。その様子は皆、なんとも言えないといった表情をしている。


 何故、そうなったのか。それは少しばかり時間を戻し、クラウスたちは自分たちが任された商業道の作業を終えて集合場所であるギルドに戻った時のこと。依頼を頼んできた冒険者たちに報告をしていたのだが、遅れてやってきた他の冒険者に「すみません」と頭を下げられてしまう。


 いきなり頭を下げられてクラウスたちも他の冒険者たちも何かあったのかと顔を見合わせた。すみませんと謝る魔導士服を着ている女性冒険者は「ちょっと問題がおきまして」と訳を話し始める。スコーラーを駆除していたら通常の倍以上の大きさのものに襲われてしまったと。


 どうやらそれが周辺のスコーラーのボスらしく、自分たちのパーティで最初は処理しようとしたけれど複数を相手にしながらでが上手く立ち回れず。一度、撤退して応援を呼ぶことにしたのだという。


 話を聞いてクラウスたちは彼らが待機している場所へと向かい、ボスが根城にしている森の中へと入った。


 現在に戻り、クラウスたちはそのボスを観察しているわけだが想像していたよりも随分と大きい個体だった。精々、牛ほどの大きさだろうと予想していたのだがその二倍あったのだ。どうやってそこまで大きくなれたのだろうかと考えるほどには。



「あれさ、一般的なスコーラーより遥かに大きいよな?」

「そうだな。アロイの言う通り、あれは大きい……特殊個体だろう」



 このところ雨の量は多かったのが原因で異様に成長してしまったのではないかというフィリベルト推察にアロイはうげぇと嫌そうに巨体なスコーラーを見遣った。


 この辺りのスコーラーは他のパーティに任せて戦力を分散させてはいるが、ボスの周りにはまだ数匹ほど残っている。とはいえ、こちらの戦力も悪くはないので無理さえしなければ仕留められそうではあった。



「私が盾で前に出よう。クラウスはいつもの立ち回りを頼む」

「クラウスの兄さん、影打ち任せたわ」

「分かった」

「シグルドは私と同じように、ルールエは援護、ヒルデは防御壁を」



 的確にフィリベルトが指示していく。戦闘においては彼のほうが歴は長く、実力があるのでクラウスたちは任せている。合図と共にクラウスはすっと気配を消し、足音なく移動した。


 フィリベルトが大楯を構えて前に出れば、ボスのスコーラーが大きく鳴く。周囲にいたスコーラーが彼目掛けて飛んでくるも、その大楯で弾き返された。地面に転がっていくスコーラーをシグルドが鞭のような剣で的確に潰していく。


 一匹、また一匹と退治されていく仲間を見てか、ボスのスコーラーは耳に響く悲鳴を上げて長い舌をシグルドに向けた。素早く反応したフィリベルトが大楯で彼を守り、長い舌をいなす。


 ボスのスコーラーがよろめき後ろへ下がると足元ではルールエの操ってるぬいぐるみたちが足を引っかけていた。ずてんと音を立ててボスのスコーラーが転んだ隙をクラウスは見逃さない。すっと飛び、上からスコーラーの頭に短刀を突き刺す。


 びしゅっと水のような血液が吹き出してボスのスコーラーは甲高い悲鳴を上げた。耳をつんざくような声にクラウスは顔を顰めつつも、ぐっと刃を押し込んで一気に引き裂く。顔面が抉れ、肉がそぎ落とされる。溢れる血を浴びながらクラウスはその大きな図体を思いっきり蹴飛ばした。


 想像するは炎、燃え盛る、水分を蒸発させるような熱。クラウスが短刀を強く握れば、指輪が反応し、深紅の宝石がぎらりと煌めく。刃を駆け巡るは燃え盛る炎の渦、クラウスはボスのスコーラーに目掛けて振りかぶった。


 刃を纏う炎の渦がスコーラーへと飛び、拘束する。じゅうじゅうと水分が蒸発する音と、苦しみもがく声が響くも、それは吹き抜けた風に消える。炎が静まった後には灰が残されているだけだった。黒い靄は指輪の宝石へと吸い込まれていく。


 げこげこと泣いていた数匹のスコーラーは逃げまどう、ボスが居なくなったからだろう。それを逃すまいとアロイが一匹一匹確実に急所を射抜いていく。ルールエがスコーラーの逃げ場をぬいぐるみたちで塞ぎ、止めをシグルドがさした。


 全て倒し終えたのを確認して、ブリュンヒルトは援護組を守るように展開していた防御壁を消す。周囲を見渡してみるがスコーラーどころか魔物の影も見えない。


 クラウスが短刀を鞘に納めてブリュンヒルトのほうを見遣れば、彼女のまたやりましたねといったふうに目が合った。



「クラウスさん、また血まみれ! そのまま放置は駄目ですよ!」

「怪我はしていなんだが……」

「そういう問題じゃないです! 衛生的によくないんですからね!」



 まったくとブリュンヒルトはひとつ息を吐いて斜めかけの鞄からタオルを取り出すと「屈んでください」とクラウスの顔につく血を拭い出す。クラウスは自分で拭けるのだがと思ったけれど、彼女の「私が拭きます」といった圧に敵わず大人しくする。その光景をフィリベルトとアロイがあぁと微笑ましく見ているはその視線で分かった。



「これでよしっと。気をつけてくださいね」

「ありがとう、ヒルデ」



 礼を伝えればブリュンヒルトはなんとも嬉しそうにはにかんだ。少し前の寂しそうな顔はもうなくて、クラウスはなんだか安心した。安心からなのか、ぽんっと頭を撫でてしまう。



「え、あ」

「どうした、ヒルデ?」

「な、なんでもないです!」



 撫でられた頭をかかえながらわたわたするブリュンヒルトの様子をクラウスは不思議そうに見る。気分を害しただろうかと思ったのが、そうではないらしく「気にしなくていいので!」と彼女は念を押してくるものだから、疑問は残りつつもクラウスはわかったと頷いた。



「お兄さん、こんな時、どうしたらいいんだろうなぁ」

「アロイ、ここは見守る以外に選択肢はないな」

「フィリベルト、アロイ?」

「あー、クラウスの兄さんは気にしなくていいよ」

「あぁ、気にしないでくれ」



 あんたはそのままでいてくれと二人に言われてクラウスはまた分からないことが増えたなと首を傾げる。シグルドとルールエも特に突っ込んでこないのでおかしいことではないのだろうとそう理解しておくことにした。



「お兄ちゃんたちー。ぬいぐるみたちに偵察させたけど、周囲にはもういないみたいだよ!」

「そうか。ならギルドに戻ろう」

「りょうかーい」



 さっさと報告しに行こうぜと歩き出すアロイにシグルドとルールエもついていく。フィリベルトもそれに続き、わいわいと話す仲間たちをクラウスが眺めていれば、ブリュンヒルトに「どうですか?」と問われる。


 何がだろうかと問い返すと「今、どうなのかなって」と少しばかり心配げな表情をブリュンヒルトはしていた。



「その、パーティを組んで結構、経ちますから……」

「そうだな……」



 少し前のことをクラウスは思い出した、一人になった時のことを。孤独でもよかったと気にしていなかったけれど。



「楽しいと俺は思う」



 パーティを組んでよかったとクラウスが微笑めば、ブリュンヒルトは嬉しそうに「私もです!」と頷く。そんな彼女を見つめながら、リーダーとして気を引き締めていかなければならないなとクラウスは心に決めた。




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