第59話 彼女の居場所になれている


 ざあざあと雨が降る。だいぶ弱まっているけれど止む気配はなく、地面はぬかるんでいて足元が滑りそうだ。そんな中、雨合羽を着ながらクラウスたちはスコーラーの駆除に動いていた。


 クラウスのパーティーはクリーラとマルリダを繋ぐ商業道を任された。道のど真ん中にはぐえぐえと鳴く、スコーラーがいてそれらを見つけ次第、駆除していく。


 ふと、スコーラーが周囲にいなくなり、休息を挟んだ時だ。ブリュンヒルデはクリーラの都へと続く道を眺めていた、何処か寂しげに。それに気づいたクラウスは「どうした」と声をかける。



「いえ、何でもなくて……」

「クリーラが気になるんだろう」

「……そうですね、少し気になります」



 教祖様はどうしているだろうか、同じ聖女として選ばれてたカロリーネは大丈夫だろうかと気にならないわけがなかった。それでも自分が戻ることはまだ許されないだろう。


 ブリュンヒルデはひっそりと自分が今、マルリダにいることを教祖に手紙を通じて伝えていた。ちゃんと届いているのか、不安ではあるけれど「何かあれば連絡してください」と手紙には記している。返信が何もないということはきっとまだ戻ってはいけないのだろうとブリュンヒルデは解釈していた。


 クラウスは何かを言おうとするも止めて彼女の肩をそっと叩いた。今、慰めの言葉をかけるのはブリュンヒルデにとって辛いものになるかもしれないと思って。



「逃がしてもらった時、私には居場所がなくなったんだと思ったんです」

「……ヒルデ」

「あ! 大丈夫ですよ、私は! 今はクラウスさんたちがいますもん!」



 クラウスだけでなく、アロイやフィリベルト、シグルドとルールエという仲間がいる。ギルドでの活動も悪いと思っていなくて、自分の居場所となっているのだとブリュンヒルデは笑った。


 その笑みは無理をしているわけでもなく、純粋なもので彼女が嘘をついていない証だ。クリーラに戻れない寂しさというのはあるけれど、今は悲しくないのだという。



「ルールエちゃんという初めての女の子の友達ができましたし!」

「あたしを呼んだー?」



 ひょこっとルールエがクラウスの背後から顔を覗かせる。大きな栗鼠の尻尾が雨のせいでしけっているのだが、本人はあまり気にしていないようだ。「どうしたの、ヒルデ?」とルールエは小首を傾げている。


 ブリュンヒルデは「何でもないんですよ!」と慌てたように腕をぶんぶん振る。その態度は何でもなくないだろうとクラウスは思ったが突っ込むことはしなかった。



「ヒルデ、分かりやすいよねー」

「それはその……ちょっと、クリーラのことを考えていただけで……」

「大丈夫?」

「大丈夫です! クラウスさんたちがいますもん!」



 仲間がいるのだから悲しくはないのだとブリュンヒルデははっきりと口にする。それを聞いてルールエは「みんながいるもんねー!」と、ブリュンヒルデの隣に立ってにこっと笑んだ。



「クラウスお兄ちゃんすっごい頼りになるし、アロイお兄ちゃん気遣ってくれるし。フィリベルトおじさんもシグルドお兄ちゃんも優しいもん!」


「そうです! みんな良い人なんで!」

「そう言われると頑張ってられるねぇ」



 二人の声が大きかったせいか話を聞いていたアロイが少しばかり嬉しそうにしていた。クラウスもそうやって頼りにされるのは信頼されているということなので、彼の嬉しい気持ちが理解できる。


 ルールエは「みーんな、頼りにしてるんだー!」とにこにこしている。ブリュンヒルデも笑みをみせていて、彼女にとってこのパーティは居場所となっているのだというのは言われなくとも分かることだった。


 クリーラから逃げたあの時の悲しみというのはまだ残っているかもしれないけれど、少しずつ癒えてきているるようだ。


(笑っているほうが似合っているな)


 クラウスはブリュンヒルデの笑みを見て思った、彼女には笑顔が似合っていると。悲しい顔よりも、ずっと似合っている。


(俺は彼女に何かできているのだろうか)


 笑顔にするために、何か。そこまで考えて首を傾げた、なんでそんなことを思ったのだろうか。自分に何かできていないと思っていたからか、別の意味があるのか、暫く悩むも答えはでない。



「どーしたの、クラウスお兄ちゃん?」

「……いや、俺は何かできているのだろうかと」

「できてますからね!」



 クラウスの言葉にブリュンヒルデは身を乗り出した。こうやってみんなに出会えたのも、一人で過ごさなくてよくなったのも、居場所を見つけられたのも、手を差し伸べてくれたクラウスのおかげだと彼女は話す。


 ブリュンヒルデの言葉にルールエとアロイもうんうんと同意するように頷いている。「他にもまだあるんですからね!」と言う彼女の気迫にクラウスは「そうか」と返事をするしかない。



「クラウスの兄さんはよくやってるから自信持ってくれ」

「そうそう。あたしたち頼りにしてるんだよ!」

「わかった、ありがとう」

「自信もってくださいよね!」



 全くとブリュンヒルデはクラウスを見遣る。自信を持てと言われても自分にできることしかやっていないだけなのだがとクラウスは思ったが、それを言ってしまうと倍になって返ってきそうなのでやめておいた。



「どうした、四人とも」

「あ、おっさん。クラウスの兄さんは頼りになるよなって話してたんだよ」

「リーダーはちゃんとやっているのだから当然だろう」



 何を言っているんだと言うシグルドに、フィリベルトも「頼りにしているぞ」と続ける。クラウスはこれは裏切れないなと思った、何せ誰も嘘をついていないから。



「リーダーというのは苦労するかもしれないが、みんながちゃんと役割を持って行動するから安心しろ、クラウス」

「そうだな」



 ブリュンヒルデを励ましていたつもりだったのだが、いつの間にか自分に方向が向いていてクラウスは小さく笑う。



「まぁ、心配するなということだ。あと少し休憩したらまたスコーラーの捜索に戻るぞ」

「へーい」

「ヒルデ、頑張ろうね!」

「頑張りましょう、ルールエちゃん!」



 元気の良いルールエに乗るように明るく答えるブリュンヒルデにもう寂しさは見えなかった。





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