第56話 比較的、魔物が少ない森とはいえ、存在はする
木々から姿を現したのは大柄な熊だった。大人二人分ほどの背丈にがっしりとした体つきは普通の熊とは少し違っている。黒い毛をぶわりと立たせて鋭い金の瞳で獲物を捕らえたかのように睨む。
伸びた鋭利な爪に人間の骨など簡単に砕きそうな牙が口元から見えている。グォォォと呻る声は魔物特有の低さで、クラウスたちは瞬時に武器を出した。
「うっげ、ウッドベアーかよ」
アロイは面倒げに眉を下げながらクロスボウに矢を装填して距離を取る。フィリベルトは大楯を構えながらウッドベアーの動きを観察し、クラウスは二刀の短刀を抜いた。
シグルドはクラウスの隣に立ち鞭のような剣をウッドベアーに向け、ブリュンヒルトは素早く防御魔法を発動させて防壁を作り、その後ろにルールエは下がってぬいぐるみを構えている。
チームの動きの良さにウッドベアーは一瞬だけだが呻るのを止めるも、その瞳は獲物を狙っていた。諦めてくれそうにないのはそれだけで分かることだ。
「ウッドベアーってこの森にいたか?」
「山から下りてきたか、兎の悪戯か」
シグルドの返事にアロイは「後者は質が悪い」とルールエの頭の上に乗っかっているハピラビィをちらりと見遣る。ハピラビィはなんとも愉快げに鼻をひくつかせていた。
ウッドベアーはクラウスたちを獲物として認識し、唸り声をあげるとその鋭利な爪を振り上げた。狙われたクラウスは後ろに飛び、フィリベルトが大楯で攻撃を受け止めてウッドベアーに剣を向ける。
剣先が毛を刈るもウッドベアーが後ろに引いて避けたために傷を負わせることはできなかった。ウッドベアーは両腕を振りまわしながらフィリベルトへと攻撃を仕掛ける。
爪が大楯に傷をつけるがフィリベルトは押されることなくそれを受け止め、ウッドベアーの隙を作り出す。クラウスは静かに駆けて飛び背後を取ると短刀で首根を狙らう――ウッドベアーは振り返りその鋭利な爪で短刀を薙ぎ払った。
落ちた影で背後に何かがいることに気づかれようで、ウッドベアーはクラウスへと標的を変更した。一度、目をつけられてはクラウスが得意とする気配を消しての奇襲はできない。どうにか気を逸らさねばならないと襲い来るウッドベアーから距離を取りながら考える。
鞭のような剣がウッドベアーの振り上げた腕に巻き付いた。シグルドが標的を自分に向けるように腕を引くと、ウッドベアーは腕を振りながら巻き付く剣から逃れようともがく。
「アロイ、眼を狙え!」
「ほら、来たよ、おっさんの無茶振り!」
フィリベルトの指示にアロイはそう愚痴りながらもブリュンヒルトの防壁の後ろに下がってクロスボウをウッドベアーに向けた。暴れるウッドベアーの力にシグルドが抑え込めず、鞭のような剣の拘束が解ける。
傷ついた腕に怒ったウッドベアーがシグルドに噛みつこうと牙を向けるも、武器を持った兎や犬のぬいぐるみたちがそれを阻止するように飛びかかった。身体に引っ付き武器で刺して、殴ってくるぬいぐるみたちにウッドベアーは怯み引き剥がそうと身体を大きく振る。
掴んでは投げ捨てられるぬいぐるみはルールエの指示に従いウッドベアーへと向かっていく。その隙にシグルドはウッドベアーと距離を取った。
ぬいぐるみたちで抑え込もうとするもウッドベアーは暴れて止まることを知らない。アロイは狙いを定めるも、動き回るせいか思うように矢を放つことができなかった。
「グオォォォっ!」
ウッドベアーは声高く鳴くとぬいぐるみを投げ捨てブリュンヒルトたちのほうへと駆けだした。獣特有の速さにフィリベルトの動きが一歩、遅れる。
爪が防壁に突き刺さるも壊れることはない、ブリュンヒルトはロッドを構えながら防壁に魔力を注ぎ強度を増させる。振り下ろされる腕に鞭のような剣が巻き付かれて思いっきり引っ張られると、ウッドベアーはふらりと後ろに引いた。
その隙にフィリベルトが前に出て大楯でウッドベアーを弾き飛ばし、ブリュンヒルトたちと距離を取らせる。よろめくウッドベアーの隙を突こうとクラウスが息を潜めた瞬間だ。
「あっ!」
ルールエの声に目を向ければ、ハピラビィがパニックを起こしたように走り回っていた。どうやらウッドベアーの攻撃に驚き恐怖を抱いたようだ。ぴぃと鳴きながら逃げまどうハピラビィは木にぶつかって倒れる、それはウッドベアーの傍で。
ウッドベアーはハピラビィに気づいたようで蹴飛ばそうとするように足を上げた。意識を戻したハピラビィはその巨体に怯えてか動かない。
クラウスはウッドベアーの前に滑り込むように入りハピラビィを抱きかかえると、短刀に力を籠めながら足を薙ぎ払った。その速さにウッドベアーは反応ができずに姿勢を崩し――矢が放たれた。
「ウグァァアァァ!」
矢は一直線に左目に刺さり、視界を奪われたウッドベアーが片目を押さえながら呻く。ふらふらとした足取りに鞭のような剣がウッドベアーの首に巻き付いた。息苦しさと痛みにウッドベアーが暴れるのをフィリベルトが大楯で受け止める。
「いけ、リーダー!」
シグルドの掛け声にクラウスはハピラビィを下ろして一気に駆けだした。思い浮かべるは光の刃、指輪が反応して深紅の宝石が煌めく。振り上げられた二刀の短刀に光が帯びてウッドベアーを切り刻んだ。
力無くウッドベアーは倒れ伏す、流れる血に息がないことを伝えていた。シグルドは鞭のような剣を仕舞い、フィリベルトは構えていた大楯を下ろした。
ウッドベアーから黒いオーラが溢れて深紅の指輪へと吸い込まれていく。クラウスはそれを暫し眺めてからブリュンヒルトたちのほうへと声を掛けた。
「大丈夫か?」
「こっちは大丈夫です!」
「ハピラビィも無事だよー!」
ルールエはほらとハピラビィを抱きかかえる。ハピラビィは何を考えているのか分からない瞳をクラウスに向けていた。仲間の無事を確認したクラウスは小さく息をついてから彼女たちの元へと近寄る。
「この兎はほんっと質が悪いな」
「そう言うな、アロイ」
「おっさんの指示もそうだけどな」
「お前はよくやってくれるからな」
フィリベルトの「お前ならできるだろう」という言葉にアロイは「その自信はなんなんだよ」と返しつつも否定しない。自信はあるのだろうなとクラウスは思いつつ、ハピラビィに目を向ける。
ハピラビィはじぃっとクラウスを見つめていた。ルールエが頭を撫でようとも、ブリュンヒルトが怪我がないか確認しようともその目を逸らすことはない。それに気づいたクラウスはなんだろうかと首を傾げると、ハピラビィはぴょんっとルールエの腕から離れた。
てとてととクラウスの足元まで歩くとくるくると何度か回ってからまた歩き出す。諦めたのだろうかとその様子を眺めているとぴたりと足を止めて振り向いた。それはまるで着いてこいと言っているようで。
「何、あれ着いて来いってか?」
「私にもそう見えるな」
「どうするんだ、リーダー」
クラウスはハピラビィを見つめるも、相手は視線を逸らすことがない。少し考えてから「着いていこう」とクラウスは返した。
「着いていかずに機嫌を損ねてハプニングを起こされても困る」
「それはあるな」
「なら、行こうよ!」
「あ、待ってよルールエちゃん!」
わーいとハピラビィのほうへと駆けていくルールエをブリュンヒルトは追いかけていく。そんな二人に「場慣れしてきたなぁ」と呟くアロイにフィリベルトも頷く。ルールエに「お兄ちゃんたち早くー」と手を振られてクラウスたちはハピラビィの後を着いていくことにした。
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