第57話 幸運兎の恩返し



 てとてととハピラビィは歩いては立ち止まり、クラウスたちが着いてきているのか振り返っては確認する。その様子に何がしたいのだろうかとクラウスは不思議に思いながらも着いていく。


 ルールエが声をかけてもハピラビィは反応を示さずただ森の中を歩く。草木に囲まれた獣道を足元に気を付けながらかき分けてどれほど経っただろうか。だいぶ、歩いたような気がするがハピラビィは立ち止まらない。


 黙って着いていっていたメンバーもだんだんと何処に連れていかれているのかとハピラビィを訝しげに眺めていた。アロイは「何処まで行く気なんだよ」と愚痴っている。


 流石に森の奥まで入ってかフィリベルトもこのまま着いていくべきなのかと悩んでいる様子だ。ルールエとブリュンヒルトは着いていく気のようで、シグルドはクラウスに任せるといった感じとなっている。


 クラウスもここまで森の中に入るとは思っていなかったので、いくら魔物が比較的に少ないとはいえ、ウッドベアーのこともあってかこれ以上はと思案しているとハピラビィが立ち止まった。


 そこは一面、白い花が咲き誇っている場所だった。花畑の中心には一本の大樹が聳え、ひと際目立っている。ハピラビィはぴょんぴょんっと跳ねながら大樹の根元まで飛ぶとじっとクラウスを見つめた。


 こっちに来いと言っているように見えたクラウスが近寄ってみると、大樹の根元に一輪の花が咲いていた。きらきらとクリスタルのように煌めく青薔薇のような花を咲かせている。なんだろうかとクラウスが観察していると、ブリュンヒルトが「あ!」と声を上げた。



「それ、水晶花じゃないですか!」

「水晶花?」

「すっごく珍しい薬草です!」



 水晶花とはクリスタルのように煌めく花弁が特徴的で、どんな解熱薬よりも効き、砕いて粉末にした花弁は魔除けにもなる珍しい薬草の一種なのだとブリュンヒルトは話す。掠り傷程度なら瞬時に治り、武器に練り込めばゴーストを断ち切ることもできるとされていると。


 フィリベルトも聞いたことがあったようで、樹齢数百年経つ大樹の根に一輪咲くとされ、滅多に見つかることがないため、ギルドなどに渡せばかなりの報酬を受け取れるらしいと教えてくれた。



「それをこの兎はオレたちにくれるってことか?」

「うーん、アロイお兄ちゃんの言う意味に捉えられるよねー、この状況」



 水晶花の話を聞いてアロイとルールエはそう捉えたようだ。クラウスがハピラビィを見遣れば、じっと見つめられていた。つんつんと水晶花を突いてはハピラビィはクラウスを見つめてくるので、受け取れと言っているような気がしなくもない。


 どうするかとクラウスがフィリベルトに問うと、彼は「受け取る分には問題ないだだう」と返される。その花に所有者というのはいないので、摘んだとしても誰から文句を言われることはない。



「ハピラビィはクラウスに礼がしたいのではないか?」

「礼?」

「ハピラビィをウッドベアーから助けたのはお前だろ?」



 幸運兎からの恩返しということではないかとフィリベルトに言われてクラウスはハピラビィに近寄ってみた。ハピラビィは逃げることなく見上げているので、そっと頭を撫でてやる。


 撫でられて嫌がる様子を見せないハピラビィにクラウスは暫し考えたのちに、その恩返しを受け取ることにした。



「誰か摘み方は分るだろうか?」

「あ! 私、分かります! 植物図鑑を読破しているので!」

「お、ということは受け取るのか、クラウスの兄さん」

「あぁ」



 お礼が欲しくて助けたわけではない、幸運兎の幸運を受け取りたくて捕まえたわけではない。もちろん欲がないわけではないけれど、誰かの厚意をクラウスは無碍にはできない質だった。


 ハピラビィは恩返しのつもりか、それとも幸運を運んだつもりなのかは分からないけれど、自分への厚意があるのは確かだとクラウスは感じた。だから、クラウスは「ありがとう」と礼を言ってハピラビィの頭をまた撫でる。ハピラビィは何を言うでもなく、鼻をひくつかせながら大人しく撫でられていた。


   ***


 あれからハピラビィと別れて村に戻り、インプを倒したことを伝えて、生き残っていただろう二羽の兎を引き渡したところ、メーメル族の彼女はクラウスたちが引くぐらいに頭を下げて感謝していた。


 クラウスが「もういいのだが」と言っても、ブリュンヒルトが「大丈夫ですから!」と返事をしても彼女はお礼を言うものだから、その勢いに圧されてしまう。それでもなんとか話を進めて依頼書にサインをしてもらうことができて、この割に合わないと言われた依頼は完遂することができた。


 ギルドに戻ったクラウスたちは依頼書を受付嬢に渡すと、「お疲れ様です」と労われる。受付嬢自身も割に合わない依頼を任せてしまったと少し不安だったようだ。クラウスは気にしていないことを伝えると、水晶花の買取ができるかを聞く。



「え! あの珍しい花を!」

「あぁ、これだが……」



 根元から摘まれた水晶花を受付嬢は見ると、すぐに受付の奥の部屋にいる鑑定士を呼んできてくれた。初老の男はクラウスのことを覚えていたようで、「デュラハン依頼だね」と微笑みながら水晶花へと目を向ける。


 綺麗に咲き誇こる花弁に鑑定士は「これは素晴らしい」と凝視していた。偽物も多いなか、しっかりと植物であること、作り物でないことを鑑定してから「これはかなりの額で買い取れる」と金額を提示した。


 それは暫くの間ならば生活できる金額で、それにはブリュンヒルトもルールエも驚いて目を瞬かせている。フィリベルトはだいだいの予想はできていたようで、「妥当だな」とクラウスに問題ないことを教えていた。



「ギルドメンバーであれば一部のお金を預かるサービスもしていますので、持ち歩くことに不安を感じるようでしたらご利用くださいね」

「頼めるだろうか?」

「了解しました」



 受付嬢に手続きしてもらい、売却を終えたクラウスたちはギルドの奥のテーブル席に座った。相変わらず騒がしいギルド内ではあるが、その騒々しさが落ち着けるようで皆、リラックスした様子だ。アロイは「あの兎、半分厄で出来てる」と頬杖をついている。


 ウッドベアーに関してはハピラビィが関わっていたのかは不明だが、ブリュンヒルトのちょっとしたドジはハピラビィが原因だろう。あの兎に会ってから運が良くなった気はしなかったとアロイは言う。



「あれ、ハピラビィ助けなかったら何の利益もなかったろ、ぜってー」

「まぁ、幸運兎の幸運は気まぐれだと言うからな」

「別に運が欲しかったわけではないから特に気にしていないが」

「欲がないところがクラウスの兄さんの良いところだなぁ」



 アロイに「オレならちょっとは幸運寄越せって思うぜ」と言われて、クラウスはあまり欲がない部類の人間であるのだなと自覚する。幸運と言っても何が欲しいとか思いつかないのだ。


 少しは欲があったほうがいいとアロイは言うけれど、フィリベルトに「クラウスはこれぐらいがちょうどいい」と笑われたのでクラウスはどっちなんだと首を傾げた。



「クラウスさんは今のままで問題ないです!」

「そうか?」

「そうです!」



 ブリュンヒルトの異常な圧しにクラウスは引きつつも、このままでいいと言われたのでこのままでいられるように気を付けようと一人、思う。そんなことを知ってか知らずか、ルールエが「あたし、ぬいぐるみの素材欲しい!」とクラウスの袖を引いた。



「新しいの量産したい!」

「ルールー、この前も作っていなかったか?」

「あれは偵察用のだよ、シグルドお兄ちゃん。戦闘用のを作りたい!」



 ウッドベアーとの戦闘で傷ついたぬいぐるみがいるので新しく作り変えたいのだと主張するルールエにクラウスは「あとで材料を見に行こう」と返す。そうすれば、ルールエは「やったー!」と嬉しそうに両手を上げていた。


 すぐにでも行きたい勢いのルールエを落ち着かせて、一先ず今日は休むことにした。宿に戻るかとアロイたちが席を立つその背をクラウスは眺めて、少し前の一人だった時の自分をふと思い出す。


 あの時は別に一人でもよかった、自分はもう誰とも組まないかなと思ってもいたのだが、今こうして仲間と冒険者をしている。



「どうかしましたか?」

「いや……賑やかだなと」



 クラウスがそう返せば、ブリュンヒルトは少し考えてから、「良いですよね、賑やかって。一人じゃないんですもん」と微笑んだ。その笑みにクラウスは数度、瞬きをしてからクラウスは「そうだな」と頷いた。もう自分は一人ではないのだと実感して。



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