第55話 幸運兎か、不運兎か
生い茂る草木をかき分けながら歩いているとがざがざと物音がした。シグルドが立ち止まったのでクラウスが見渡してみれば、お世辞にも上手いとは言えない蔦でできた檻が草むらにひっそりと置かれている。その中に兎が二羽、窮屈そうに入れられていた。
傍にインプがいるのを見るに自分の餌として保存していたのだろう。インプはクラウスたちに気づいてか、威嚇するように牙を向く。
シグルドが鞭のような剣をしならせるとインプはそれを避けてブリュンヒルトに飛び掛かった。ブリュンヒルトは慌ててそれを避けて防御魔法を発動させる。
ルールエは防御魔法の後ろに隠れてぬいぐるみたちを動かしてインプを追いつめていく。鞭のような剣に誘導されるように、ぬいぐるみに追いかけられて焦るインプの首根を刃が捕らえた。
首を落とすように引き裂かれたインプの首根から血が噴き出す。音もなく距離を詰めたクラウスが止めを刺すように胸を突き刺せばインプは力なく倒れた。
「一瞬だ!」
「相変わらず気配がないねぇ、クラウスの兄さん」
ルールエは目を瞬かせ、アロイはいつ見ても凄いなといったふうにクラウスを見ている。刀を仕舞いながらクラウスはそんな二人に「これぐらいしかできないからな」と小さく笑った。
ブリュンヒルトが蔦でできた檻の傍へと駆け寄り中に閉じ込められている兎を確認する。二羽の兎は大人しく、元気が良さそうだった。
「うさぎさんは大丈夫そうです」
「それならその子を連れて戻ろうか」
インプ退治は終わって兎も二羽だけではあるものの戻ってきたのならば、依頼主も妥協はしてくれるだろうとフィリベルトは戻ることを提案する。クラウスもそれに賛成だったのでそうしようと皆に声をかけた。
「ハピラビィはどうするの?」
「それが問題か……」
ルールエは抱きかかえているハピラビィを見遣る。ハピラビィは何を考えているのか分からない赤い瞳を向けていた。とりあえず、地面に降ろしてみるのだがハピラビィはぴょんっと跳ねてルールエの頭に乗っかるだけだ。
その様子は絶対に離れないという強い意思を感じて、これにはフィリベルトも困ったように頭を掻いていた。
「こいつ、連れていくしかねぇの?」
「無碍にして面倒なことを引き起こされるよりは連れていくほうがいいだろうな」
「はー、面倒だなぁ」
フィリベルトの言葉にアロイは面倒そうにハピラビィを見るも、仕方ないのかと諦めたように息を吐いた。
ハピラビィのことは一先ず、依頼主へ報告を終えてから考えることにしてクラウスたちは森から出ることにした。それほど広いわけではないので抜けるのは簡単なのだが、背丈の高い草が茂っているので急ぐことはできない。クラウスは隣を歩くブリュンヒルトに足元に気を付けるように伝える。
「足元が見えないからゆっくり歩くといい、ヒルデ」
「気を付けます」
「ルールエも気を付けてくれ」
「シグルドお兄ちゃんに支えてもらってるから大丈夫だよー」
振り向けばルールエは片腕でハピラビィを抱きながらシグルドに手を引いてもらっていた。シグルドの手際の良さにクラウスは流石だなと思いつつも、これなら大丈夫だろうとブリュンヒルトへと目を向ける。
足元が見えないので気を付けながら歩いているブリュンヒルトは少しばかり危なっかしく見えるものの、注意しているのならば問題ないなと見つめるクラウスの様子をハピラビィは観察していた。
「キュッキュッ」
ハピラビィが小さく鳴いたのに気づいたルールエが見遣れば、水晶のような角が淡く光る。あれっとルールエが思ったのと同じく、ブリュンヒルトが「うぎゃっ」と声を上げた。
ブリュンヒルトはぬかるんだ地面に足を取られてその勢いでクラウスを巻き込む形で転んでしまった。クラウスは咄嗟に彼女を庇うように倒れる。
「大丈夫か、ヒルデ」
「す、すすいませんっ」
クラウスに乗りかかっているブリュンヒルトは慌てて起き上がろうと立ち上がって足をよろめかせる。そのまま後ろに尻餅をつきそうになったのをクラウスが抱き寄せる形で免れた。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です!」
「そこまで慌てなくてもいいと思うが……」
なんとか立ち上がって返事を返すブリュンヒルトの慌てた様子にクラウスは首を傾げながらも立つ。
「チッ」
「この兎、舌打ちしたが?」
「あ、シグルドお兄ちゃんにも聞こえた?」
ルールエは角が光ったことを話しながらハピラビィをフィリベルトに向ける。彼は「イタズラが思うようにいかなかったのだろう」と答えた。
「ハピラビィも悪戯好きだからな」
「クラウスの兄さん、目をつけられたかー」
「俺は問題ないが……」
巻き込まれたブリュンヒルトは大丈夫だろうかとクラウスが見れば、彼女は「だ、大丈夫です!」とぶんぶんと手を振っていた。
ハピラビィは悪気の無い顔を向けているので、アロイは面倒げに眉を寄せながら角を弾いた。それにハピラビィは反応したものの、何をするでもなく赤い眼で見つめるだけだ。
「こいつ、悪びれてねぇ」
「魔物にはこちらの事情など関係ないからな」
「でもよぉ。一緒に居ると面倒だぜ、これ」
アロイの言う通り、こうやって悪戯が頻発するようならば困るのはパーティメンバーだ。戦闘中に起こされでもしたら、命に関わる可能性だって出てくる。その指摘にはフィリベルトも同意見らしく、どうしたものかと頭を悩ませていた。
ルールエはハピラビィを地面に降ろして「そろそろ住処にお帰り」と言ってみるも、ぴょんっと跳ねて頭に乗っかってしまう。
「脅かしてっていうのも反感買ったら困るしなぁ」
「でも、ずっと一緒にいるわけにもいかないですよねぇ」
ハピラビィの希少性を考えれば、自分たちと一緒にいて他人の目に触れた時、邪な考えによって危険な目に合うかもしれない。そう考えるとやはり野生に返すべきなのだが、ハピラビィ自身が離れようとしないのでしたくともできなかった。
魔物に懐かれて魔物使いとして活動してる存在がいるのは知っているが、ハピラビィは懐いているというよりはただ着いてきているだけだ。
クラウスもどうしたものかと思案しているとハピラビィの眉間に皺が寄るのが見えた。不機嫌そうに鼻をひくつかせながら小さくうーっと呻っている。これはとクラウスがハピラビィに触れようとした時だった。
「ガウォアァァァアァアアアっ!」
周囲に轟く雄叫びに皆が振り返った。
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