③信頼しているからこそ
「おっさーん」
「なんだ、アロイ」
宿屋のテーブル席で休んでいたフィリベルトにアロイが声をかける。グラスに入った果実水を飲みながら振り向く彼にアロイは「聞いてくれよー」と肩を組んだ。アロイがこうやって絡むことをよくあることなので、フィリベルトは特に気にすることもない。
「めんどうくせぇのに捕まってさー」
「何かあったのか」
「いやさー、ギルドにちょっと顔出したわけよ」
休息をとる日ではあるけれど何か良さげな依頼があるのなら、予約しておくのも手ではないのでギルドに確認しにアロイは顔を出した。
いつもと変わらず騒がしいギルド内ではあるが、ある一角で揉めも事が起こっていた。なんだろうかと見遣れば、女だけでパーティを組んでいる冒険者に男の冒険者が絡んでいたのだ。
女性からしたら嫌だろう言葉を言われているの見て、これは大変だろうなとアロイは思ったらしく、ギルドの受付嬢に知らせてやった。受付嬢の仲裁もありその場は治まったので、アロイはこれで大丈夫だろうと掲示板のほうへと向かったのだが、そのパーティーの女に声をかけられた。
リーダーらしき女冒険者はお礼と共に「一人ならわたしたちと一緒にいかないか?」と誘ってきた。アロイはすでにパーティを組んでいることを伝えてなるべく丁寧に断ったのだが、相手が引いてくれず。
腕に抱き着いてきて「いいじゃないか」と誘ってくる。なんとも面倒なものに引っかかってしまったなとアロイは思いながらやっとのことで逃げ出してきたのだという。
「女って分かんねぇって感じ……疲れた」
「お前は顔が良いからな。女性受けは良いだろう」
「どうせ、童顔だよ、ちくしょう」
アロイはむすっとしたように言うとフィリベルトの隣に座った。フィリベルト的には褒めたつもりではあったのだが、アロイからしたらそうではなかったようだ。
「お前だって年頃なのだから恋人がほしいと思うことがあるんじゃないか?」
「その言葉、そっくりそのままおっさんに返そうか?」
「私は興味がないな」
「同じー」
恋人がほしいと思ったことはないし、興味もないので言い寄られても困るだけだとアロイは言う。誰が誰を好きになるのは別に個人の自由なのでいちいち突っ込むことはしないと。それにはフィリベルトも同意見のようで、「色恋は個人の自由だからな」と頷く。
「まぁ、うちのパーティにも抱えているのがいるけれど」
「シグルドはどうだろうな……あの様子ではまだまだ先になりそうだが」
「それなー」
ルールエは鈍感な気がある。無自覚なので質が悪く、攻めるに攻め難いのでシグルドからしたらかなり分が悪いだろう。唯一の救いは彼女からの好感度が高いことだ。
好感度が高いのでまだ未来が見えるといったところだというのは二人の見解だった。先が長いのでシグルドが諦めないかと些か思わなくもないのだが、彼は諦めが悪い部類のようでルールエから離れることはほとんどない。
二人は彼らのことを応援はするけれど、手伝う気はないので「まぁ、頑張れ」と声援をおくるだけだ。色恋というのは自分の力でやらなければ意味がないのだから。
「まー、シグルドの兄さんも何とかするっしょ」
「そうだな」
「あ、フィリベルトさんにアロイさん」
そうやって話していると声をかけられた。見ればブリュンヒルトがクラウスと共に宿へと戻ってきたようで、「お二人とも何を話していたんですかー」と駆け寄ってくる。
アロイが「シグルドの兄さんの恋の行方」と答えれば、ブリュンヒルトは「あー」と声を零す。
「シグルドさん、なかなか想いが伝わってないですからね……」
「あれはまだまだ先だろうなぁって話をしていた」
「あれは……そうだな……」
「クラウスの兄さん、フォローしようとしなくていいから」
クラウスの目から見てもシグルドとルールエの関係というのはあまり進展しているようには見えなかった。こちらから何かできる訳でもないので見守ることしかできないのだが。
ブリュンヒルトも「ルールエちゃん、気づいている気配ないですもんね……」と少しばかりシグルドに同情している。
「まぁ、二人のことは見守るとして、お二人さんはどっか行ってたの?」
「傷薬などを買い出しに」
買出しにいったのだとブリュンヒルトは持っていた紙袋を見せる。袋の中には傷薬や包帯などの医療品が入っていた。ブリュンヒルトは袋の中を見せながらそういえばと言葉を続ける。
「アロイさんってフィリベルトさんとなんやかんや一緒にいますよね」
最初の時の「何、あのおっさん」って感じが今はないというブリュンヒルトの指摘にアロイが「まー、もう仲間だし」と答える。
第一印象は確かになんだこいつではあったけれど、その態度の理由などを知って納得したので今は気にしていないし、仲間としてパーティを組んでいるのだから信頼しないわけがないと。
それはそうだよなとブリュンヒルトはアロイの返しに納得したように頷く。自分も仲間を信頼しているのでその気持ちは分からなくはなかったようだ。
「おっさん、頼れるからなー」
「お前は私の指示を上手く決めてくれるから頼りにしている」
「そりゃあ、腕には自信あるからな」
腕に自信がなければ冒険者はやっていけないのだが、それでもアロイは「無茶な指示はやめてほしいけど」と、じとりとフィリベルトを見た。彼は笑うだけで返事を返さないのでやらないと断言しないつもりのようだ。
「目玉とか足狙うより難しいからね?」
「お前の腕を信頼しているということだ」
「おっさん、都合の良いこと言うー。人間不信気味のくせにー」
「でも、フィリベルトさん私たちのことは信頼しているんですよね?」
「あぁ、しているよ」
確かに自分は人間不信なところがあるのは認めるとフィリベルトは答える。紆余曲折あって今こうして此処にいるのでそれは認めざる負えない。けれど、クラウスたちの接し方や態度、嘘をつかないところなどを見てきているので信頼できると判断したのだという。
「特にクラウスは嘘がつけないタイプの人間だからな」
「それは……そうだな。嘘はつけない」
「お前はパーティを組む上で必要になるだろう事情は必ず話してくれるから安心できる」
「オレやヒルデの嬢ちゃんも同じってか?」
「お前たちもそうだ」
フィリベルトは「信頼していなければあんな指示はしないし、此処にはいないだろう」と言って、果実水を飲む。彼なりの信頼の証と言ったところなのかとアロイは納得したようだ。
「まー、オレは腕に自信あるからなー」
「その自信の高さには驚くが」
「自信持たねぇとやってられねぇって」
「アロイさんはずばっと敵に当てますもんねぇ」
多少は厳しい指示であってもアロイはこなしてみせるので、信頼してしまうのも頷けるとブリュンヒルトは言った。それにアロイは「そりゃあ、やってやるってなるかならな」と答える。
期待には応えたいものだし、指示をこなせば仲間たちが優位に立ち向かえるのだからやるしないとなるのだとアロイは笑った。
「でも、きっつい指示はやめてほしいものだぜ?」
「それでも応えるのがお前だろうな」
「あー、これは止めねぇな」
アロイは諦めたように頬杖をついた。そんな様子にブリュンヒルトは「それだけ信頼されているってことですよ」とフォローを入れる。そんな二人を眺めながらクラウスはフィリベルトに「いつもすまない」と声をかけた。
「戦闘中の指示を任せっきりで……」
「何、気にすることはない。お前よりも経験があるのだからこういった立ち回りになるのは仕方ないことだし、私は苦でもないからな」
指揮をとるのには慣れているとフィリベルトは何でもないように返す。そんな彼にクラウスは「助かる」と礼を言ってアロイたちのほうを見た。彼はぶーっと頬を膨らませているので、「程々にな」とクラウスは言っておくと、「善処しよう」とフィリベルトは小さく笑った。
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