②雪狼と小栗鼠の休息


「今日はお休みだからぬいぐるみ作るぞー!」



 ルールエはそう言って裁縫道具と材料をテーブルに広げた。宿屋の食堂代わりにもなっているテーブル席でルールエはぬいぐるみを作るために準備をする。


 今日は休息を取る日となっているのでルールエは今のうちにぬいぐるみの修繕や新しいものを制作しようと考えた。ドールマスターである彼女にとってぬいぐるみや人形は武器だ。だからこそ、手入れは欠かさないし、予備を増やすことを怠らない。


 ほつれたぬいぐるみがいくつかあったのでテーブルに置いて針に糸を通す。鼻歌を歌いながらルールエはぬいぐるみを縫っていく。慣れたものでその速度というのは早いものだった。



「ルールー」

「うん? あ、シグルドお兄ちゃん」



 名前を呼ばれて振り返れば、シグルドが隣の席に座ってきた。ルールエは特に気にすることもなく、「今、起きたの?」と話しかける。今は昼前ではあるけれど、朝とは言い難い日の高さだ。シグルドは「たまには長く睡眠をとるのも悪くない」と言ってルールエの腰を抱く。



「ルールーはぬいぐるみを作っているのか」

「そうだよー。休みの日のうちに作ったり、修繕しないとねー」



 さくさくとほつれたぬいぐるみを縫っていくルールエをシグルドは物珍しげに見つめていた。



「あのさー、シグルドお兄ちゃん」

「なんだ」



 そんなシグルドをルールエは縫う手を止めて見遣ると言う。



「あんまり近いと縫いづらいよー」



 ルールエは「針を刺しちゃいそう」と困ったように眉を下げる。シグルドは言われて気づいたらしく、「すまない」と言って腰を抱くのやめて少し離れた。



「シグルドお兄ちゃんはスキンシップ多いよねー」

「……嫌だっただろうか?」

「別に嫌じゃないよー」



 スキンシップ多い人は良くいるからねとルールエは気にしてもいないように返す。それに少しばかり安堵した表情をシグルドは見せたが、すぐになんとも言えない顔をした。



「……オレが言うのも説得力がないのだが、男のスキンシップには気を付けた方がいいぞ」

「分かってるよー! 他の人は嫌だよ、怖いもん!」



 ルールエは「何されるか分かんないじゃん」と答えた。分かっているのだろうかとシグルドは思ったが、それよりも気になることがあった。



「……オレからはいいのか?」



 ルールエの言い方ではシグルドは問題ないということになるのだ。だから、シグルドは大丈夫なのかと問うた。それに彼女は「え、大丈夫じゃないの?」と首を傾げる。



「だって、シグルドお兄ちゃんは悪い人じゃないでしょ」

「……なるほど」



 悪い人ではないという認定をルールエからシグルドは貰っているようだ。それならば今までの態度も理解できるなとシグルドは納得する。とはいえ、彼は何とも複雑そうな表情を見せた。



「どうしたの、シグルドお兄ちゃん?」

「いや、何でもないが……オレも男なんだがな……」



 ぼぞりと呟かれた言葉にルールエは不思議そうにシグルドを見た。彼もまたじっと見つめてきているのだが、ルールエにはその瞳の色が読めない。うーんと考えてみるけれど、シグルドが悪い人には思えないので大丈夫だという意思は変わらなかった。



「シグルドお兄ちゃんは大丈夫だよ?」

「それはそれで……もう少し頑張ろう」

「何を?」

「いや、気にするな。ただの独り言だ」



 シグルドはそう言って笑みを見せるとルールエの頭を撫でた。今、撫でられることしたかなとルールエは思ったけれど、彼に撫でられるのは嫌いではないので大人しくしておく。


 暫く撫でていたシグルドだったが、「あぁ、ぬいぐるみを縫っていたんだな」と思い出したように手を引っ込めた。少し名残惜しいなとルールエは思ったけれど、ぬいぐるみは作りたかったので縫う作業に戻る。



「なぁ、ルールー」

「何、シグルドお兄ちゃん」

「暫く此処にいて、お前と話したいのだがいいか?」

「いいよー。お話しながらでもぬいぐるみは作れるからね!」



 にこっとルールエが微笑めば、シグルドは数度、瞬きをしてから「それは反則だな」と深い溜息をつく。ルールエにはよくわからなかったけれど、彼が喜んでいるのは尻尾を見ればわかることなので何かあったわけではないのだろうなと思うことにした。




「あれさ、くっつくと思う、おっさん」

「まだ先になりそうだな」



 一部始終を別のテーブル席で目撃していたアロイとフィリベルトはシグルドをひっそりと応援した。


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