第十章……イタズラ小悪魔と幸運兎
第52話 割に合わない依頼
ラプスからマルリダに戻ったクラウスたちはいつものように依頼をこなしていた。今日も害獣駆除を終わらせて返ってきた彼らはギルドのテーブル席で少し遅めの昼食をとっている。
相も変わらずギルド内は冒険者たちで騒がしいのだが、特に気にすることもなくクラウスはぼんやりとしながら食事を口に運んでいた。
これが終わったらどうするか、休むかと話をしながら食事をとっているとざわりとまた一層、騒がしくなった。なんだろうかとクラウスがなんとなしに見遣れば、受付に一人の女が立っていた。
ベスティアの証である獣の耳にくるりと巻かれた角を持つ女は困ったように眉を下げて受付嬢と話している。真っ白な癖っ毛がくるくると跳ねているのが目立つが、それよりもそのスタイルの良さが周囲の目を惹きつけていた。
「あのー、無理でしょうかぁ?」
「うーん、いけなくはないですけど……受けてくれる冒険者さんいるかなぁ……」
獣人の女はどうやら依頼を持ってやってきたらしい。けれど、その内容が問題なのか受付嬢がなんとも言えない表情をしていた。
受付嬢が話すたびに獣人の女は胸を押さえて眉を下げながら何かを言っている。ぎゅっと潰される胸に男の冒険者は目が釘付けだ。
「何かあったの、あれ」
「さぁ……困っているようではあるが……」
アロイも気づいたらしくそう言ったので、クラウスが答えると様子を窺っていた男の冒険者たちが「どうしたの」と声をかけていた。彼らの目は彼女の顔を見てはいない。
「えっと、山羊のベスティアさんですかね?」
「いや、あれは羊だ」
「シグルドお兄ちゃんの言う通り、羊だね」
ルールエは「あの癖っ毛は羊のベスティア特有なんだよ」と話す。ブリュンヒルトはそうなのかと勉強になったように羊の獣人の女を見た。彼女の周囲には男の冒険者が集まっているのだが、話が進んでいるようには見えない。
「あれ、なんで男の人たち集まってるの? 助けてあげてるのかな?」
「あー、あれは男受けよさそうだからなぁ……」
「男受け?」
アロイの言葉にルールエが首を傾げる。それにフィリベルトが「アロイ」とじろりと見遣って「あ、わりぃ」と彼は謝った。それでもルールエは少し考えて理解したらしく、「男の人はあんな感じの女性が好きなのかな」と言った。
「美人さんだもんね、あの人」
「いや、好みはあると思うぜ?」
「アロイお兄ちゃんは違うの?」
「あー、オレはちげぇかなぁ」
ベスティアだからとかそういったものではなくて、ただ自分の好みではないのだとアロイは答えた。ルールエはふーんと納得したように返事をして羊の獣人の女に目を向ける。
「でも、男の人に人気だよね」
「そういうこともあるものだ、ルールエ」
「フィリベルトおじさんは興味なさげだね」
「私はあまり興味がない」
フィリベルト自身、そういったことに興味がないようだ。「そもそも女性にそういった視線を向けるのもどうかと思う」と冷静に答えていた。確かに邪な目を女性に向けるというのはよくないことだろう。そう言われてルールエは「そうだよね」と頷く。
「えっと、男受けが良いって大変なんだね」
「そうですよね……好きでもない人から言い寄られても困るだけですもんね……」
「何が惹きつけるんだろう? 美人さんだし……スタイルの良さ?」
ルールエはそう言って自分の胸に手を当てた。それに釣られるようにブリュンヒルトも同じようにやってしまう。
「ルールー、お前は愛らしいのだから問題はない」
「えー、あたしスタイル良くないけどなぁ」
「スタイルの良さなど関係ない。お前はお前だから良いんだ」
シグルドはルールエの肩を掴みながら言う、お前はお前だから良いのだと。それはもう力説するものだからルールエは「え、あ、うん」と返事を返すしかない。
「でも、人気あるのは事実じゃないですか?」
ブリュンヒルトは胸を押さえながら羊の獣人の女に集まる男の冒険者を見る。それは事実なのでアロイは「まぁ……うん」と目を逸らした。フィリベルトもなんとフォローすればいいのかと悩ましげにしている。
これは言葉を間違えると傷つけかねない話題なので、男性陣はなんと言うべきかと悩ませていた。
「クラウスの兄さん」
「なんだろうか?」
「クラウスの兄さんは気になるタイプ?」
アロイの問いに自分に振ってくるのかとクラウスは思ったけれど、自分だけが黙っているというのも良くないかと気づく。
「いや、俺は特に気にならないが」
「本当ですか?」
「そもそも、俺はそういったもので相手を好きになるのではない」
容姿も見た目も性格も気にはしなくて、相手の良さや悪さを見て、自然と惹かれていくのだ。スタイルの良さなど気にもしていなかったとクラウスは素直に答えた。
惹かれる要素の一つではあるのだろうけれど、クラウスにとっては気になるものではないのだ。
「アロイの言う通り人には好みがある。全ての人間がそうとは限らない」
「それはそうですけどー」
「ブリュンヒルトはそのままでも十分に可愛らしいと思うが、そこまで気にすることなのか?」
クラウスは思ったままを口にするとブリュンヒルトは目を見開かせた。何かおかしなことを言っただろうかとクラウスが首を傾げると、「あー、無自覚だわ」とアロイがぽつりと呟く。フィリベルトもシグルドも「お前は……」と言ったふうに見つめてきて、クラウスはますます分からないといった表情を見せた。
ブリュンヒルトは顔を赤くさせながら「そ、そういうところですよ!」と言って顔を覆い、アロイは「あれもクラウスの兄さんの良さだから」と慰めている。ルールエに至っては「わかる、ヒルデは可愛いもんね!」とクラウスの言葉に同意していた。
「その、変なことを言っていたのなら……すまない」
「いや、クラウスの兄さんは変な事言ってないから。ただちょっとその天然さをどうにかしような」
「……天然」
アロイの指摘にクラウスはますます分からないと言ったふうに眉を下げる。そんな様子に「これは駄目だろう」とシグルドが呟いていた。
そうやって話をしていると「あのー」と声をかけられる。振り向けば、受付嬢が羊の獣人の女を連れてやってきた。
「今って依頼とか受けてませんよね?」
「受けてはいないが……」
「このベスティアさんの依頼を受けてくれませんか?」
受付嬢はそう言って依頼内容を話した。彼女の村でインプが悪戯をしているらしく、それをどうにかしてほしいのだという。それぐらいならば、Cランクの冒険者が請け負うことだなとクラウスが思っていると、受付嬢は「その、それ以外にもあって……」と言う。
「この方の村では食用兎を飼育してまして、その……インプが逃がしてしまった兎も捜索してほしいらしく……」
飼育していた兎を村中総出で探してはいるのだが、森に入ってしまったものも何匹かいるらしい。インプに食べられてしまっているかもしれないが、もしかしたらまだ生きている兎もいるかもしれないのでその捜索もしてほしいのだと。
話を聞いてなんとも面倒な依頼だなと思った。Cランク冒険者には丁度いい依頼だとは思うけれど、Bランク以上の冒険者はやりたくはないだろう。クラウスが「何故、自分たちにこの話が来たのか」と問えば、受付嬢は「皆さんは邪なことは言いませんから」と答えた。
「その、依頼料が少なくてですね……。このメーメル族の女性に関係を持ち込んでくる不届き物がいまして……流石に見逃せないので皆さんにと」
「なるほど」
クラウスたちは依頼をこなしているが、問題行動を起こしたことは一度もない。中級魔物も狩れていることもあってかマルリダのギルドからは信頼されていた。なので、この依頼を任せられると思ったのだとギルド側は考えたのだ。
それを言われるとクラウスたちも考えなければならない。ギルドからの信頼を無碍にすることはできないからだ。報酬額を聞いて確かにこれは割には合っていないなとクラウスだけでなく、他のメンバーも思った。
「インプぐらいならば軽い仕事ではある。ただ、兎探しがな……」
「おっさんと同じこと引っかかってるわ、オレも」
「うーん、グリムなら探せなくはないと思うけどなー」
「労力がな」
メンバーの反応にメーメル族の女は申し訳なさそうに俯いている。彼女も割に合っていない依頼をしている自覚はあるようで、クラウスはこれは仕方ないなと小さく息をついた。
「受けよう。ギルドからの信頼を無碍にはできない」
クラウスの言葉にアロイも「それはそうだよなー」と言って納得する。フィリベルトも仕方ないといったふうで、ブリュンヒルトもルールエも異論はないようだ。シグルドは「リーダーが決めたことならば」と言っている。
受けることを言えば、メーメル族の女はぱっと表情を明るくさせて「ありがとうございます」と頭を下げた。
「その、本当にありがとうございます。……村長にもどうにか頼んできてくれって言われててどうにかしないとって思って……」
「この方、関係持ち込まれて悩んでましたからね……」
「ちょ! 自分の身体は大切にしましょう!」
それを聞いてブリュンヒルトは声を上げると、メーメル族の女は「私、ギルドに依頼するの初めてで……」と申し訳なさげに答えた。初めてでもおかしいと気づくだろうと突っ込みたかったが、話が進まなさそうなのでクラウスは止めた。
「村は此処から近いのか?」
「あ、はい。少し先にあります……」
「なら、今から行けば間に合うな」
クラウスはそう言って立ち上がると「案内してくれ」と頼む。彼が動くとアロイたちも席を立って武器を手にいつでも戦える準備を始めた。
受付嬢は気を付けてとクラウスたちを見送ってから業務へと戻る。メーメル族の女がいなくなって周囲にいた男の冒険者たちはつまらなさそうにしていたが、受付嬢に「ちゃんと働いてくださいねー」と威圧されて渋々、依頼が張り出されている掲示板へと向かっていった。
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