第31話 魔犬は月夜に鳴く
黒い魔犬が走る。匂いをかぎ分けながら獲物を追跡するように。静かに、早く、確実に狙いを定めて。
ガルムは岩の多い山奥へと逃げていた。日はすっかりと沈み、月が昇って星がきらきらと瞬き明るい夜だった。
岩陰に隠れるように座っていたガルムは耳をひくつかせて立ち上がる。岩から顔を覗かせて隠れているだろう追跡者を睨みつけた。
「がうぁぁぁぁぁぁっっ!」
雄たけびを上げて血で汚れた灰色の毛を逆立て前へ出る。一歩、足を踏み出してガルムは飛び避けた。地面に突き刺さる矢に顔を上げれて隠れている場所を把握し、駆ける。
「ふんっ!」
素早く大楯を構えてフィリベルトがガルムを弾き返す。大楯にぶつかり痛みに小さく鳴くとガルムは距離を取った。フィリベルトを睨みながら警戒しているようだ。
一つ、風が吹き、ガルムが再び駆けだした。フィリベルトはそれを大楯で受け止めて剣を振るう。剣先は毛を梳くも、皮膚に傷をつけることはできない。
首には深い刺し傷が残っているが致命傷まではいっていないようでガルムの体力はまだありそうだ。ガルムはガウっと大きく鳴いて走る――茂みのほうに。
フィリベルトが動くよりも早く飛んで、茂みから人が飛び出す。アロイは転がりながらも態勢を整えてクロスボウを構えて射る。矢はガルムの首を狙ったものの、肩口に刺さったけれど相手は怯むことがない。
アロイを狙うように牙をむくがそれをぬいぐるみに阻止されてしまう。ウサギ、猫、犬とさまざまな小型のぬいぐるみが手にした斧やナイフでガルムルを攻撃する。集まったぬいぐるみに動きを封じられてガルムは暴れ、その隙にアロイは一気に距離を取った。
「アロイ、足を狙え!」
「簡単に言うなよ、おっさん!」
フィリベルトの指示にアロイはそう愚痴ってクロスボウをを構えた。ぬいぐるみに動きを制限されているガルムの足に狙いを定め、矢を射る。
その矢は的確に足を狙い、相手にダメージを与える。ガルムは負傷した足を引きずりながらもぬいぐるみを食いちぎって投げ飛ばす。ぬいぐるみからできた隙をついて輪から飛び出るとフィリベルトへと突進した。
大楯でガルムを受け止めて剣を振るう。斬りつけられたガルムの皮膚から血が流れる。ガルムはふらつきながら距離を取るが、ぬいぐるみが再び襲った。四方八方から殴られ斬りつけられながらもガルムは抵抗するその足に再び矢が突き刺さる。
怒りに燃える赤い瞳がアロイを捉えると駆けだした、食らうために。
「聖なる輝きを、此処に!」
声高らかに上げてロッドが掲げられる。紫の魔法石から光が発せられて、ガルムはその眩しさに苦しみ足を止めた。
茂みからブリュンヒルトは出るとアロイの前に立ち、さらに詠唱する。紫の魔法石の光が強まったかと思うと、ぱっと周囲が白に染まる。
「神の瞬きを、見よ!」
焚かれたフラッシュにガルムは目を潰されて泣きわめきながら頭を振り回す――ふらりと一つ、影が落ちた。
「がぁぁぁぅあぁぁぁっ!」
首につけられた深い傷に短刀が刺さる。宙を舞い、ガルムの背後をとったクラウスが二刀の短刀を首に突き刺した。
イメージするは刃で焼き切る。クラウスの考えに反応するように指輪にはめられた深紅の魔石が鈍く光った。短刀の刃が熱く熱せられ、火を噴く。
クラウスは短刀を握る力を強めて深く刺しながら肉を抉った。ぐるんとガルムの首が回って吹き飛ぶとチャーチグリムが飛び出してその頭をキャッチした。
飛んだ獲物に反応したようでチャーチグリムは咥えながら尻尾を振っている。茂みに隠れながらぬいぐるみを操っていた少女が「こらー」と出てくる。
「汚いから捨てる! ぺっしなさい!」
少女に叱られてチャーチグリムは尻尾を垂らしながらガルムの首を地面に落とした。
クラウスは倒れる胴体に乗っていたが立ち上がり離れる、頬はべったりと返り血で汚れているのだが本人は気にする素振りをみせない。
「クラウスさん、血塗れ!」
「いや、服は問題ない」
「顔が問題ありなんですよ! 頬真っ赤!」
ブリュンヒルトはまったくもうと呟きながらカバンからハンカチを取り出してクラウスの頬に着いた血を拭ってやった。
「それほどだったか?」
「酷いです」
「オレでもちょっと引くぜ、クラウスの兄さん」
「そうか……」
二人に指摘されてクラウスは拭かれた頬を撫でる。
ガルムの身体から黒いオーラが溢れてするするとクラウスの指にはめられた深紅の指輪へと吸い込まれていく。それを眺めていれば、「異様だな」とフィリベルトに言われた。
「話には聞いていたがこうしてみると異様だ、その指輪は」
「抜けないから仕方ない」
フィリベルトには指輪のことを話しておいたのだが、実際に見てみると恐怖はないものの異様だと思ったようだ。抜けないのでこの指輪とは付き合っていかなければならないと困ったように眉を下げれば、「仕方ないな」と小さく笑われた。
「お兄ちゃんたち、あたしも役に立ったでしょー!」
「そうだな、嬢ちゃんも少しは役に立った」
「嬢ちゃんじゃない! ルールエだもん!」
少女、ルールエはむぅっと頬を膨らませた。そんな彼女にアロイが「悪かった、悪かった」と頭を撫でる。
「あたしだって立派な冒険者なんだからね!」
「よく頑張ったと思うぞー」
「何、その返事―!」
うーっと呻りながらルールエはアロイを見つめるも、彼は「揶揄ってるわけではないんだぜ」と返すだけだ。ブリュンヒルトも「助かりましたよ」と声をかけている。
ブリュンヒルトにそう言われて、ルールエは得意げに「そうでしょう」と胸を張った。
「あたしだってできるもん」
「けれど、一人でやろうとするのはいただけんな」
「おじさん、厳しい」
ぶーっと口を尖らせてじとりとフィリベルトを見るが、彼には通用しない。「本当のことだろう」と言われては言い返せないので、ルールエは黙った。
「アロイ、ガルムから毛皮を剥いでくれ。あれは素材だ」
「りょうかーい」
話に入るようにクラウスが言えば、アロイは肩に刺していた分厚いナイフを取り出した。獣の解体は彼が得意とすることなので任せるようにしている。アロイは「これぐらいならすぐだぜ」と言いながらガルムの毛皮を剥ぎだす。
肉と毛皮が剝がれる瞬間にブリュンヒルトはうげぇと小さく声を上げる。フィリベルトやルールエは特に何の反応も見せないので慣れているようだ。
「素材を回収したら村へと帰る。その子も送っていったほうがいいだろう」
「お兄ちゃん、あたしを子ども扱いするなー」
クラウスの言葉にルールエは噛みつく。クラウス自身は子供扱いしたわけではないのだが、彼女はそう捉えてしまったようだ。そのつもりはないと言ってみるが、疑うような視線を向けられてしまい、困ったように頭を掻く。
「えっと、クラウスさんはちょっと分かりにくいだけなんで! ルールエちゃんもほら、帰る場所は一緒なんですからね!」
「そうだけどー」
ブリュンヒルトに言われるもまだ気にしているように見つめるルールエの様子に、クラウスは言葉には気を付けなければならないなと反省した。
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