第32話 ドールマスターは追いかける



 フルル族の村に戻りルールエを送り届けた。彼女の親代わりである神父は「危険な事をするなと」と怒っていたけれど、ルールエには効いていないようだ。言い合いをする様子に大変そうだなとクラウス思ったけれど、口出しをすることでもないのでそのまま彼女たちと別れた。


 それから一晩明けて早朝に馬車に乗ってマルリダの町へと戻った。町から遠いこともあってか少しばかり日数が経ってしまったが、相も変わらずマルリダのギルドは冒険者で賑わっている。


 依頼書を提出し終えてクラウスがテーブル席に座れば、「お疲れ」とアロイからグラスを渡された。果実水の入ったそれを受け取って口に含むと「大変でしたね」とブリュンヒルトが言う。



「毛皮はそこそこの値で売れたけどなー。すばしっこいやつ相手にすんのは疲れるぜ」

「そう言ってしっかりと狙い撃てるがな、お前は」

「おっさんねぇ。あれでも頑張ったわけよ。足とか狙いにくいんだからなー」



 無茶言ってくれるよなとアロイは頬杖をついた。フィリベルトははっはっはと笑っているが、それはアロイの狙撃手としての腕を見ていて指示を出したことだ。一応は腕を認められているということなので文句はないけれど、愚痴は言いたくなるわけで。



「もうちっとやりやすいようにしてくれよなー」

「気を付けよう」

「まー、今回もクラウスの兄さんが上手くやってくれて助かったけど」

「俺にはあれぐらいしかできないからな」

「それが十分すぎるわけなんだわ」



 あれだけ動ければこちらもやりやすいし、安心感が違うとアロイは言う。そういうものかとクラウスが呟けば、そういうものだと返されてしまった。


 クラウスはそうなのかと昔のことを思い出す。前にいたパーティでは突然現れるなと怒られ、前に出るなと言われたことを。お前は適当にしていればいいという指示に、自分の戦い方が相手の迷惑になっていると少なからず思っていた。


 けれど、アロイたちはそうではないようで、むしろ奇襲で攻めたり前線で戦ってもらうのはありがたいという。パーティによって考え方が違うのだなとクラウスは思った。



「でも、ドールマスターって凄いですよねぇ。ぬいぐるみさんたちが動き回ってて」

「あれ、結構魔力使うらしいからなぁ。あれだけ動かせるっていうなら才能だろうぜ」

「確かに才能はあるかもしれないが、行動が危なっかしいと思うがな」

「おっさん手厳しー」



 アロイの言葉にフィリベルトは「実際そうだろう」と言って笑う。その通りなので「まーそのうち覚えるっしょ」とアロイは返した。


 冒険者として活動していけば嫌と言うほど覚えていくものだ。戦い方、魔物の事、冒険者としてやらねばならないこと、それらを覚えきらねばやっていくことはできない。



「でも、ちょっといいなぁって思っちゃいました。ぬいぐるみを動かせるって」

「こんなふうに?」

「そうそう、こうやって動いて……え?」



 ブリュンヒルトの隣で兎のぬいぐるみがふよふよと浮いて手を動かしている。えっと目を丸くさせていると、テーブルの下からぬっとルールエが顔を出した。


 小さい獣耳をぴくりと動かして、自分の身体よりも大きいリスの尻尾を振る。にこっと笑みをみせながら四人を見つめていた。


 突然のことにブリュンヒルトは慌て、フィリベルトは片眉を下げる。アロイは「なんでいるのさ」と口にし、クラウスはただ見た。



「お兄ちゃんたち追いかけてきた!」

「はぁっ!」

「だって、だって、あたしのこと役に立つって言ってくれたじゃん!」



 ルールエは「そもそも、あたしも冒険者だもん。ここに戻るよ」と言う。それはそうなのだが追いかけてきたというのはどういうことだろうか。



「ねーねー、あたしを仲間に入れてよー!」

「どーしてそうなるわけ?」

「お兄ちゃんたちを気に入ったから!」



 ルールエはお願いと手を合わせる。それにフィリベルトが少し痛むこめかみを押さえているのが目に留まるが、クラウスはそうなる気持ちも分からなくもないなと咎めることはしない。


 ブリュンヒルトはやっと理解したのか、なるほどと手を打っている。



「別に俺たちのパーティじゃなくてもいいのでは?」

「誰もいれてくれないもん! みんな、あたしのこと子供扱いする!」

「いやー、見た目が見た目だし」

「こう見えて十八歳!」

「はぁっ!」



 ルールエの発言にアロイは思わず声を上げてしまった。クラウスも驚いたように目を瞬かせて彼女を見ている。


 ブリュンヒルトよりも小柄で幼さの残る顔立ちはどうみても成人を迎えているようには見えなかった。二人の反応にルールエが頬を膨らませて「今、嘘だと思ったでしょ」と怒る。


 クラウスがフィリベルトのほうを見れば、彼は「フルル族は特にそうなんだ」とルールエのことを疑ってはいない。



「フルル族の女性は特に童顔で顔と見た目だけでは年齢が判断できない。ルールエはその中でも小柄だから特にだ」


「まっじかーい……」



 アロイはまだ疑っているようだがルールエがじぃっと睨むものだから、本当のことなのだろうと認めるしかなかった。


 ブリュンヒルトは「私と同い年なんですね!」と同年代の少女を見つけて喜んでいる。クラウスはその様子に何となく嫌な予感がした。



「あたし、頑張るよ? お兄ちゃんたちの指示にはちゃんと従うから!」



 じぃっと見つめてくる小動物の眼、それにブリュンヒルトが「クラウスさん」と同じように子犬のように潤んだ瞳を向けてきた。クラウスはやめてくれと思う、自分はその瞳に弱いのだ。


 すっとクラウスは瞼を閉じた、その瞳から逃れるように。けれど、視線は感じるので何も言えなくなる。



「やめやめ、その瞳をクラウスの兄さんに向けるな。弱いんだぞ」

「クラウスお兄ちゃんー」

「クラウスさん」

「迫るな、迫るな」



 二人がクラウスのロングコートを握る。これはもう駄目だとクラウスは瞼を上げてフィリベルトを見た。彼はこめかみを擦りながらも、「お前が決めろ」と目線で訴えてくる。


 パーティメンバーが増えて問題になるかと問われると今のところは問題ない。パーティ人数が十人を超えるところもあるというのを聞いたことがある。それだけまとめ上げられるリーダーがいるということなのだが、今はクラウスだけでなく戦闘経験が豊富なフィリベルトもいるので自分一人で動くわけではなくて負担も少ない。


 アロイもしっかりとしており、サポートしてくれるし、ブリュンヒルトは物覚えが良いので手伝いもしてくれる。一人、増えるぐらいは問題はないのだが、クラウスはこのまだ魔物の知識も戦い方も乏しい彼女に不安がないわけではなかった。



「……無茶をしないと、勝手なことをしないと此処にいる皆に約束できるか?」



 クラウスは言う、お前はまだ知識も経験も浅いと。それはブリュンヒルトも同じだが、彼女は勝手な行動はしない。知識が無いのならば覚えていけばいい、戦い方もそうだ。だが、仲間を危険に晒すような行動は慎んでもらわねばならなかった。



「約束する!」



 はっきりと宣言するルールエの瞳は真剣で、クラウスははぁっと息を吐いて頷いた。それは了承の合図で。


 ぱっと表情を明るくさせてルールエがわーいとはしゃぐ。ブリュンヒルトが「よかったですね」と嬉しそうに笑んでいた。



「まー、クラウスの兄さんが決めたら別にいいけど、いいの?」

「勝手についてくるよりはいい」

「それはそうだな」



 この勢いでは勝手に着いてくることも考えられたので、クラウスの意見にフィリベルトは同意する。アロイも納得したらしくそれならとルールエを受け入れた。



「めっちゃはしゃいでるなー」

「やっとパーティに入れたからじゃないか?」

「にぎやかになるな」



 フィリベルトはそう言って騒ぐルールエとブリュンヒルトを見遣る。それに釣られるようにクラウスも二人に目を向けた。


 パーティに入れてもらって喜んでいる様子にふと昔のことを思います。リングレットとパーティを組んだ時にアンジェも喜んでいたなと。


 そこでそういえばアンジェたちはどうしているだろうかとクラウスは思った。


 前のパーティから追放されて随分と経っていた。追放してきた相手の心配などするのは可笑しいかもしれないが、少しだけ気になったのだ。


 ラプスから離れたマルリダの町では彼らの話を耳にすることはない。嘘をつかれたとはいえ幼馴染のアンジェがどうしているのか気にならないわけではなかった。


(元気にやっているだろうか)


 ただ、そう思うだけ。いつか抱いた感情はとうに冷めているけれど、幼馴染として無事を祈ることはする。



「クラウスさん、どうかしましたか?」



 ぼうっとしているクラウスにブリュンヒルトが声をかける。心配そうにしている様子に「なんでもない」とクラウスは返した。



「少し、考え事をしていただけだ」

「そうですか、大丈夫です?」

「あぁ、気にするな」



 そうやって返事をしてふっと微笑めば、ブリュンヒルトは「ならいいですけど」と安堵したように返す。


 はしゃぐルールエに付き合っているアロイたちを眺めなラクラウスは思う、今は彼らと共に過ごすことを考えようと。


          ***


「クラウス大丈夫かしら……」



 ぽつりと呟く。それに反応してか、「アンジェなんだよ」と少しばかり苛立った声が返ってきた。ツンツンと立てた金髪を掻いて、リングレットが振り返る。街を歩きながら「あいつのことはもういいだろう」と言って。



「いきなりだったし……」


「あいつはそれを了承しただろうが。もう随分と経ってるけど何も言ってこねぇからもういいんだよ」


「そうよ、アンジェ。あんなやつのことなんて心配しないでいいのよ」



 ミラは眼鏡を押し上げながら言うも、アンジェはまだ気にしているようだ。そんな態度が気にいらないのか、リングレットが「なんだよ」と口を尖らせる。



「オレよりあいつがいいってか?」


「そんなこと言ってないわ。クラウスはただの幼馴染だし、わたしはリングレットのほうが好きよ? でも、いきなり追い出しちゃったから……」


「貴女は優しいわねぇ。あんなやつのことなんて心配して」



 アンジェの様子にミラは少しばかり呆れているようだった。彼女からしたら面倒なやつが消えて清々しているのだからアンジェの考えが理解できないのは無理もない。リングレットも邪魔だと思っていたのでいなくなっても特になんとも思っていなかった。


 むしろ、クラウスがいなくなったことで戦いやすくなったと言って笑っている。そんな二人にアンジェはうーんと少し考えるも、何も言ってこないということは大丈夫なのだろうと思うことにする。



「何かあればオレらに泣きついてくるって。あいつ、対人スキル無いんだから一人でやってるだろうし。もしかしたら親のところに戻ってるかもしれないぜ?」


「そ、そうよね。なら大丈夫かな」

「気にするだけ無駄よ。ほら、さっさとギルドに戻りましょう」



 ミラに背を押されてアンジェはリングレットの隣に立つと、「お前が気にする必要なんてないんだよ」と手を握られた。



「お前はただの幼馴染だろうが、心配する義理なんてないんだよ」

「そうそう」



 アンジェは二人の言い分にそれもそうよねと納得したように頷いた。


 幾ばくかの心配する感情も何処かへと行ってしまう。何事もなかったかのように三人は別の話をしてギルドへと戻っていった。



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