第8話 再び護衛をすることに


 洞窟を出て獣道のような道を進めば、村に戻る頃にはもう夜だった。


 村長の家の前では二人の修道女と少女の姉がそわそわとした様子で立っている。リジュが顔を上げて、二人を視認した。


「聖女様!」



 駆ける彼女にファルと少女の姉が反応して追いかけてくる。クラウスの腕に抱かれた少女の様子に姉は涙を流した、妹はもう乱暴をされた後だと理解して。抱きかかえられている妹に声をかけるけれど反応はなくて、それにまた涙が溢れた。


 村長がやってきて、二人に深く頭を下げる。



「命だけでも助かったことが救いです……有難うございます」



 彼女らのことはお任せくださいと村長は少女を抱きかかえ、少女の姉に声をかけて家へと入っていく。その背を見つめながら、ブリュンヒルトは真っ青な瞳を揺らしていた。


          ***


 翌朝、クラウスはブリュンヒルトにロングコートを握りしめられていた、それは出会った時のようで。



「離せ」

「離したら行っちゃうじゃないですか!」



 朝早く、クラウスは村長の家から出て「俺はここで離脱する」と、ブリュンヒルトに告げた途端に彼女が抱き着いて止めてきたのだ。一人で行かないでくださいと。


 クラウスが「依頼は済んだだろう」と言うのだが、「まだです!」とブリュンヒルトに返される。まだとはなんだとクラウスが彼女を見遣れば、それはですねとぼそぼそ話される。



「その、クリーラまでの護衛を……」

「俺は村までと聞いたが?」



 クラウスの指摘にブリュンヒルトはうっと声を詰まらせるがコートを掴む手を緩めない。



「そもそも、此処までの依頼料だって貰っていない」


「それはクリーラまで送っていただければ、全部お支払いしますから。あと、その指輪も教主様に見ていただかないと!」



 呪いの装備をそのままにしていいのか、判断してもらわねばならないと。聖女なのだからそれぐらい分からないのかと思わなくもないのだが、ブリュンヒルトに自分だけで決めるのは不安だと言われたので黙っておいた。


 指輪のことを言われるとクラウスも断りづらくなる。事故とはいえ、指輪をつけることになってしまったのだ。外そうにもできないのだから、これが本当に大丈夫なモノなのか気にならないわけではない。



「……わかった」



 引き受けるしかない。クラウスの仕方なくといったふうの返事にブリュンヒルトはよしと拳を握る。何がよしだと突っ込みたかったがやめておいた。



「聖女様、いいのですか?」

「何ですか、リジュ」

「彼はその……暗殺者というものでは?」



 暗殺者。その言葉にブリュンヒルトは目を瞬かせる。


 足音を立てない歩き方が聞きかじった暗殺者の特徴に似ているとリジュはそう言ってクラウスを見た。


 彼女は見抜いた訳ではなく、勘のようなもので言っている。それは恐怖や危機感と言った人間の感覚からなるものだろうけれどクラウスは驚いた、女の勘というのは凄いなと。


 そうだ、これらの動きは父に叩き込まれた暗殺の技術だ。



「暗殺者ではない。が、暗殺の技術は叩き込まれている」

「本当に冒険者なの?」



 リジュとファルの訝しげな表情にクラウスは苦笑する。そうだとしか答えることができないのだが、彼女たちは怪しんでいる。



「パーティを組んでいないのが怪しい」



 冒険者は相棒なり、パーティを組んでいることが多い。ファルの言葉に一人の冒険者はそこそこいるのだがとクラウスは思ったけれど、二人から見れば珍しいのかもしれない。


 クラウスは「最近、パーティから抜けた」と返す。それがさらに不信感を抱かせたのか、ますます表情が怖くなった。



「冒険者であればよくあることだ。パーティから抜けることも、一人で活動するのも」

「抜けた理由は?」

「それは言わなければならないことか?」



 別に大した理由ではない。リーダーから、メンバーから邪魔だと思われたからなのだがそれを彼女らに話すことでもない。言ったところで変に勘繰られても困るので、クラウスは黙っていることにした。



「アナタ、人を殺したことは?」

「ない。魔物はいくつも殺したが……」



 人を殺せと言われれば、殺せるだろうなとクラウスは思った。


 己の命を守るのに情けも恐怖も不要。人であろうと魔物であろうと容赦なく殺せ。これが父の教えだったからだ。けれど、これも黙っておく。余計な不安を巻く必要はないとクラウスは判断する。



「二人とも落ち着いて! クラウスさんは大丈夫です!」

「しかし……」

「ゴブリンから女の子を助けてくれたんですよ? 大丈夫ですよ!」



 ブリュンヒルトは言い切る、彼は大丈夫だと。何処からその信頼が生まれるのだろうかとクラウスは疑問に思った。


 全ては依頼だからだ、依頼だったからやっただけ。それを大丈夫だという判断材料になりえるのか、そんなクラウスの疑問にブリュンヒルトはだってと言う。



「私が聖女だと知っても何もしてこないのですよ?」



 聖女の力を利用しようとも、手を出そうともしない。殺すならば、いくらでも隙があったのにそうはしなかった。今だってさっさと何処かへ行こうとしていると、ブリュンヒルトは「だから、大丈夫!」と自信満々に言った。



「……わかりましたよ」



 そのあまりのも自信ありげな顔に何を言っても無駄だとリジュもファルも思ったようだ。


 二人の了承を得て、ブリュンヒルトは「改めてよろしくお願いします!」と笑みをみせる。そんな彼女にクラウスはあぁと返事を返した。



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