第7話 呪いのアイテムを手に
しんと静まる中に音は聞こえなかったけれどクラウスには感じていた、気配を。警戒している、動向を窺っている、怒りの視線、全てを感じ取って数を知る。
(……三、いや四か)
確認できるだけの気配に注意を向けて、手に握る二刀を構えた。
開けた空間が現れて薄暗さに目を凝らした。広くもないかといって狭いとは言えない内部の中心に少女が倒れている。
ブリュンヒルトは声を出そうとして堪える。周囲の様子を見ながらクラウスが空間へと一歩、足を踏み入れた瞬間だ。
しゅんっと空振った音が空気を震わせる。クラウスを狙ったであろうナイフのような武器が目に留まり――跳ね飛ばされた。
クラウスが素早い動きで振りかぶってきたゴブリンを蹴り飛ばしたのだ。
それを合図にするかのようにゴブリンが襲ってきたので、クラウスはそれを薙ぎ払って駆け込む。ブリュンヒルトは防御魔法を展開し、少女のほうへと走った。
ゴブリンが棍棒を振るい、それを避けて短刀で一撃を入れる。飛び散る血に引くことなく、次が向かってきた。
クラウスは自身に攻撃を引きつけるように相手を挑発する。ゴブリンはその挑発に乗ってか、怒ったように飛び跳ねていた。
ゴブリンが引きつけられてる隙にブリュンヒルトは少女に声をかける。少女の衣服は剥がされ、彼女の瞳は虚ろだった。身体にいくつもの傷があり、弄ばれたことは一目瞭然だ。
何かしてあげることができれば、そう思うも今はクラウスの指示通りに少女を安全な場所へと運ぶのが大事だ。ブリュンヒルトは彼女の腕を肩に回して慎重に入り口へと歩く。
飛び掛かってくるゴブリンを蹴り上げ、切り裂くクラウスは一撃、一撃を確実に与えていく。一匹でも残せば彼らは復讐を、報復をする。油断も、情も、考えてはならない。
入り口のほうまでやってきてブリュンヒルトが少女を降ろし、ふっと息を吐くと強い衝撃を受けて地面に転がった。
ゴブリンがブリュンヒルトの身体を棍棒で殴り飛ばしたのだ。その衝撃で彼女の肩にかけていたカバンから荷物が散らばる。
箱が転がって蓋が開くと指輪が外れ、落ちた。
「防御魔法を展開しろ!」
混乱しているブリュンヒルトにクラウスは声を上げ、彼女を殴ったゴブリンに一刀の短刀を投げる。ざしゅっと音を鳴らし、首に突き刺さった。
ブリュンヒルトは急いで防御魔法を展開させる。淡い光の壁が彼女と少女の周囲を覆った。
短刀を回収しに戻りたいクラウスだが、二体のゴブリンに狙われ思うようにいかない。刃を振るうも、寸でのところで避けられるその隙だった。
脇から出てきたゴブリンに殴られる。ふらりと足がもつれ、倒れそうになるのをクラウスは地に手をつくことで堪えた。
ふと、手に何か感触がある。指輪だ、そう認識した瞬間――それはぐにゃりと変形した。クラウスの指に巻き付き、再び指輪の形を成す。
突然のことに驚くクラウスを襲うようにゴブリンが飛んできて、深紅の宝石が鈍く光った。
それは炎だ。火が渦巻きゴブリンを飲み込み、悶え苦しむ時間など与えずに灰にしてしまった。何事か、ゴブリンたちが一歩引く。
クラウスは彼らの動きを逃さず、一気に走った。攻撃を受けて傷を負っているゴブリンの腹を狙い、短刀を振りかざす。深くえぐるように斬り、その勢いでもう一体も巻き込む。
一度に二体を倒し、残された一体が逃げ出そうと走り出す。クラウスは短刀を握る手に力を籠めると、指輪の宝石がまた光り出して刃に炎を纏わせた。空を裂く刃に炎が舞い、ゴブリンを焼き切ってしまう。
周囲を見渡すとゴブリンの死体だけが横たわっており、襲ってくる敵はもういなかった。
クラウスはふっと息を吐く。するとふわり、ふわりとゴブリンの死体から黒いオーラが現れる。それはするすると指輪の宝石へと吸収されていった。
クラウスは左の中指に収まっている深紅の宝石の指輪を眺める。
「あぁぁぁっ! カースマジックがっ!」
ブリュンヒルトはあわあわと慌てた様子で叫ぶ。クラウスは視線を彼女に移し、「これがどうした」と近寄ると彼女は「それは呪いの装備なんですよ!」と指輪を指した。
呪物の箱に入っていた指輪は今まで多くの恨みを、精気を吸っている。それは深紅の魔石に宿り、魔力として変換されて溜め込まれていた。浄化を施したとはいえ、その性質までは変えることができなかった。
呪いの装備というのは持ち主に何かしらの影響が出る。それは苦痛だったり、不運だったりと様々だ。そういったものは基本的に教会が預かることになっているのだとブリュンヒルトは話した。
「それは見た感じだと、死んだモノの精気を吸い取って力にしてます。装備者の影響は私ではわかりません……。だから、危険なものなので教会が預かるべきで……」
「言いたいことは分かる。……だが、外れないんだ」
クラウスの言葉にブリュンヒルトははぁっと声を上げた。
クラウスは話を聞きながら指輪を外そうとしていた。けれど、引っ張っても何をしても抜けないのだ。締め付けられている感覚もなく、指のサイズがきついわけでもない。指で掴めば簡単に外れそうだというのに指輪はそれを拒むように抜けない。
その様子にブリュンヒルトは浄化を試みるのだがそれでも外れる気配はなかった。
「ど、どうしましょう……」
「一先ず、少女を救助しよう」
クラウスの提案にそうだとブリュンヒルトは少女を抱える。彼女は生きてはいるものの、瞳は虚空を見つめていた。
ブリュンヒルトは肩掛けカバンから布を取り出して少女の身体に巻く。長くはない布ではあるが、裸のままよりは幾分かいいだろう。クラウスは空間内をしっかりと見て、何もいないことを確認してから少女を抱き上げた。
分かれ道で冒険者の死体をブリュンヒルトは見つめる。少し先にもあるようでやってきたとされる三人は既に死亡したことを物語っていた。
転がる長剣とロッド、それらに目を向けてからブリュンヒルトは祈るように手を合わせた。
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